20.5 エルフの国
――この世界のどこかで。何やら少し懐かしいような、そんな大きな魔法の気配を感じた。
こんな大きな魔法、今の人間で扱える者がいるんだ?
まず、それが感想。そして、感じたこの魔力の気配……。
「……マイラ?」
思わず呟く。
その瞬間、僕の心に歓喜の感情が溢れる。
――マイラ! マイラだ! ……もしくは、彼女に近いモノ? イヤだって、そんなモノはもうこの世に居ない! 彼女の一族の末裔と名乗るモノ達もいるけれど、その力の差は歴然だ。そして彼女の知識や魔法も何も受け継いではいない。
マイラをマイラたらしめたもの。それは彼女の元々の才能もそうだろうけれど、圧倒的にその努力。やり始めたらとことん研究し、そしてその元々の才能からそれは桁違いの魔法使いとして彼女の才能を開花させた。
その、マイラの気配と彼女の才能から生まれたと思われる大きな魔法の波動を感じた。しかもすぐその大きさに気付いたのか、後でご丁寧にその魔法の痕跡まで見事に消して! そんな技は彼女くらいの力を持たないと無理だ。痕跡を消すなんてそんなの簡単に出来る事ではないのだから!
でも、ムダだよ? 僕はもうすぐに特定したからね。その魔法が成された場所を。僕は早速そこに跳ぼう(転移)しようとした。
「――どこへ行くのですか?」
僕の執務室の向こうから声がかけられた。
「……エミリオも気付いたんだろ? 勿論彼女の所へ行くんだよ」
目の前のエミリオはため息を吐きながら言う。
「……確かに、かの方にとても似た波動ではありました。しかしあの方は亡くなられたのです。そしてあれから約200年も経っています。いい加減にそのような事を言っては抜け出そうとするのはおやめください」
けんもほろろな態度に青年は不服そうだ。
「エミリオだって、今のが今までのものとは違うってことは分かっただろう? 気配まで彼女に似ていた……。これを確かめずにどうするんだよ?」
「場所が悪いですね。……よりにもよってあのアールスコート王国。魔法使いに非常に評判の悪いあの国に、貴方様を行かす訳にはまいりません」
「あんな国の全ての魔法使いがかかって来たって、僕に傷ひとつつけられる訳がないじゃない。心配し過ぎだよ」
「……あの国が厄介なのは魔力ではないことはご存知でしょう。甘く見ていたら、いつの間にかこちらが囚われているのやもしれないのですから」
――大した魔力を持つ者のいないはずのアールスコート王国。その国が、何故200年前の戦争を起こしたのか。そして何故途中まで彼らが有利だったのか。……そして、何故今でも彼等の国が魔法使い達に忌避され、他の国とも一定の距離をあけられているのか。――その本当の理由。
「『魅了』、か……。エミリオ、お前は今でもあの国に受け継がれていると思うか?」
『魅了』――。
その特殊な力を持つ者は、何故かアールスコート王国の王族にのみ稀に生まれるとされる。
それは、対象の相手に直接会い術をかける事に成功すれば、相手は知らぬ間にその『魅了』の術者の意のままに動く事になるというのだ。
200年前の戦争時、当初自国の主要な人物が裏切ったりおかしな行動を取ったり、完全に有利なはずの戦いが追い込まれていく事が多々あった。
調べていくうちに、その裏切りを行う者は必ずある『使者』と会っていた事が分かったのだ。『使者』と会ってから、本人も訳が分からないまま裏切りを行ってしまったと、そう嘆きながら懺悔し死を選んだ仲間達……。
そしてその後、その『使者』がアールスコート王国の王子である事が分かったのだ。そうして、あの王家に稀に生まれる特殊な能力であることも調査の結果分かった。
「……分かりません。しかし、あの戦争後も数人存在した事は確認されています。勿論、あの戦争の時ほどの力の持ち主は居なかったようですが。――一度『魅了』されれば魅了された本人には全く自覚のないまま操られてしまう。あの戦争ではかの者は使者という名であちこちの国の大物に会い『魅了』にかけていった。負けるはずのない国が判断を間違いあの国に遅れをとった原因です。そして泥沼化し20年もの長い戦争となった」
青年も悔しそうにアールスコート王国の方角を睨み言った。
「でもマイラは、『魅了』されなかった。そして彼女は尋常ではなく強かった。彼女の活躍で戦争はあの国の負けが確定した。……だから、奴らは彼女の周りの者達を魅了にかけてそして彼女の命を……。クソッ!」
普段飄々としている青年が、あの当時の事を思い出し声を荒げた。エミリオも同じ気持ちの為、諌める事はしなかった。
「『魅了』は、余りにも魔力の差があるとかからないんだと思う。そして今は我が国ではその解き方もおおよそ解明されているからね。万一今僕が術をかけられたのなら、エミリオ、君が僕の魅了を解いてよ」
「魅了された貴方を捕まえて魅了を解くなんて、誰に出来ますか! 無茶を言わないでください! それこそ、マイラ様位の力を持った方でないと無理でしょう」
「……だから、彼女に会いに行くんだよ。僕を救えるのは、マイラしか居ない。僕の隣に立てるのも……ね」
「200年前、確かマイラ様にはプロポーズを断られたと記憶しておりますが。それに今のこの魔法の気配がマイラ様とは決まっておりません。しかも、人間の寿命はどう頑張っても100年程度。この気配が彼女の子孫だとして、女性とも限りませんし、老婆かもしれません」
「……それでもいいよ。とりあえず、彼女の魔法を受け継ぐ者なら友好関係は結んでおきたい」
エミリオはこの国の長である青年のマイラへの執着にため息を吐いた。エルフは千年生きるといわれている。この長は200年前から、魔女マイラにある意味『魅了』され続けているのだ。
「……わかりました。とりあえず、お一人で動くのはおやめください。彼の国へミゲルを行かせ調査させましょう。全てはそれからです」
――そうして、このエルフの国からアールスコート王国へ少年ミゲルが調査に入る事になったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
長寿であるエルフの国の人々は、殆どが前世のマイラを知っています。




