30 テオドール殿下の呼び出し
進級式の時にも来た講堂。大人数での集まりでしか来た事がないが、今の講堂の中には他の編入生達17人とSクラスの15人、そしてテオドール殿下とその側近達5人と教師が2人がいた。
「……私は、編入生を呼べ、と命じたのだが?」
そう不機嫌そうに言ったのは、栗色の髪に緑の瞳を持つテオドール殿下だった。殿下はこちらをチラリと見て不機嫌そうに横にいる側近に言う。
「しかも、大人数で来ているのはSクラスの者達ではないか! なんだ、今年の1年のSクラスはレベルが低いのか?」
そして軽蔑したような目でチラとこちら側を見た。すると横の側近が大声でこちらに言った。
「お前達! 殿下は編入生をお呼びなのだぞ!? 確かにそう伝えたはずだがお前達は理解力が悪いのか! それでSクラスなどとよくも恥ずかしくないものだ!」
……コレは『虎の威を借る狐』状態なのでしょうね。その側近は唾を飛ばさんばかりにこちらに怒鳴り散らした。
その時、スッと前に立ったのは、ジュリア エイマーズ公爵令嬢。
「……今この時間は通常の授業の時間ですわ。私達は授業の一環としてクラスメイトと共にこちらに参ったまで。それとも、彼らだけに授業を受けさせないような不利益を我が学園そして殿下はなされるというのですか?」
「……ッ! ジュリア嬢か……。どうして貴女がここに……?」
エイマーズ公爵令嬢に気付き、テオドール殿下は明らかに顔色を変えた。
「どうしてと言われましても、殿下がお呼びだというので参ったまでですわ。授業時間にクラスの者を一部だけ呼び出されるなど、不公平でございましょう?」
側近は何か言おうとしたが、テオドール殿下はそれを止めた。
「ジュリア嬢。……私は決して編入生達の不利益の為に呼んだのではない。彼らの中にいるという『聖女』様をきちんとしたお立場として扱う為に彼らに協力をしてもらおうと、そう思って呼び出したのだ。……全ては『聖女』様にご不便をお掛けせぬようにする為なのだ」
神妙な顔でエイマーズ公爵令嬢に語りかけるテオドール殿下。
……うん、テオドール殿下がエイマーズ公爵令嬢を憎からず思っていらっしゃることだけはよく分かったわ。
だけど、『聖女をきちんと扱う為』? そんなことは私はちっとも望んでいないし、授業時間に他の方に迷惑をかけて呼び出されて、それで『聖女』が喜ぶと考えてらっしゃるのかしら?
他クラスの編入生は少し怯えがちに、私達のクラスの生徒は編入生を含め何処か冷めた目で殿下達の様子を見ていた。
「ご不便と申されるならば、きっとこの中にいらっしゃるという『聖女』様は突然授業時間に呼び出された事を不便に思われていることでしょう。そして他の方に迷惑をおかけしている事を嘆かれているに違いありません」
そう! そうなのよ!
