102 妖精王の申し出
そのあと先程とは打って変わって妖精王は柔らかな表情になり、レオンハルトとローズに向き合った。
『……愛する弟よ。お前の言いたい事は良くわかった。
そして人の子よ。ちと意地悪が過ぎたかもしれぬ、許せ。……実は今日は我ら一族と神よりの許可を得てお前たちに伝える事がありやって来たのだ』
妖精王はそう言って2人に微笑む。
『この度、龍達の悲しみが癒えた。この500年の長きに渡り全ての龍達の懸念であった事がお前たちのお陰で解決したのだ。
我らも長い間その事に気を揉んでいた。……あぁ、そこな勇者の生まれ変わりよ、お前を責めているのではない。誤解せぬように。いつどの世界にもボタンの掛け違いのような事が起こる。ただその解決方法で我らも頭を悩ませていた。彼らの悲しみは世界を暗く曇らせていたから。
ただ『古代龍の魔石』を人から奪い龍に返すだけではダメだったのだ。それを大切な弟の魂の半身よ。お前が彼らの心を解し癒してくれた』
途中で龍達の悲しみ、と聞き苦しい表情をしたサイラスに気付き妖精王は声をかけた。基本は心優しい方なのだ。
そして先程とは打って変わって自分を褒め称えてくれる妖精王にローズは戸惑った。
『……あの銀の龍も他の龍達も、今はとても心が安らかである。我ら妖精族はそれを肌で感じ取れるのだ。お前は流石に我が弟が選んだだけはある者だ。
そして今回の事柄により、我ら一族は神の許しを得てお前達2人を妖精族の仲間として受け入れて良いと決まった』
……妖精族の、仲間?
この場にいる4人とフェルは「?」となる。
「兄上……。『妖精族の仲間』とは? 勿論私は心は妖精族であった頃の誇りを忘れぬよう心掛けて行くつもりでございますが……」
『弟よ。素晴らしい心掛けである。しかし今回は心だけでなく身体も妖精族になるということ。……2人共、我と共に来るが良い。お前達を妖精族の仲間として歓迎しよう』
妖精族の仲間として!!
レオンハルトとローズは驚き、そしてお互いを見合った。
――妖精族の仲間として、レオンハルトとローズを受け入れる――
それは2人にとって思いもよらない申し出だった。
確かに繰り返した転生の中で何度か妖精王は現れ、元弟であるレオンハルトに妖精族への復帰を申し出ていた。しかし、何度言われてもレオンハルトの心は変わらなかった。
――それが今回は、2人揃っての妖精族への受け入れの話。
2人はいつの間にか側に寄り見つめ合いながら手を繋いでいた。2人一緒ならばどこででも良い。しかもレオンハルトを妖精族に戻せるのならそれはとても良いこと。
……しかし、2人にはこの世界でまだやりたい事、やらなければいけない事。そして……、共に生きていきたい、仲間たちがいる。
お互いの気持ちが分かった2人は微笑み、頷き合った。
その様子を見ていた妖精王は、やっと愛しい弟を妖精の世界に戻せると喜んだ。
そしてサイラスとパウロとフェルは、まさかこんなに急に2人と別れる事になってしまうとは思いもよらず、目の前で起こる急展開に動揺を隠せなかった。
『2人ならば妖精族の仲間となる事に何の憂いもないであろう。……さあ、共に参ろうか』
そう言って、妖精王は2人に手を差し出した。が――。
「……兄上。せっかくのお話ですが、私たちは今それを受ける訳には参りません」
思わぬ弟の返答に、妖精王は驚いた。
『……どういう事か。弟よ。お前はもう妖精族には未練はないと……、そういう事か?』
弟からの信じられないその返事に動揺しながらもなんとか心を抑え、妖精王は静かに尋ねた。
「いいえ。……兄上。私はレオンハルトとして生まれ生きてまいりました。今、私の人生でやりたい事ややり残している事がたくさんございます。そして何より有り難い事に今の私にも愛する人や家族、そして友がいるのです。……私は今この全てを捨てて妖精族の世界へと参る訳にはいかないのです」
妖精王は弟の言葉を聞き、弟の周りにいる2人を見た。
サイラスとパウロは、レオンハルトが妖精王の誘いを断り自分達と共にいることを選んでくれた事に感動していた。そしてその妖精王の視線に気付くと、2人は強い思いでその視線に向き合った。
