96 王都ルーアンの人々
ローズはレオンハルトとパウロを連れて、アールスコート王国王都ルーアンの正門に転移して来ていた。
「……! ローズ。身体は大丈夫なのかい? 2回も連続で他者を2人も連れての転移は……」
レオンハルトはローズを心配そうに見た。
「問題ありません。それよりもレオンハルト様。これより王都に『結界』を張ります。……元より『魔物除け』の結界はしてありましたが、更に強固な結界にいたします。この結界を張れば暫く人の行き来も出来なくなります。この門を預かる方に事情を説明していただげませんか? そしてその後は王宮に戻り緊急会議を!」
ローズは真剣な顔で2人にそう言い、2人は頷き門の責任者の元へ向かう。
門付近も既に騒ぎになっていた。先程の大いなる悪意をおそらく国中の人々は感じたのだろう。
逃げ惑うように行き交う人々に、ローズは門の上に立ち呼びかけた。
「皆さん! この国に大いなる力を持った者が悪意を持って訪れようとしています。今は心を落ち着けて、帰るところのある者は帰るべき場所に、ない者もとりあえず安全そうな建物の中に避難をしてください。
……そして王都に結界を張るため、もう少ししたら暫くこの王都からは出入りが出来なくなります。各々目的に合わせて素早く行動してください!」
ローズの姿を見た者は驚く。
「せ……聖女様!?」
「この嫌な感じは、やはり何かが来るのですか!?」
「聖女様が守ってくださるなら大丈夫だ!」
人々は口々に叫び、建物の中や自分達の家に向かって避難を始めた。
ローズはこの王都の全ての門に先程と同じ避難勧告を流した。そして王都を囲む全ての門付近に誰も居なくなった事を確認して、呪文を唱える。あれ程までに強力な魔物をこの王国に入れなくする為には、こちらも相当強力な結界を張る必要があった。
「……偉大なる精霊に乞い願う、――『結界』!!」
キィィン……!!
「……ふぅ」
ここまで完璧で強力な結界を張ったのは初めてかもしれない。とにかく暫くは大丈夫だろう。
そこにレオンハルトとパウロが合流する。
「ローズ! 門の責任者と話はつけて来た。暫くは王都は出入り禁止となる。ローズが結界を張る前に周辺の街々に魔法鳩も飛ばしてあるから大丈夫だろう。
……ローズは、あの悪意がこの王都ルーアンに向かうと確信しているのだね?」
「……はい。私、フェルから龍の話を聞いてからずっと考えていたのです。離反した魔物達は普段平和主義の龍達をどうやって味方につけるつもりなのだろうと……。それが今日レオンハルト様達と話をしていて、なんだか少し分かってきた気がして」
ローズがそう言うと、レオンハルト達もハッとする。
「それは、もしかして……」
3人は目を見合わせる。
「……はい。おそらくは『勇者が倒した古代龍』。そこから全てが始まっているのだと思います」
「レオンハルト様! この恐ろしい気配は一体なんなのでしょうか! 国中大騒ぎですぞ!」
王宮に転移した3人をシュナイダー宰相らは青い顔で迎えた。
「この王都に、大いなる悪意の塊が向かっている。今『聖女』様がこの王都全体に強力な結界をかけられた。暫くは王都は人も出入り出来ない。周辺の街々にも魔法鳩にて通告済みだ」
事情を説明するレオンハルトに宰相初め大臣達は益々緊張した面持ちになりながらも頷いた。
「おぉ……。なんたる事。しかし既に『聖女』様が結界を張り手を打ってくださってあるとは……。これで一安心、と考えてよろしいのでしょうか?」
「いいえ。相手はおそらく大いなる伝説級の龍。彼等に攻められれば結界も長くは持たないと思います」
ローズの言葉を聞き騒つく大臣達。レオンハルトはとりあえず会議の間に皆を移動させた。
「――して、今回何故そのような伝説級の龍が来る事態に? 魔物達は人とは関わらず分かれて暮らす事になるのではなかったのですか?」
至極尤もな意見が大臣達から飛び出す。
「ああ、そうだ。しかし人間にも色んな意見を持つ者がいるように、魔物にも色んな者がいる。その中に今回我らと契約をした魔物から離脱する者もいたそうだ。……その魔物達が、今回の伝説級の龍を担ぎ上げたようだ」
