31 想い人
朝からテオドール殿下の編入生全員の呼び出しがあった日。ローズは1人で帰ろうと校門に向かって歩いていた。
この日の帰りもフェリシアとミゲルは居ない。
最近ミゲルは急に居なくなる事が多い。彼はモテるので、また告白されているのかもしれない。そしてフェリシアは昨日の委員会が改めて開催されるとかでそちらに向かった。
……このまま中等部にでも行ってコッソリリアム達の様子でも見に行こうかしらと考えながら歩いていると、近くにローズに強く意識を向ける存在がいることに気付く。少し迷ったが、それに対応する事にした。すると、声がかかる。
「ローズ ダルトン子爵令嬢。……少しいいか?」
それは朝から編入生の呼び出しを行った、この国の第2王子テオドール殿下その人だった。
テオドール殿下とローズは貴族の屋敷の庭園のような見事な花が咲く校庭の東屋に来ていた。
「……今朝は済まなかった。いきなり呼び出して迷惑をおかけした。───『聖女』様」
テオドール殿下は表情を読もうとしているのか、じっとローズの顔を見ながら言った。
ローズは少し驚いたが、自分1人とこうして話をされようとしていることからそういう話なのだろうな、とは思っていた。
「……人違いだと思いますわ。『聖女』様は編入生の中にいると噂されてはいますけれど、それが本当かどうかも分からないですわよね?」
一応、すっとぼける事にした。わざわざ認めて得な事などこちらには何もない。それよりも、せっかく殿下がお話をと言われているのだ。ローズは昨日大司教から聞いた『魅了』の話を聞き出せないかとも考えていた。
……それとも、彼は『聖女』かもしれないローズを『魅了』しようとしてくるだろうか?
「……ああ。そういう事にしておいてもいい。けれど私は貴女が『聖女』だとは思っている。今あの兄上が関心のある娘など、『聖女』以外にあり得るはずが無い。……そして私は『聖女』様にお願いがあるのです」
兄上? 第1王子レオンハルト殿下のことよね? え。もしかしてレオンハルト様が私を見ているのに気付いたから、『聖女』とバレちゃったという事ですか?
それに、お願い……? もしかして、ポーション絡み? コレはとりあえずすっとぼけるしかないわね!
「そのように言われましても……。一般生徒である私に殿下の願いを叶える事など出来るのでしょうか……?」
ローズはとても控えめに『出来ないですよ?』と言う気持ちを込めてそう言い、テオドール殿下を見つめた。
「……それは、本当か! 昨日の今日だぞ? 動きが早すぎないか!?」
レオンハルトは思わず声をあげた。
昨日の帰り、レオンハルトと『聖女』である令嬢とのほんの小さなやり取りを見ていたという弟テオドールに近しい者。それがテオドールは一限目の授業で編入生達を呼び出し、今また1人の編入生らしき女生徒を連れ出した、との報告を受けたのだ。
今年の編入生の女生徒は唯一の留学生の女生徒であるバートン公爵令嬢以外はほぼ一般的な我が国の国民。見た目も背丈も似通っているので誰かは分からなかった、とは言われたが、レオンハルトはおそらくテオドールはローズ ダルトン子爵令嬢を連れ出したのだと確信していた。
レオンハルトは校庭の方に向かったという彼らの元へ急ぐ。
そして校庭にある東屋で2人の姿を見つけたのだ。やはり相手はローズだった。2人は何やら言い合っているように見えた。
――彼女が、弟テオドールに傷付けられている――!
「テオドール! そこで何をしている!?」
レオンハルトは2人の元へ行き、急いでその女生徒の前に庇うように立った。そしてテオドールを強く睨みつける。
「……ッ! ……兄上!」
テオドールは驚いて目を見開き───、そして笑った。
「ッ!?」
「……兄上。やはり兄上はこの女生徒の事を想われているのですね!」
自信ありげにニヤリと笑いながら言うテオドールに、レオンハルトは何のことかと少し動揺する。――なんだ? テオドールはローズ ダルトン嬢が『聖女』と気付いたのではないのか?
戸惑うレオンハルトの後ろから、ローズが控えめながらに主張する。
「……え、と……。テオドール様? ですからそういう訳では無いと思いますよ? レオンハルト殿下は色んな生徒の事を平等に見守ってくださっているのではないか、と……」
「いいや、兄上はずっと貴女を見ていた。……ではやはり、貴女が『聖女』ということなのか……?」
「いえ! もしかしたらレオンハルト殿下は私に少しは関心がおありになるのかもしれませんね!」
2人は何回かこんなやり取りを繰り返してから、クルッと揃ってレオンハルトを見た。
「兄上、どうなのですか? この女生徒は貴方の想い人なのか、それとも『聖女』なのですか?」
「殿下! 私を見てた風なのは、王家の人間としての国民への平等な愛ですよね! 王子として一般生徒を見守ってくださってるんですよね!?」
2人ほぼ同時にレオンハルトに問うてきた。
――一体、なんなのだ?
テオドールは『聖女』を探し出して利用しようとしていた訳ではないのか? 私の……想い人?
それに、このローズ嬢は、とりあえず自分を『聖女』と言うな、と言いたいのだな? そして一般の生徒として扱え、と……。しかしこの状況でテオドールを誤魔化すことが出来るのか?
