25 手招き
……まただわ。
校庭を1人歩くローズは身を固くする。
王立学園に入学してから約1ヶ月。
今年の編入生の中に『聖女』がいると言われているから、ずっと周りからの視線を感じている。……たいていは好奇の視線。あとは値踏みする視線、妬むような視線。敬うような視線。……色々あるけれど。
コレ、は……。なんだろう、探る、に近いのかしら? 結構重いわよ?
視線にいちいち反応していたら埒があかないので殆どスルーしているのだけれど、この探る?ような視線は気になるのよねぇ。そろそろ、こちらからも探り返してみようかしら? そう思うと少しウズウズし出す。
そしてゆっくり歩きながらも後ろから注がれる視線を探ってみる。……ん? この視線は一人。しかもその人がいる部屋ってもしかして……。
意を決してローズはサッとその視線の方向を見る。
バチッ
視線が合った。思い切り目が合ったのが分かる。相手もほんの少し驚いたように見えた。その視線の先にいたのは――。
「レオンハルト……殿下」
校舎の窓越しに立ってローズを見ていたのは、この国の第1王子レオンハルト殿下だった。
殿下は少し戸惑った様子を見せてからこちらにゆるやかに微笑んで、ちょいちょいと手招きをした。
――え。来いってことですか? いえいえ。王子? 私達は何の関わりもないんですが、行かなくてはならないのですか!?
というか、知らない人の所に行っちゃダメでしょう。お父様もシェリーも古本屋のおじさんも、パン屋のカーラさんだってそう言ってたもの! うん、絶対にダメ!!
ローズはレオンハルトに向かってぶんぶんと頭を振り『行きません』の意思表示をして、反対の方向に走って逃げたのだった。
「……逃げられちゃいましたね、殿下」
レオンハルトが走り去るローズの後ろ姿を見ていると、後ろから声がかかる。側近であり同級生でもあるパウロだ。
ここはレオンハルトの研究室。彼が特別に取り寄せた各国の魔導書などがズラリと書架に並んでいる。
「……目が合ったから、呼んでみただけだ。本当に来てくれるとは思ってないよ」
「そう仰いながら、いたく残念そうですけどね」
苦笑しながら言うパウロにこちらも肩をすくめて苦笑で返す。
「……それで、彼女が『聖女』ということなんですね」
真面目な顔になってパウロが問うてきた。
「……そうだ。ローズ ダルトン子爵令嬢。子爵家は没落して久しいそうだが、最近は父親の仕事も好調で盛り返しつつあるらしい。しかし彼女の家が盛り返してきた時期と『聖女』が現れた時期がほぼ一致している。間違いないだろう」
「父親の仕事以外、ポーションで盛り返した、という事ですかね。彼女自身は普通の少女に見えますが……」
普通?
「イヤ、全然普通ではないだろう。……彼女のあの湧き立つような黄金の輝きは尋常ではない。後ろ姿であっても彼女の清浄な空気が溢れ出ている。そして……彼女は、とても愛らしい。全然普通ではないよ」
レオンハルトは至極真面目に答えたのだが……。
パウロは一瞬呆れたような表情をしてからつらつらと話し出した。
「……彼女がレオンハルト様の好みの女性だ、ということは充分に理解いたしました。───で、どうされるのですか。まだ周りに彼女が『聖女』だと知られていない内に彼女に婚約でも申込みますか?」
今度はレオンハルトがパウロに呆れた目を向ける。
「……いったい、なんの話をしているのだ……。女性が愛らしいからと婚約していたらいったい私は何人の女性達と婚約しなければならないと思っている」
「おや。レオンハルト様はそんなに気の多いお方でしたか? 今までにどなたかのことを愛らしいと仰いましたか」
「! ……例えば……。…そうだ。エイマーズ公爵令嬢などは才色兼備と有名ではないか」
「エイマーズ公爵令嬢は、次代の王妃候補として公爵家もそれは手を掛け、ご本人もご自覚を持って自身を磨いてこられた、いわば我が国の至宝です。あくまで才色兼備であって、愛らしいとは違うと思いますし殿下もそのようなことは今まで一度も仰いませんでした」