レオンハルトは淡々と事情を話す。
すると1人の大臣が興奮しながら言った。
「……ようだ、とは! それでは済まされませんぞ! その龍は一体これからどうするつもりなのですか!」
「……落ち着かれよ。魔物の考えなど我らに分かるはずもない。……『聖女』様。エルフ族のお方は? 彼等は今何をされているのでございますか?」
興奮する大臣達を抑え、宰相が静かにローズに問うて来た。
「エルフ族の方々は、今は妖精族の所へ前回の魔物達の顛末を話に行かれました。彼の国に行けば念話は出来ません。そして彼等の国へは『転移』も出来ないのです。ですから、残念ながら今はエルフ族の方々を頼りには出来ません」
「なんと……!!」
会議場は一気にこの最悪の事態に悲壮な雰囲気になる。
「ではいったい、我らはどうなるのか……!」
「結局我らは滅ぶ運命なのか……」
「なんとかエルフ族に連絡を取れないものか」
騒つく大臣達に、レオンハルトは立ち上がり言った。
「今は我らに出来ることをするのだ。悲嘆に暮れても仕方がない。
……人々を安全な場所に避難させる! 場合によっては王都からも避難させなければならないかもしれない。『聖女』様にはその際の門付近の結界解除を頼む。今回の気配からおそらく龍は西の方角から来るであろう。それ以外の門から人々を避難させる手筈を整えるのだ!」
大臣達はその言葉にハッとすべき事に気付く。
「「「御意!」」」
そして人々はすぐにそれに取り掛かった。
それに細かな指示を出すレオンハルトに、ローズが話しかける。
「レオンハルト様。……私は『勇者の間』に行ってもよろしいでしょうか?」
レオンハルトはローズの意図に気付く。
「……分かった。くれぐれも気を付けて。あの『魔石』の処遇はローズに任すよ」
そう言ってローズの髪を一房とり、口付けた。ローズは少し恥ずかしそうにはにかんでから微笑む。
「ありがとうございます。レオンハルト様もくれぐれもお気を付けて」
レオンハルトはローズを見て愛おしそうに微笑んだ。2人は見つめ合ったがすぐに名残惜しそうに離れ、お互いのすべき所へ向かう。
ローズが行こうとすると、そこにふわふわした白い小さな塊が足元にまとわりついて来た。ローズはその白いふわふわを抱き上げる。
「ッ! フェル!! 来てくれたのね」
それは子犬の姿をしたフェンリルだった。
『すまぬ。まさか離反した彼奴らが龍を動かす事に成功するとは……! ローズ、我らの仲間には彼奴ら離反した魔物達の掃討を命じた。だが、龍は既にこちらに向かって来ておる! 龍は本来平和主義で話も出来る大いなる存在。……しかし今これだけの怒りや負の感情に支配されていては、彼らの攻撃が始まるまでにちゃんと対話が出来るかも怪しいところじゃ!』
ローズは必死にそう話すフェルのふわふわした頭をそっと優しく撫でる。
「……そうね。今ここに居ても彼らの怒りをひしひしと感じるわ。フェル。私に付いて来てくれる?」
『勿論じゃ!』
そうしてローズはフェルを抱いたまま転移した。
ローズはフェルを連れ、『勇者の間』に転移して来た。
広いドーム状の屋根にステンドグラスの光が差し込む荘厳な雰囲気の部屋。その中心に、それは鎮座していた。50センチ程はある魔石。
仮とはいえ封印をしているのに、それは妙に黒光りしますます禍々しい魔力を放っていた。
「コレは……。まさか、彼らを呼んでいるの?」
思わずそう口にしたローズにフェルが言った。
『彼ら……とは、龍の事か? この『古代龍』の魔石が龍を呼んでいると……!』
フェルも信じられない思いでその『魔石』を見ていたが、確かに怪しく光るその『魔石』が普通でない事は分かる。
そして、どんどん悪意の塊ともいうべき龍が近付いて来ているのが分かった。
「……ッ! フェル、もう王国の領土内にまで龍は来ているようよ。おそらく、その目的地はこの『勇者の魔石』。私はコレを持って西の王都の門まで跳ぶわ!」
『勿論、ワシも行くぞ!』
――そうして、ローズとフェル、封印された『勇者の魔石』はこの部屋から消えた。
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