23 教皇の姪
隣国リンタール帝国のバートン公爵令嬢フェリシアは、クラスでの騒ぎが収まり横で息を吐くローズを見ていた。
フェリシアの母は聖国の出身で教皇の妹。フェリシアは教皇の姪であり、幼い頃からその秀でた魔法の才を認められ、伯父である教皇の元へ母と共に遊びに行き特に可愛がられていた。
『おじさま。私は魔力も強いし治療魔法も使えるわ。『聖女』になってあげてもよくてよ?』
などと、幼い頃今思えば恥ずかしい自信過剰な物言いで言ったことがある。
伯父は笑いながら、
『聖女とは、魔力や治療魔法を使えるだけのものではない』
と言っていたが、幼いフェリシアにはよく分からなかった。
実際、フェリシアよりも明らかに魔力も治療魔法も低い者が『聖女』になっているのを見たこともある。伯父の基準が分からなかった。
周りに話すと、
『それは帝国の公爵令嬢に『聖女』になれとは言えないからでは? 貴族としての生活と『聖女』としての生活は成り立たないでしょう』
という答えが大概返ってくるのだ。
伯父の言う基準とは、少し違う気がするのだけれど……。
まあ『聖女』とは教会に属する神の教えを尊ぶ女性がなるものだ、貴族令嬢とはまた違うのだ、と一応は納得したのだ。
――そんなある日。
あの評判の悪い隣国アールスコート王国に、新たな『聖女』が教皇により派遣された、というニュースが飛び込んできたのだ。
(あのおじ様が? 代々の教皇はずっと『アールスコート王国に聖女は送らない』と宣言され、おじ様もそれに倣うと仰っていたのに?)
母に聞くと、アールスコート王国では元々魔法使いや治療魔法を使える者が少なかったが、最近『上級ポーション』の作成者が身罷り医療が立ち行かなくなっているらしい。きっと民に対する神に仕える者としての温情なのだろうと言われた。
(あのおじさまが、駆け引きなしにそんな温情を与えられるかしら?)
不審に思いながらも、幼い頃とは違い貴族としても学業も忙しい身であり、今は隣国の教皇に問い質しになどおいそれとは行けずもどかしい思いをしていた。
───そんな時、アレは起こった。
ズンッ……!!
――それは恐るべき程の魔力、魔法の波動。
この国の者でも魔力がある程度強い者しか分からなかったかもしれないが、国の有力者などの間では大騒ぎとなり我が帝国でも緊急会議が皇帝のもと行われたという。
当然、この国でも魔力の大きいフェリシアも魔力の波動を感じた。
(……アレは、アールスコート王国の方向で起こった……? まさか、あの国でそんな大きな魔法を使える者がいるはずかないわ。魔法使いから忌避された国、アールスコート王国……。それとも、あの国を厭う魔法使いが何かを仕掛けた? でもアレは、攻撃魔法では無かったもの。それよりも、もっと複雑な……? あれ程の魔法を使える者がこの世界に居るということ自体が恐ろしい事だわ……)
フェリシアはゾクリとした。
そして、帝国の緊急会議から帰った父に詰め寄ったのだ。父は初めは娘に会議の内容を話す事を拒んだが、妻にも詰め寄られ降参したかのように答えた。
「……アレは、やはりアールスコート王国で起こったという事だった。しかもおそらく場所は王都ルーアンのほぼ中心地。しかし、王国に攻撃や何かを仕掛けたという事ではないようだ。そして魔法鳩からの知らせによると、アールスコート王国の1番の魔法使いである王子が、あの『魔女マイラ』の屋敷跡を調べているらしい」
「「『魔女マイラ』の屋敷跡……」」
フェリシアと母の声が重なった。
魔女マイラ。言わずと知れた200年前の戦争の英雄。アールスコート王国の前身であるカルドラ王国出身で、戦争の途中からカルドラ王国の者が暗躍し泥沼化していた戦争をその偉大な魔力で終わらせたと言われている。……ただ残念なことに、魔女マイラは戦争の終わりに自分の屋敷に戻った所を王国の者達に殺されたという。
その魔女マイラの屋敷跡であの魔法の波動が……?
「そうだ。今日の会議の出席者も、やれマイラが復活しただのと大騒ぎとなった。確かにあれだけの魔法を使われたのだ。あの稀代の魔女マイラの御技だと言われた方が納得しやすいがね」
そう言って父は一つ息を吐いた。
「……しかし事は、そう単純ではない。何より現実にあの魔法を使った者は、今この世界にいるのだ。そして厄介な事にその人物はあのアールスコート王国にいる。……憎っくき、あの王国に」
この帝国の人間は……、イヤ、この世界の人間はアールスコート王国を憎んでいる。
200年前の戦争は、それだけの大きな被害を各国にもたらした。
そして王国は最後は魔女マイラが戦争の諸悪の根源だったとし、その魔女を倒したのが神の天啓を受けた『勇者』であるカルドラ王国の王子だとした。そしてその後勇者が『アールスコート王国』を打ち立てたと、とんだ茶番劇を発表したのだ。
全ては魔女マイラのせいで、カルドラ王国はなくなったし自国も被害者だとして戦後の賠償などもなし。
各国はアールスコート王国との国交を結ぶ事は決して無かった。……当然だろう。
当時は大多数のアールスコート王国の国民は真実を知る術もなかった。そして魔女マイラを悪女と貶める王国側の話を信じた。
……おそらくそれは、あの国には何故かその頃から強い魔物がいなくなったから。王国側が神の『天啓』を受けた勇者のお陰だと発表した為に、王国民は王国側の言い分をほぼ全て受け入れ信じたのだ。
貴族や魔法使い達は真実を知っていたので、心ある者達は王国を離れた。そしてその後残った数少ない魔法使い達を酷使し、更に力ある魔法使いがアールスコート王国を離れるという悪循環に陥り、医療や生活を圧迫しているのである。
周辺国はこの事態を、国民を哀れに思いながらも手を出せずにいる。周辺国は、先の大戦でも戦後でも悪評高いアールスコート王国に、出来るだけ関わり合いたくないのだ。そして帝国は国交等は結ばないが王国の民の為にと、必要最低限の貿易だけは許可している数少ない国なのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
この世界では『聖女』は人々の、特に女の子の憧れの存在です。
今回は隣国リンタール帝国のフェリシアから見たアールスコート王国です。2話あります。




