3 ローズとマイラ
伝説の魔法使いマイラ。当時世界にいた他の魔法の使い手など足元にも及ばない程の力を持っていた。
そんな私が戦争に手を貸したのは、魔力の強さを見込まれ協力を請われたからでもあるけれど、長く続いた戦争で疲弊し傷付く人々を見ていられなかったから。一刻も早く戦争を終わらせ、平和な世の中にしたかった。
それなのに。――結局はただ国に利用されただけだったのだ。
最後には全ての戦争の諸悪の根源とされ、『伝説の悪女』とまで称された。そしてその後あの王子を『勇者』とした美談が作られた。
「…本当に、馬鹿馬鹿しい人生であったこと……」
ローズは自嘲し薄く笑いを浮かべた。
「…ッ!! ローズ!!」
声を上げ慌ててこの部屋に入ってきたのは、今世での父、ダルトン子爵。彼の茶髪に榛色の瞳もプラチナブロンドと金の瞳に変わっていた。
…そして彼がこの部屋に入れるのは、彼もまたこの家の直系であるから。まだ魔法は正常に作用している。
「…あら。お父様も封印が解けたのですね」
この部屋の石の魔力を解放した為に、この家の者にかけられていた姿変え(色だけだが)と魔力を抑える封印が解けたようだった。今頃は弟リアムも封印が解け、驚いていることだろう。
「…リアムを、騒ぎになる前に連れて帰らねばなりませんね」
色だけとはいえ急に姿が変わっては周りで騒ぎになってしまう。
「…屋敷に帰ると庭掃除をしていたので、部屋で待たせている。おそらく他の者には見られていない。それより……、お前は驚いてはいないのだな。…この封印の事を知っていたのか?」
父は封印が解かれたことで姿が変わり力が漲るのを感じたので慌てて帰ってきたのだろう。おそらくは自分の身内が解いたとは思いながらも心配し、かなり慌てていたようだった。
「勿論、知りませんでしたわ。…幼い頃お祖父様に隣の肖像画の部屋にまでは入れていただいたことはありましたけれど」
「父上が……。しかし封印の事を知らなかったのに、どうして……」
「リアムを、来年から学園に入れたくて……。肖像画の部屋に何かお金になる物はないかと探しに入ったのです。でも何も無くて、諦めて何気なく肖像画を見ていて触れてみたら……。という訳ですわ。そして封印が解ける時にこの封印の事情は頭に入ってきました」
「この部屋に入ってはならぬと言ったのに……。いや、よくあの絵の魔法に気付きこちらの部屋にまで入れたものだ。そして、まさかお前があの封印を解けるとは……! 今まで父も私もそして祖父も、何度も試したがダメだったというのに……。伝承は嘘だったのではないかと思ってもう半分諦めていた……」
「…それはそうでしょうね」
この封印は、この私マイラか一族3人が力を合わせるかしないと解けない。そう簡単に解けないように私がそうしたのだ。
「……? どういうことだ?」
「いいえ。封印がそう簡単に解けては意味がありませんもの。…今は年月が過ぎて弱っていたのではないでしょうか?」
「……そうやもしれぬな。ああしかし、父が生きていた時に封印が解けた所を見せて差し上げたかった……。それにせめて妻が病気になる前だったなら……」
ローズは頷いてから何も言わずに外を見た。…今、この王国は一応平和だ。前世のように戦争が起こりそうな気配もなく、このままなら平和に一生を終えられるだろう。
しかし、人とは貪欲な生き物だ。力ある者がそこにいると分かれば、また愚かな争いが起こらないとも限らない。
「…お父様は、封印を解いてどうなさるおつもりだったのですか?」
「最初は我が家を立て直す力が欲しかった。その後はお前の母親の病気を治したかった……。
そして今は勿論、この力を使い新たに魔法省に申請を行い……」
「やめた方が宜しいですわね」
「……? 何故だ?」
「お父様は、この力が何故封印されてきたかご存知なのですか?」
まさか、力が封印されていることだけが伝えられてきた訳ではあるまい。
「勿論だ。約200年前の大戦争。その時『諸悪の根源』と名指しされ罪を着せられた魔女マイラの一族であった我らは、その特徴的な姿と力を封印し名を変える事で生き延びたと聞いている。…しかしそれからこんなに年月が経ったのだ。マイラとの繋がりを知る者も居ないし、力も今なら歓迎されるだろう」
この国には魔法使いが少ない。あの大戦争後この国での迫害を恐れて力の強い者は他国に流れていったのだ。
今この国にいる魔法使いは、王族や高位の貴族達が殆どだ。稀に生まれた市井の魔力の強い者は、10歳で行われる魔力検査で発見されると王国の魔法省とやらに囲われる。
「でも魔法省では力を持つ者を、ほぼ強制労働をさせているのではないのですか? まあ今の我が家の状況を考えると働けるだけ良いのかもしれませんが……。それにしても、力を安売りするのはいかがなものかと思いますわ。そして必ず優遇されるとは限らない。…またマイラの時のように都合のいいように使われて罪を着せられて……となるのかもしれないのですよ」
