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2 開かずの間


 ――あの日以来、この部屋に入るのは初めてね――。


 あの後暫くして領地に飢饉が起こり、更に子爵家の経済状況が悪くなった。そして祖父も亡くなった。

 家が没落した今の状況でも、主人以外の者が入る事を禁じられたこの部屋。…とはいっても、今この屋敷にはもう使用人もなく、直系の者しかいないのだが。


 ローズは暫く誰も入ってはいない部屋の、ほこりさびが付いたドアノブを回す。意外にも鍵などはかかっておらず、ギギギ……と軋む音を鳴らしながら扉は開いた。


 この部屋には、まだ大昔の高く売れそうな物が何か残っている筈……。お父様には、この部屋の物には手をつけるなと言われているけれど、背に腹は変えられないもの……。


 ローズはその部屋に足を踏み入れる。そこは、幼い頃に祖父と入った時と変わっていないようだった。…少し、埃は積もっていたけれど。


「…お父様も、この部屋の物には本当に何も手を付けていないのね……」


 そこまで大事にしていた物に手を付けようとしている事に、ローズは少し罪悪感を覚えた。…けれども。このままでは弟の学費が出せない。学園さえ出ておけば弟はそれなりな職には就けるかもしれず、そうすれば彼の代にはこの家は少しは盛り返す事が出来るかもしれない。


 ローズは罪悪感を振り払い、部屋の物の物色を始めた。

 ――のだが。


「…やっぱり開かずの間は、ただの古い物を置くだけの倉庫だったってことかしら……」


 変色した銀の燭台や食器類。昔使っていたのだろう広間用の分厚い古いカーテン。…他にもその時ならばそれなりの値段が付いたのかもしれないが、今となっては売れようの無いただの骨董品ばかりだ。

 

「これは先祖に頼らず、自分達で解決しなさいという事なのかしらね……」


 1人そう呟き、大きなため息をついた。


 けれどローズは学園にも通えず歳も14と若い。働きに出たとしてもそれ程の給金をもらえるとは思えなかった。そしてこれから父の仕事が急に上手くいくとも思えない。

 そもそも、親子3人が食べていくだけでやっとなのに、貴族の学園に通うなんてことを望むという方が間違いなのか。


 ローズは部屋の中央にあったソファーの埃をはらって腰を下ろし、その正面にある『伝説の魔女マイラ』の肖像画を見上げた。


 プラチナブロンドの髪に金の瞳の美しい女性。真っ赤なドレスを着こなし自信ありげにこちらを見ている。



『 ――その昔実在した、世界を滅ぼすほどの力を持っていたという1人の魔女。


 世界中の人々が恐れ恐怖したというその巨大な力は、当時幾つかの国々を滅ぼした。

 彼女は散々世界を翻弄したが、その後現れた神の『天啓』を受けた勇者によって倒された。


 その魔女の名は、マイラ カルトゥール。

 稀代の魔女であり、伝説の悪女でもある』



 ――これが、このアールスコート王国建国にまつわる話だ。絵本にもなっており、この国の者は子供の頃からこの話に親しむ。


「…久しぶりに見るけれど、美しい方だったのね……。こんなに美しくて偉大な魔法使いだったのに、どうして世界を破滅寸前にまで追い込むような事になったのかしら……」


 そして、それ程の力を持っていたのに、どうして『勇者』……つまりこの国の初代の王に倒されたのか。

 この国の者なら誰でも知っている『創世物語』。勿論ローズも知ってはいる。『神より光の魔法を与えられた勇者は同じくそれぞれに力を与えられた仲間と共に……』というくだりだ。


 しかしローズは知っている。

 ローズが小さな頃から足繁く通っている古本屋の主人は本が好きなローズに目をかけてくれ、色んな本を見せてくれたり本が書かれた背景や仕組みを教えてくれた。

 曰く、『歴史』とはその時代の勝者が『作り出したもの』だと。


 本に書かれている内容は、その時代の勝者に都合良く書かれている。だから特に歴史の書物を読む時はその時代背景をも考えて読み解かなければならない、と。


 そのひとつひとつの事実は、それが歴史書に書かれている意味合いの事であったかは分からない、歴史書に真実が書いてあるとは限らないのだよと、そう古本屋の主人に言われた時に、ローズは幼い頃に祖父に聞いた魔女マイラの事を思い出したものだ。


