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97 龍との邂逅



 ――王都ルーアンの西の正門。


 普段は大勢の人々で賑わうその場所には、今は少数の騎士達がいるだけだった。



 そこに、1人の少女が白い子犬を連れて現れた。


「ッ! 貴女は……!」


 そこにいた数人の騎士達の内の1人。


 それはこのアールスコート王国第一騎士団団長サイラスだった。

 彼はいつもより少しラフな格好ながら立派な剣を帯刀していた。この国には居ないが、まるで冒険者のような格好だった。



「ローズ様……! 今は王宮に向かわれたのでは? ここは危険です。どうかレオンハルト様と……」


「サイラス様。お久しぶりでございます。サイラス様こそどうしてここに? 騎士団長様ともなれば王宮で皆の陣頭指揮を取られているはずなのでは……?」


 ローズは不思議に思い尋ねた。


「いえ……。今日はたまたま非番でこの辺りに来ていたのです。今から王宮に向かうよりこの地で皆を守れればと……」


 少し言葉を濁すサイラス。


「……そうですか、たまたま……」


 ローズはそう呟き、門の向こうを眺める。


「……もうすぐここに、大いなる悪意が来ます。私はそれを確かめに来たのです。サイラス様も危険ですので、皆を連れて避難してください」


「……いえ。私もここに残ります。他の騎士達には避難するように先程申し伝えました。私は騎士団長として、ここを見届ける必要があるのです」


 ローズはチラとサイラスを見た。この国に多い茶髪に茶色の瞳。彼は真っ直ぐ射抜くようにローズを見ていた。……彼の意志は固い。


「……分かりました。しかし相手は伝説級の龍です。お互いに守りきれるものではありませんから、この先は不干渉となりますが宜しいですか?」


「勿論です。私は私の役目を果たしてみせます」


 そう言ってサイラスは背を向け歩いて行った。



『……なんじゃ、アレは。何やら思い詰めた様子じゃのう。しかし、『不干渉』で良いのか? まああの人間に龍をどうこう出来るとは思わんが、足手纏いになる予感しかせぬがの』


 先程まで黙って見ていたフェルがサイラスの背中を見ながらそう呟いた。


「ねぇ。気が付いた? 彼の魔力が上がってる……。そして身のこなしもまるで隙がなかったわ。勿論彼は騎士団長になる程の方だから元から隙はなかったけれど……」


 ローズも随分と離れて小さくなった後ろ姿を見ながら言った。


『魔力が? ……通常人間の魔力が急に上がる事などないじゃろ? まあローズ達のように封印でもされておったなら別じゃが。確かにあの者の魔力は相当高いが、別に悪いモノは感じぬが……』


 フェルの見解にローズは頷く。


「ええ。悪いモノは感じない。そして通常魔力はそう上がらない。我が家のように封印が解けるか、……それとも私のように前世の力が目覚めるか」


 フェルはギョッとする。


『……前世? しかし人間に前世がありそれを思い出したら皆その前世の全ての力を取り戻すなら、この世界はそのような者で溢れ返っとるぞ? レオンハルトでさえ、前世の魔力は取り戻しておらんのじゃろ?』


「そうね……。何か一定の法則でもあるのかしら。そしてサイラス様が何者でどうして魔力が上がったのかは分からないけれど……。それにどうしてあんなに思い詰めていらっしゃるのか……」


 ローズはそう言った後、自分の両頬をパンとはたく。


「……でも今は、龍に気持ちを切り替えるわ! 

……あの門の上が1番眺めが良さそうだわ。行きましょう、フェル!」







 ――大切な、あの方が居なくなってどの位経ったのだろうか。


 自分を庇って酷い傷を負っていた大切なつがい。あの時、薬草を採るためとはいえどうして自分は側を離れてしまったのだろう。

 どうして人間如きに偉大な龍であるあなたが殺されたのだろう。そしてそのあなたの魔石までが持ち去られてしまったのだろう。


 人間を恨んだ。けれど仲間からは恨んではいけないと諭される。

 皆、自分の番じゃないからそんな事を言えるのだ! そう何度悔しい思いをしたことか。


 あれから500年以上時が経っても、まだ自分の中にはドロドロとした感情が渦巻いている。……いや、一層酷くなった。


 

 大切な番の遺した魔石は、人間の世界を転々としているようだった。……そして、少しずつこちらに向かっていることも感じている。しかし、人間界で大きな戦争があってから暫くある国でずっと留まっている。