ダルトン子爵は黙り込んだ。確かに、あの伝説級の力を持った魔女マイラでさえあのような事になったのだ。どうして今の自分達に同じ事が起きないといえようか。
「お父様。今は姿変えの魔法はそのままに、力のみを少し解放して生活を立て直す、堅実な方法でいくことが良いかと思います。過ぎた力は身を滅ぼしますわ」
…これは、マイラの前世から学んだ事だった。前世の自分は力を伸ばし皆に認めさせこの国1番の魔女となる事こそに誇りを持っていた。
だが脇目も振らず上を目指した事で、周りとの軋轢を生み助けも得られないまま王族達に利用されるだけされて、罪を着せられる事になってしまったのだ。
「うむ……。確かに、それが良いのかもしれぬな……。私も急に力を持っても使い方もよく分からぬし、調子に乗っておかしな事をしてしまうかもしれない。ましてや、まだ12歳にもならないリアムには難しいことだろう。…しかし、今まで解く事さえできなかった封印を、そのように調整してかけ直す事など出来るのか?」
ダルトン子爵は不安そうに娘に問うた。自分の身の内から今までにない魔力を感じる。いつものように生活魔法を使っても、制御出来ずにとんでもない事になるのではと本人もかなり心配だったようだ。
「今回、この封印を解いたのは私です。今の私ならこれを操作出来るのではと思うのですわ」
なんて、そもそもこの封印を作ったのはこのマイラなのだ。当然操作出来るし、今の自分には前世と同じだけの事が出来る感覚がある。
『私は、今世では絶対に利用などされない! そして力を誇示する事もしないわ!』
そう固く決心するマイラことローズなのであった。
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ローズがマイラの記憶を思い出した翌日。
『完璧! だわ! お父様達はちょっと残念がっていたけれど……』
今日のローズは茶髪に榛色の瞳。14年間過ごしてきた姿だ。勿論、父と弟も。
昨日、せっかくだからこの姿でいたいとごねる2人を説き伏せ……、イヤもう無理矢理に3人共元の姿に戻した。お父様まで何故ごねているのだか。
今までと違うのは、それぞれの本来の力の3分の1だけ使えるようにしたこと。
マイラに連なる一族だけあって、本来のダルトン家の魔力は相当に強い。もしかすると今この国の高位の貴族達と並ぶ程かもしれない。しかしこれまで力を使っていなかった者がいきなり大きな魔力を持つのは本人が使いこなせるか分からないし、周りからも悪目立ちして何故急にそんな力を持ったのかと疑問に思われることだろう。
今の時代でマイラと関係のある一族と思う者は居ないだろうが……。
とにかく今は、少しずつ身の内の力に慣れていく事だ。父もだが、特に弟リアムはまだ子供で力が暴走しそうで怖い。何かあってはいけないので、ストッパー的な魔法も合わせてかけておく。
あとは2人がそれに慣れて来てくれれば。
まあそんな風に、力は自然に馴染んできた方がいいのだ。
そしてローズ ダルトンとしての身体は、本来はおそらく父と同じ位の能力だったはずだった。が、マイラとしての記憶も蘇った為にかなりの魔力が満ちている気がしていた。そして何より、前世で修行して身に付けた魔法使いとしての知識と経験がある。
…それが、1番のアドバンテージだとローズは思った。
そして今、ローズは首都ルーアンから出てすぐの森を抜けて広がる草原に来ていた。父と弟には悪いが今のローズは封印を全て解き、姿も本来のプラチナブロンドに金の瞳だ。
「…ふう。転移の術も使えはするけれど、やはりまだ身体が慣れないわね。少し負担が大きいかも」
ローズは『転移』の魔法を使い、馬ならルーアンの門より真っ直ぐ飛ばしても3時間はかかる場所にいた。…ここは、前世でも良く来た場所。森に隠れ人里離れた何もないこの場所は少し派手な魔法の練習するのに丁度良かった。
今の自分はどれだけの魔法が使えるのか。少し試しておきたかったのだ。そして、簡単に一通りの魔法を使ってみる。
「うん。まあ昔出来たことは大体出来る、ということね。あとは……薬草をいっぱい摘んで帰らなくちゃ」
実はローズは封印を解く前からポーション作りに挑戦していた。元々は病気の母を治したかったから。その後は生活の為だった。ローズは学園に通えなかったので、古本を借りてそこから独学で作り続けていたが、魔力を封印された以前の状態では碌な商品が出来なかった。ポーション作りにはそれなりに魔力が必要なのだ。
…しかし。
「今なら出来る。…はずよね」
そうしてたくさんの薬草を摘んで帰り、屋敷に帰ってポーション作りを始めたのだった。
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