……この一月思っていたけれど、エイマーズ公爵令嬢はなかなか芯のおありになる、良いお方よね。ここへも、きっとテオドール殿下に対抗出来るのは自分だけだと分かっているから、こうやって付いてきてくださったのだわ。
「いえしかし……! このままでは『聖女』様は学園で『聖女』という立場ではなく、一般の生徒と同じような扱いを受けてしまわれるのですよ。それではこの王国の面目も立たないではありませんか」
「テオドール様。もし『聖女』様がそれに相応しい扱いを望まれているのならば、とっくに教会でその姿を現し人々の前に出てきているはずですわ。『聖女』様は私達と同じ15歳。きっと普通の学生生活を送りたいと、そう願われているのではないでしょうか?」
エイマーズ公爵令嬢がそう言うと、テオドール殿下ははっとされたように目を見開いた。
「……あぁ……。流石はジュリア嬢。きっとその通りだ。私は少し先走り過ぎたようだ。『聖女』様を保護しなければとついその思いに駆られ過ぎてしまったようだ……。
……それに兄上が『聖女』様を探していると聞いたから……」
最後の一言は小さな呟くように言われた殿下だけれど、ローズには聞こえた。……兄上……、レオンハルト殿下? 兄である殿下に言われて『聖女』を探していたの? レオンハルト殿下は私を……『聖女』を自由にさせてくださっていると思っていたのに……。
ローズは何故か少し残念な気持ちになる。
「では、テオドール殿下。この場はこれまでとさせていただいて良いのですね?」
エイマーズ公爵令嬢がテオドール殿下に念を押すように確認すると、テオドール殿下は彼女を見つめながら微笑んだ。
「ああ、……構わない」
そう言ったテオドール殿下に、殿下の横に控える側近らしき生徒が必死に言い募る。
「……しかし……、殿下! このままでは兄上様に、良い所を持っていかれてしまいますよ!」
? ……ああ、ご兄弟は張り合っておられるのだろうか? でも『王太子』はレオンハルト殿下に決まったと、少し前に正式に発表されていたわよね?
そう思って見ていると、殿下はその側近を軽く睨んだ。
「ロン、……お前は……。いや、私もお前の言葉でついこのような事をしてしまったのだから同罪か……。
……皆の者! わざわざ来てもらって済まなかった。この学園での生活を大いに満喫してほしい。何かあれば私が力になろう」
最後は皆に向かってそう言い渡す。
ロンという側近はその後も何かを王子に言っていたようだが王子はそれをアッサリ却下しているようだった。
そうして私達編入生とSクラスの数名は何事もなく自分達のクラスに戻る事が出来たのだった。
「……今日の出来事は終わってみればなんでもないような事でしたけれど、それもあのエイマーズ公爵令嬢が頑張ってくれたお陰ですわよね。彼女は最初思ったよりも随分思い切りのある、この国の公爵令嬢としての自覚がおありになる立派なお方ですわね」
いつもの3人でランチをしている時に、フェリシアがそう言った。ミゲルとローズは頷く。
「そうだね。……ちょっと、あの殿下達が本当はどんな風にコトを進めるつもりだったのかは見てみたかった気はするけどね」
「ミゲルったら……。でも今回の事で、テオドール殿下はエイマーズ公爵令嬢の事を……その、憎からず思っていらっしゃる、というのは分かった気はするわ。最後は彼女をじっと見つめられて……、ふふ。少し可愛かったわよね」
少しイジワルに言うミゲルに、ローズはあの時の事を思い出して微笑みながらそう言った。
「私もそう思いましたわ! 最初呼び出された時はなんて方なのかしらと思っていましたけれど、帰る時にはなんだか憎めなくなってしまって……。王子殿下と公爵令嬢ならばお似合いなのではなくて?」
フェリシアもこういう話は好きなのだろう、なんだか嬉しそうに食い込んできた。
「でも、あれほどのきちんとした令嬢なら、きっと王子達の年齢的にも『王妃候補』として大切に育てられたのではないかな? だけどテオドール殿下は『王太子』ではないだろう?」
「まあ確かに、第1王子が王太子と決まったとお聞きしましたわね。それならばテオドール殿下は叶わぬ恋、という事ですかしら……。でも、第1王子殿下は確か19歳ですわよね。まだご婚約者はお決まりではないのかしら?」
「? 普通は王家や高位の貴族の方々はどのくらいで婚約がお決まりになるものなの?」