「私たちもレオンハルト様と共に、苦しみも喜びも協力して乗り越えこの人生を生きていきたいと思っております」
「我らは、まだまだ道半ばなのです。どうか、これからもレオンハルト様と共に生きることをお許しください!」
2人は必死な思いで妖精王に思いをぶつけた。
「妖精王様。私達は今生きているこの場所で力を尽くし友と生きていきたいのです。私達の事は、この人生を生き抜いたその生き様を見てご判断いただきたいのです。私達が本当に『妖精族』として生きるに相応しいかどうかを」
ローズはレオンハルトと繋いだ手をキュッと握りながら妖精王に向き合い言った。
……妖精王の顔が歪む。歪んでも尚、妖精王は大変美しかったのだが。
『……せっかく、こちらが譲歩しておるというのに……! このようなチャンスは二度とないのやも知れぬのだぞ? それでも良いのか?』
妖精王は憎々しげにローズを見てそう言った。
「……それは、致し方ない事でございます。そうなったらそうなったで諦めましょう。しかし今、私達に信頼を寄せてくださった方々を置いてそちらに参る訳にはいかないのです」
ローズはそう言い切った。ローズは妖精になりたかった訳ではない。彼女の願いは愛する人と共に生きること、そして出来れば大好きな魔法の研究を続けていく事、なのだから。ただ、愛する人をその一族から抜けさせてしまったことを悔やんではいたが……。
「私達は物事を中途半端に放り出してはいけません。……兄上。そのような者は妖精族に相応しくはないでしょう? 私達はレオンハルトとローズという人間の人生を全ういたします」
肝心の2人に拒否されては妖精王もなんとも言えず、『また来る』と言って去って行った。現れるのも去るのもあっという間だった。
失意の妖精王が去り、部屋にはレオンハルトとローズ、サイラスとパウロそしてフェルが残された。
「……はぁー……。それにしても、レオンハルト様がまさか妖精王の弟君だったとは……。いえ、昔からとても出来たお方ではありましたが……」
パウロがそうため息混じりに言い、サイラスも、
「ええ、本当に……。レオンハルト様は少し前にラインハルト様である前世を思い出されてらっしゃいましたが、妖精族の事はいつ思い出されたのですか?」
2人の言葉を聞き、レオンハルトは少し困ったような顔をして答えた。
「ローズに……、彼女にプロポーズをした辺り、かな。今の自分でもラインハルトでもない記憶が次々と表れてね。そこから少しずつ……。それに今日彼女と何度も転移をしていたら結構鮮明に思い出してきたのだ。……実は、今の私は少しずつ魔力も上がっていて、王宮から西門までローズを迎えに行った時は自ら『転移』をして行ったのだ」
「まあ、やはりそうでしたか。サイラス殿も前世を思い出されてから魔力が上がっていると感じましたが、レオンハルト様は今はもっとですもの。妖精族であった事を思い出して魔力が上がられたのですね」
ローズは魔力の上がったサイラスを見て、同じようにラインハルトの前世を思い出しながら魔力の上がらなかったレオンハルトを少し不思議に思っていたのだ。
「まだ慣れないが、そういうことになるね。……さて、皆。私達はこれからまたここで皆と力を合わせこの国を盛り立てていきたい。そして以前から話していた通り、この騒動が落ち着きアールスコート王国が軌道に乗ってきたら、弟テオドールに王位を譲ることとする。勿論、私達がどこかに行くという事ではない」
レオンハルトはそこまで言うと、前にいるローズの手を改めて取り微笑みかけた。
「……私は彼女と、共にただの1人の貴族としてこの国を支えていく。魔法の研究をしながら、ね」
ローズはレオンハルトの手をキュッと握り返し、微笑み返す。
「……はい。共に。レオンハルト様」
見つめ合う2人を、2人と1匹は温かく見守った。
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