28.5 200年前 マイラ
前世マイラのお話です。
「……ッ!! そんな……そんな馬鹿な! あのお方がそんな事をするだなんて!」
その作戦を聞いた私はすぐさまそう反論した。
しかし我が国の王弟はニヤリと笑って言った。
「……この作戦の要、最初に向こうの門を開き我らを街に引き入れた者こそがそのラインハルト殿なのだ。彼は我等に味方した! 我らこそが正義だとやっとあの者も気付いたという事だ!」
「……そんな、馬鹿な……」
もし我が国が正しかったとしても、あの高潔な騎士ラインハルト殿があれ程敬愛されていた皇帝を裏切り敵を敷地内に引き入れるなんて、あり得ない!
「マイラよ。お前もいい加減に目を覚まし我が国の力、国の礎となり私の妻となる決心をするがいい。───我らこそが正義。そして我らこそがこの長きにわたる戦争の勝者となるのだから!」
王弟がそう言いながら近寄ってきたけれど、私は素早くその彼から離れた。
「……そのお話は、既に何度もお断りしているはず。しつこい男は嫌われますよ」
そして彼がこちらに来れないように魔法で防御壁を張ると、彼は悔しそうに顔を歪め、そして皮肉げに笑った。
「……そのような強がりを続けたところで、いずれはマイラ、お前もラインハルト殿のようになるのだ」
彼は王弟という立場ながら国王を、この王国を思うままに動かしている。もうすぐ30代後半になる彼は若い頃から……それこそこの終わりの見えない20年前の戦争初期からあちこちの国々に対して使者として赴き、交渉をしてきた。
……そして、その『交渉』は随分こちらの王国に都合のいいものとなる場合が多かった。その為我が国では彼は『交渉の名人』として扱われ、王国での彼の立場を強めていった。そうしていつの間にかその力は国王よりも強いのではないかと言われている。
その彼の交渉で、あの高潔の騎士と呼ばれるラインハルト殿が自らの主君を裏切り的を陣地に引き入れた!? まさか! 有り得ない! 私は何度も彼と会った事はあるけれど、彼の主君への忠義心はこちらも感心する程だった。そして彼自身卑怯な事は大嫌いで、敵である私を見て若い娘が何をしているのかと説教をし、戦地から送り出してくれたほどなのだ。
その頃の私は『稀代の魔法使い』と呼ばれ、戦争に行け力を使え敵を倒せと要求されるばかりだった。そんな時にラインハルト殿は、戦うなと。大切な魔力をそんな事に使うなと諭してくれた人だった。
それからの私は祖国である王国に属しながらも人々を助け、非道な事をしようとする王国の人々を諌めてきた。『稀代の魔法使い』にしか出来ない事を、敢えてこの王国内部からしたかったのだ。世界を周り、私もこの戦争はそもそもが我が祖国である王国が始めた愚かな戦いだと理解してきていたから。
しかし何故か私の周囲の信用のおける人々も王国の味方をするようになってきた。……私は、間違っているのだろうか?
そんなある時私は信頼していた部下に謀られ、『魔力封じの腕輪』を嵌められ王弟の前に立たされた。王弟は私の目の前に来て私の目を凝視して来た。……そして、
「マイラ。私の事が分かるか? ……さあ、我が国に改めて忠誠を誓う、と。そして私と結婚すると皆に宣言するが良い!」
そう勝ち誇ったように言いきった。
「………は? 何を言ってるの? 私はこの国には忠誠なんか誓わないし、ましてやあなたと結婚だなんて、ぜっっっ……ったいっに、お断りよ!」
その時の彼のマヌケな顔ったら! 絶対に忘れられないわ!