前世マイラも高位の貴族だったが、幼い頃から婚約の話はそこそこありはしたもののマイラが大学部にまで進み魔法研究に没頭した為か、その頃いっときは少なくなった。……魔力を見込まれ戦争に行くようになってからは力目当ての求婚は山ほど来るようになったが。
そしてローズとなってからは貧乏子爵家であったこともあり、当然婚約話など一つもなかった。なんとなく将来は市中の方と結婚するのかなと、前世を思い出すまでは思っていた。もし貴族との話があるのなら、それこそ年齢の離れた貴族の後妻など家に支援をいただけるようなところかしらと思っていた。
どちらの人生もそのくらいの感覚だったので、一般の貴族の婚約や結婚の年齢などそう気にした事はなかった。
「私は国に婚約者候補はいるわよ。お父様が学園を卒業するまでにはお決めになるかとは思うわ。おそらくこの国の方々も学園卒業位には婚約者が出来て、それから数年以内には結婚、という事になるのではないかしら? でも王族の方なら婚約はもっと早くてもいい位よね」
「……そうだね。だいたいの国で普通の貴族や王族はそんなものだと思うよ。だからこの国の王子に誰一人婚約者がいない、というのは少し遅いように思うね。特に王太子と決まった19歳の殿下に『妃候補』もいないというのは少しおかしい気もするな」
「……そうなのね。この国には素敵な貴族女性がたくさんいらっしゃるので、決めかねていらっしゃるのかしら?」
フェリシアとミゲルが驚いてローズを見る。
「え。違う? この学園だけでも素敵な方がたくさんいらっしゃるわよね? えーと、それとも第1王子には身分違いの恋人がいらっしゃって、それで揉めていらっしゃる、とか??」
ローズは真面目に考えて言ったのだが、意外に乙女な考えに2人は生温かい表情をしてローズを見た。
「……そうかもしれないですわね。……お好きな方がいるという理由でしたら素敵な事ですし殿下を応援したくなりますわね。
……けれども、この国の国王は次代の国王についてまだ何か思案されている、とも考えられますわね。エイマーズ公爵令嬢にもまだ婚約者はいないと聞いていますし。おそらく彼女はこの国の王妃となるべく育てられた方だと思いますわ。だから国王が何事かを考えられている間は王子達は勿論彼女もご婚約者は決まらない、という事かも……」
「僕もその可能性が高いと思うな。普通は王太子が決定すればすぐさま『妃選び』に流れていくものだけれど、そんな様子もない。第1王子は『仮』の王太子なのかもしれない。肝心の第1王子がどう思っているのかは分からないけどね」
最初ローズを気遣うようにしながらも、2人は真剣な顔でそう言った。ローズは自分が子供っぽい事を言ってしまった事に気付いて少し顔を赤くした。
「そう、なのね……。王族の方は好き嫌いだけでは動けない、という事なのね。だとすると、テオドール殿下はエイマーズ公爵令嬢をお好きだけれど、王太子となれなければその恋は叶わない、という事なのね……」
「そういうことになるね。……だから、殿下は功を焦っておられたのかな? 国王にまだ王太子を替える余地があるかもしれないと分かっているから」
「それならばわざわざ仮に王太子を発表する必要もなかったと思うのだけれど。第1王子側の派閥に対するアピールなのかしら? 王太子の決定前に、何かあったのかもしれないわね」
そんな風に推論する2人にローズも色々考えてみる。
王太子の発表前……。その少し前に、初めてレオンハルト殿下と会ったのだったわね。彼がマイラの屋敷跡を調べていたので、マイラの亡霊のフリをして少し驚かせて諦めさせようと思ったのだったわ。けれども反対に彼はそれに興味を持ってしまった。そしてその亡霊が『聖女』だと気付いたのか、大司教様に会って学園に行くようにと仰ったのだと聞いたわ……。
それとは、関係ないわよねぇ。
それにあの後も彼に一度会ったわ。……そうだわ、あの時彼を狙っていた暗殺者! あの時おそらく殿下は暗殺者を捕らえたはず。そしてその背景をある程度掴んだはずだわ。そこから、王太子の座を掴んだ、という事なのかしら?
ローズはそう考えていたが、この事を話すにはローズが色々魔法を使って関わった事まで話さなければならない。2人に話す訳にもいかず、とりあえずこの話題はこのまま終わったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
テオドール殿下は、エイマーズ公爵令嬢のことが幼い頃から大好きです。結構周囲の人間もそれに気付いています。
そして、勿論本人のエイマーズ公爵令嬢も気付いています……。