 そろそろこちらから動こうかと思いかけていた時に、彼等は現れた――。







『……やって来たの』


 フェルが遠くに小さな黒い点を見つけて言った。


「……そのようね。真っ直ぐ、迷いなくこちらに来ているわ」



 アールスコート王国王都ルーアンの門の上。


 ローズとフェルはそこに立って、やって来る龍を見ていた。




 近付いて来る怒りに燃える真っ赤な瞳をしたそれは、それは美しい一頭の巨大な銀の龍だった。




 その銀の龍は見えてきた自分の番の気配がする街を、憎しみを込めた目で見た。


 そしてその門の上に立つまだ子供のような人間の少女の姿を認める。――しかし、龍はその憎しみを抑えるつもりはなかった。



 この世界最大で最強の魔物。知能も魔力も力も持ち合わせた至高の存在である龍。その寿命は千年を超えるといわれる。

 おそらく妖精族であってももし戦えば無傷では済まないだろう。エルフ族ならば数人でかかってやっと仕留めることが出来るくらいか。

 

 その最強の魔物の龍である自分が本気になれば、こんな人の街など一撃で焦土に出来るだろう。……本当は、もっとじわじわと恐怖を与え続けてもやりたいが。


 しかしそれ以上にこの龍の憎しみ怒りは大きかった。……なに、恐怖はこの街以外の人間達が感じれば良い。今は自分の番の魔石を長期間縛り付けたこの街を焼き尽くし、この後は自分の大切な番に手をかけた人間全部を恐怖に突き落としてやる! どうせ人間の命は短く自分の番に手を出した張本人はもうこの世には居ないのだから。



 そして、銀の龍は街を睨みつけながら魔法を唱えた――




 ズドドドォォォーーーーンッッ!!



 街に轟音が響き渡った。


「うわあっ!」

「きゃあぁーっ!」


 王都ルーアンに人々の叫び声が響く。

 

 古い建物などはヒビが入ったりその振動で多少崩れたところはあったようだが……。


 ……しかし、街は地響きこそしたものの、破壊されてはいなかった。




 王宮にて人々の避難の指揮を執りつつ、レオンハルトは近付いて来た気配に王宮のベランダから西の方角を見ていた所だった。


 大きな地震かと思うほどの地響きがした西の方角には土煙がたっていた。


「……ッ! ローズ……!」


「殿下! 先程の地響きで古い王宮の一部が崩れたようです! 何人か負傷者が出た模様です。おそらくは街も無事ではないかと!」


 今すぐにローズの元に行きたいレオンハルトだったが、今ここにはレオンハルトの指示を待つ者が多数いる。


 ……ローズ。今私は私のすべき事をする。どうか、どうか無事で!!


 そう強く願いながらレオンハルトは人々の待つ場所へ向かった。





「ッ……。流石に、龍の攻撃は半端ないわね。完璧な結界を張ったんだけど、地響きまでは抑えられなかったわね……。街は大丈夫かしら。……レオンハルト様は……」


 そう思いを馳せかけて、今はそんな時ではないと小さく首を振る。


『な……。……生きておる、のか……。いや、ローズ。この結界は完璧じゃ。ワシはもうあの一瞬に死を覚悟したというのに……』


 フェルはプルプルとその小さな身体を振るった。




 しかし、1番驚いたのは攻撃を放った龍だった。


『な……! なにぃ!? どういう事だ!? まさか私の攻撃が効かぬとは……!!」


 龍は門の100メートル前辺りを止まって飛びながら、信じられない思いで門の上に立つ少女を見た。

 ……先程の攻撃は、この500年の人への怒りを込めた自身の渾身の攻撃だ。それがまさか防御されるとは!!


 そこにはプラチナブロンドの髪に金の瞳の少女。まだ人間にしても子供に近い年齢だろう。



 人間の少女は、その金の瞳で真っ直ぐに龍を見据えた。龍と少女はしっかりと目が合った。


 ……龍は不思議な思いがした。千年近く生きてきた自分から見て明らかに幼い人間の少女。……それなのに。まるで自分の心を見透かされているかの如く、そしてこの龍である自分を憐れむかの様なそんな少女の視線に、少し身震いをしまたそんな自分に驚く。



『――人の子よ。お前が先程の攻撃を防いだのか』



 龍は自分のそんな心を抑え、その少女に話しかけた。



「……この街に『結界』を張ったのは私です。あぁ、良かった。お話を、してくださるのですね。私はローズと申します」



 その少女は龍を全く恐れる事なく、それは嬉しそうに笑顔でそう答えたのだった――。




お読みいただき、ありがとうございます。


ローズはこの日、『転移』をたくさんしていました。が、普段からあちこちに『転移』しているので本人は全く平気です。

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