要するに、テオドールは何故かローズ嬢を私の『想い人』かと聞いている。そして、ローズ嬢は自分を『聖女』ではなく一般的な生徒として扱って欲しいと言う。……ならば。
「……そうだ。私はこのローズ嬢の事が気になっている。あの進級式の日から彼女に惹かれているのだ」
どちらの意見も取り入れて、レオンハルトはそう言った。
テオドールは歓喜の、そしてローズは驚愕した顔をした。
「やはり! 兄上! そうではないかと思っておりました! 私は、兄上の味方です。誰が反対しても、私は兄上達に協力いたします!」
「ちょっ……! 殿下!? 私達はお話した事もないのですよ! 惹かれるなんて、そんな事ある訳無いじゃないですか!」
テオドールは非常に喜んだが、ローズは思い切り否定してきた。
……『聖女』の事は、言わなかったのだぞ? レオンハルトはローズが思い切り否定してくる事に少し不満を感じた。が、そんな表情豊かな彼女を見るのも何やらどこか心躍る気持ちになった。
「ありがとう、テオドール。……しかし私はこれから彼女を口説き落とさなければならないのだ。だから暫し、この事は誰にも秘密にしておいてはくれないか。周りが騒ぐと彼女も私を受け入れてくれないかもしれない。お前と、私達だけの秘密だ」
「……兄上ッ! ……承知いたしましたッ。 ……私は、決してこの事は誰にも言いません! 兄上と私の、秘密ですね!」
テオドールはそれは嬉しそうに破顔した。
レオンハルトは弟のそんな顔は初めて見た。母が違う事で、かなり距離があった兄弟。だが、今のテオドールはとてもレオンハルトを嫌って対抗意識を持っているとは思えない態度だった。
「テオドール。……私はお前に、嫌われているかと思っていたよ」
レオンハルトは、ついホロリと呟いた。テオドールは目を見開く。
「……兄上。私も、兄上は私など歯牙にも掛けてくださってはいない、と。魔力の少ない私を見下し、弟とも思ってくださっていないと、そう思っておりました……。そして、エイマーズ公爵令嬢と……ご結婚されるのだ、と……」
最後の一言は小さく呟くようだったが、レオンハルトはそれを聞いて少し納得した。
幼い頃から王太子は魔力の抜きん出たレオンハルト、そしてその妃はこれまた才色兼備で抜きん出たエイマーズ公爵令嬢だ、と周囲から言われていた。
この弟が昔からエイマーズ公爵令嬢の事が好きなのだろうということは、王宮のほぼ誰もが知っていた。ただ、恋愛ごとに疎いレオンハルトはそうかと思っていただけで、王太子にならねば彼女と一緒になれない、という事にこの弟がどれほど悩んでいたのかまでは考えていなかった。
……それで、王太子に1番近いと言われる自分にあれほどの対抗意識を持っていたのか。やっとレオンハルトは納得したのだった。
「……私は、エイマーズ公爵令嬢の事は何とも思っていない。今、私の心にいるのはここにいるローズ ダルトン子爵令嬢なのだから。公爵令嬢の事は、お前が幸せにしてやって欲しい」
レオンハルトがそう言うと、テオドールは一瞬涙ぐんだように見えた。
「……ありがとうございます……。兄上。……私は兄上ともっとたくさんお話がしたいです! ……が、流石に今は兄上の恋路を邪魔してはなりませんので……」
それまでとりあえず黙って兄弟が仲良きことは良きかな、と見ていたローズだったが、どうやらテオドールがレオンハルトと自分を2人にしようとしている流れに気が付いた。
「いえっ! 是非ともご兄弟でもっと! じっくり! 分かり合う為にお話し合いになってくださいませ! 私はまた次の機会ということで結構でございますので、それではこれにて失礼いたします……」
そう言って回れ右して逃げようとしたローズだったが、そこでレオンハルトは素早くローズの手を取り跪いた。
「ローズ嬢。……どうか、私に貴女の時間をほんの少しいただけませんか?」
まるで忠誠を誓う騎士の如くで、ローズは思わず固まった。
「ローズ嬢、どうか兄上に情けをかけてあげてください。周りの事を気になさっているのなら大丈夫! この私がなんとかしてみせましょう!
……兄上。頑張ってくださいっ!」
「ありがとう、テオドール」
にっこりと笑い合う兄弟。
……いや、なんなのコレは。最初第1王子が来た時は完全に第2王子を警戒して、どちらかというと敵っぽい感じで見てましたよね!?
それがなんでいきなり兄の恋を応援する兄大好きな弟と恋に思い悩む兄の図、美しき兄弟愛みたいになっちゃってるんですか! そして、第1王子の、この『手』! 私の手を取ったまま離してくれないんですけど!
私は第1王子に握られた手を見てから、思わず前にいる第2王子に『助けて』の視線を送った。……が、
「兄上を……、宜しくお願いします!」
……そう満面の笑顔で返されたのだった――。
お読みいただき、ありがとうございます!
レオンハルト王子とローズは初めて言葉を交わすのですが、いきなりとんでもない内容で、ローズはかなり戸惑っています…。
兄弟仲は、かなり良くなったようです。