「……なっ……! なんだとぉう!? マイラぁっ! お、お前は……っ! どうして私の術が効かないぃっ!?」
私は『解除』の術を使い、『魔力封じの腕輪』を外した。……何度も王国は私を捕らえようとして来た。今回は何をするつもりだったのか確かめる為にワザと捕まったのだ。こんな腕輪、すぐに外せる。
「……今のが、あなたが私を捕まえてしたかった事なの? 全く意味がわからないわ」
そう言って、再び私を捕らえようとする周囲から『転移』をして逃れた。
――戦局は、王国以外の国々が纏まり連合軍となった事で、徐々に王国が不利になっていった。王国がなんらかの手を使って国々の有力な人物を操っていると分かってきたので、王国の者とは関わらない、使者も受け入れない体制がとられるようになった。王国が敗戦を認めるまでは、なんの交渉もしない事になっていた。
「……だから、ラインハルト殿もあんな事になってしまわれたのですね……。もっと早くに王国の卑劣な手口に気付いていたらと、悔やまれてなりません。そして、私も王国の人間ですのにこんな連合軍の中枢の会議に参加させていただいていいのでしょうか?」
私が心配でそう言うと、エルフの国の長であるクリストバルは言った。
「当然、貴女にいていただかないと困ります。貴女がいたからこそ、世界の国々が連絡を取り合い纏まることが出来、連合軍が発足出来たのですから」
確かに私は世界中を駆けずり回ったけれど、纏まる事が出来たのは各国の人々の努力の賜物だ。私はきっかけを与えたに過ぎない。
「連合軍が出来たのは、国々が力を合わせ平和な世の中を作ろうと努力してきたお陰ですわ。王国の、不穏な影を祓う為に。
……そういえば、私は一度わざと彼らに捕まえられた事があるのです。あの時には私の周囲の人達も何故か王国側の言いなりになっていて……。その時、国王の王弟が私におかしな術をかけようとしてきたのです。あの時は何をしようとしていたのかよく分からなかったのですが……」
「おかしな、術を貴女に? それはいったいどのような……?」
クリストバルは驚いて私に問うてきた。
「捕らえられた私の目をじっと見たあと急に王弟が、『王国に忠誠を誓え』とか『王弟と結婚すると皆の前で宣言しろ』とか訳の分からない事を言ってきて……。そんな事私が言うはずがないじゃないですか。でも後から考えたら、王弟は私の目を見てきた時に何か術をかけようとしてたんじゃないかって……。それがもしかすると、各国の要人にかけてきた『いいなりにさせる』術なのかもしれません」
「『目を見て術がかかる』、ということですか……。なんということだ。それが本当に彼の手段と能力なら、とんでもない能力だ。なんと恐ろしい。
……そして、貴女はそんな彼の術にはかからなかった、ということですね」
そう言ってクリストバルは私を改めて頭の先から足の先まで見て来た。いったいどういう事かと聞こうとした私の元に魔法鳩の知らせがきた。
それは私の祖国の私の実家、カルトゥール公爵家が取り潰しになった、そして一族や弟は行方不明との事だった。
「……ッ! なんてこと……。私のせいだわ。私のせいでお父様やお母様、そして弟が……!
クリストバル。私はこれから王国に戻ります。もしかしたらまだ誰かは助けを待っているかもしれない」
「マイラ! コレは、きっと罠だ……! 行ってはいけない」
「罠でも、もしも家族を助けるチャンスがあるのなら私は行かなくては。……大丈夫ですわ。何かあれば『転移』ですぐに戻ってきます」
「……マイラ! ……私は君を愛している。私と共にエルフの国で生きて欲しい。───既に王国は追い詰められ、おそらくもうすぐ戦争は終わる。せめてそれまではここで私と待っていてほしい」
「……クリストバル……。でも、コレはきっと今行かなければならないのだわ。どこかで弟が呼んでいる気がするの。……それから……。ありがとう。あの、でも今はあなたの気持ちには応えられなくて……。ごめんなさい」
「! マイラ……! ……返事は急がなくていいんだ。私は待っている。だから無茶をしないですぐに帰ってくるんだ。……いいね?」
私は戸惑いつつ頷き、すぐに祖国に転移した。
……そこから、私の知る人々は王弟に『魅了』されていたのだろう、裏切り罵倒され皆から不意打ちの攻撃をされた。……戦禍の中助けた貴族、そして我がカルトゥール家の能力を全て手に入れる為に弟を見殺しにしようとした我が一族。何とか弟を助け、カルトゥール家の宝物を封印し疲弊した所に現れた王弟と当時の王国の強力な魔法使い達……。
――私は、帰る事が出来なくなった。
お読みいただき、ありがとうございます!
マイラの時の、戦争の時のお話です。大切な人が亡くなったり、裏切ったり……。なかなか辛い人生ではありました。