「……まあ、そうだな。あくまで彼女は王妃候補だからな。そして我ら兄弟にはまだ誰も婚約者は居ない。父王も彼女が将来の王妃と思っているからこそ、はっきりと次代の王が決まるまでは誰の婚約者にもさせてはいないのだろうしな。彼女は弟王子達のどちらかの婚約者に決めるつもりなのだろう」
レオンハルトの暗殺未遂事件後に父である国王が、おそらく弟王子のどちらかを次期国王とするつもりだろうと推察してからまだ国王サイドからの動きは何もない。
第2王子の派閥のクラーセン侯爵を処罰をしてから、一応レオンハルトを『次代の王太子とする』との発表はされた。だがこちらの予想通り、その立太子の儀はレオンハルトの王立大学の卒業後とされた。
おそらく、その辺りで国王が弟王子のどちらかを次代の王と決め、その者にレオンハルトを『魅了』させるつもりなのだろう。その後は傀儡の国王とさせるのか、国王を辞退させるか『不慮の死』などに見せかけ陰で魔法使いとして生かすのか……。
エイマーズ公爵令嬢をレオンハルトの婚約者としていないところから、『傀儡の国王』説はないと思っていいだろう。まあ確かに国王が何者かに狙われているなどの事情がない限りその説はない。
───そしてこの状態を黙って見ているエイマーズ公爵はきっと国王側の人間だ。
そして父王は『聖女』のことは関心はあるものの、見つけ出したなら有力貴族と婚約させ国のものとするくらいにしか考えていないようだ。
しかし、レオンハルトは『聖女』こそがこの国のこれからを決めるキーパーソンと成り得ると考えている。
あの『魔法の波動』や諸外国からの関心、そして彼女自身の魅力。……出来るならレオンハルトは『聖女』を手に入れたい。
あの日、初めて魔女の邸跡で彼女の後ろ姿を見たあの時から、レオンハルトは彼女にどうしようもないほど惹かれている。……王立学園高等部の進級式で改めて再会したあの時は心の底から歓喜したものだ。
だからといって、今のこの自分の宙ぶらりんな状態で彼女に求婚までは考えてはいない。
「レオンハルト様……。御無礼を申し上げました。私は殿下がエイマーズ公爵令嬢を妃にとお考えなのでしたら……」
「いや、それは全く考えていないよ」
レオンハルトは即答した。そして……。
「……今すぐではないが、いずれ私は『聖女』に求婚することも考えている。彼女を手に入れることは、この国にとっても私にとっても、とても利になるからね」
「『利になるから』でございますか……」
パウロは少し苦笑しまだ更に何か言いたそうな様子だったが、そこは抑えたようだった。
「……それから、殿下。お気付きになられましたか。先程の『聖女』の近くを歩いていた者の中に第2王子に近しい者がおりました。先程のお2人の様子を見ていたかもしれません」
「ッ! テオドールの……? マズイかもしれないな。彼は私の関心のあるものに手を出してくるかもしれないか……」
少し動揺した様子のレオンハルトにパウロは努めて冷静に言った。
「第2王子のお考えは私には分かりかねます。しかしあのお方はレオンハルト様に対してはかなり対抗意識を燃やされているご様子。国王の目が光り兄に手出し出来ない今、貴方様が関心のある娘を『聖女』と判断し何か手出しをされる可能性はあるかと思います」
レオンハルトは重く息を吐いた。
「……よりによって、テオドールか……」
彼の側近であったクラーセン侯爵の行動からも分かる通り、第2王子は昔からレオンハルトを目の敵にして反発してくる事が多かった。その最たることが例の暗殺未遂なのだから。
「彼女の身の安全が1番大事だ。こちらが気にかけると余計にテオドール達を刺激する可能性もあるが、それとなく彼女とテオドール達の様子を窺っていくか……」
身動きしづらい状況に歯痒い思いをするレオンハルトだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
まだまだ純情な乙女のローズと、後ろ姿をチラと見ただけのローズに何故か心惹かれるレオンハルト殿下でした。