 ローズは魔女マイラの美しい肖像画を見つめる。


「…他の歴史書に載っていたマイラの絵は、もっと恐ろしげな女性に描かれていたわ。どうして我が家の肖像画はこんなにも美しく描かれているのかしら」


 マイラは自信たっぷりに微笑みながらローズを見ている。


「…そもそも、どうして我が家に魔女マイラの肖像画があるの? しかも、この家の主人しか入れないこの部屋に」


 魔女マイラはこの国の勇者だった初代国王の……いやこの世界を滅ぼしかけたとしてこの世界から『悪女』と忌み嫌われる存在のはずだ。当然街のどこにもマイラの絵など飾られてはいない。歴史書や子供向けの絵本に小さな挿絵で恐ろしげな姿で載っている位だ。ローズとて祖父に教えてもらっていなければ、この絵がマイラだとは分からなかっただろう。


 そんなマイラを美しく描いた絵がどうして我が家にあるのか。ローズはそんな事を考えながら立ち上がり、マイラの絵に近付きそっとそれに触れた。


「……? …何かしら……」


 絵に触れた瞬間、何か感じた違和感。

 …コレは、魔法?


 マイラが伝説の魔法使いだったように、この世界の人間は皆大なり小なり魔法が使える。しかし魔法使いと名乗れる程の力を持つ者は王族や貴族、もしくは稀に民間から攻撃魔法や聖魔法が使える者が出る位で、大半の者は食事の用意の時に少しの火を出したりといった生活魔法。末端の貴族であるダルトン子爵家の人間も生活魔法に毛が生えた程度の魔法しか使えない。


 けれど……。

 魔力がそれ程ないローズにも、この絵には何か魔法がかけられているのがわかった。

 

「…こんなところに魔法が……。…ッ!!」


 ローズがもう一度絵をなぞり、魔力を感じようと心を研ぎ澄ますと――。


 絵は一瞬光り、そして消えた。

 …そしてそこには扉が現れたのだった――。



 ローズは驚き、いきなり現れたその扉を見つめた。

 古めかしい、そして重厚な扉。

 ローズは息を呑み戸惑いがちにその扉に触れると、またしても扉は光りゆっくりと開かれた。また魔法が発動したのだろう。


 開かれた扉の先の部屋には、たくさんの書物が所狭しと壁一面の棚に収められていた。そしてその脇にはかなりの値打ち物だと思われる貴金属や骨董品の数々……。


「……!! こんな、部屋がうちの屋敷にあったなんて……」


 それに、あの魔法は何だったのだろう? ローズには生活魔法程度しか魔力はない。部屋にかけられた封印を解ける程の魔力など持っていないはずなのだ。

 …もしかして、あれは本人の魔力というより、この家の直系の血に反応して開くようになっているのか? だから代々の主人しか入れなかったのかとローズは考える。


 ローズは恐る恐るその部屋に足を踏み入れた。入ってもそれ以上魔法が発動する事がなかった事にとりあえず安堵する。驚いた事に隣の部屋はあれほど埃だらけであったのに、この部屋は今朝にでも掃除したかのように美しかった。


 そしてローズはその部屋の中央のテーブルに近付いた。そこにはそれは美しい金色の一粒石の宝石が台座の上に飾られていた。


「すごい……。なんて、綺麗な金色……。この色……、さっきの魔女マイラの瞳の色みたい……」


 少ししゃがみ込み、真正面から金色の一粒石を眺める。

 ――まるで、石に魅入られてしまっているかのよう――。


 なんて事を思いながら見ていると、その石はまるでその視線に反応したかのように光り出した。ローズは驚きつつも目が離せない。石は光って眩しい筈なのに、彼女はその石から目が離せない。


 その光は意志を持っているかのようにローズを光で包み込んだ。そして――。


 その光が消えた後にそこに居たのは、栗色の髪がプラチナブロンドに、榛色の目が金の瞳に変わったローズ ダルトン子爵令嬢だった。そしてその瞳の輝きはあのマイラそのもの。


 ローズはふう、と息を吐いた。


 ――まさか、またこの世界に生まれてくるとは、ね。


 そう、私は前世でマイラ カルトゥールだった。


 

お読みいただきありがとうございます!



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