95 オスカーの過去と今
――約200年前。アールスコート王国の前身カルドラ王国。
「……なんとな!! またしても隣国はこの国に無茶を言ってきおったのか! 幾ら隣国の軍事力で周辺の国々から我が国が守られる形となっているからといって、限度というものがある! 実際にはなんの助けも受けていないというのに!」
そう言ってカルドラ国王は隣国からの書状を憎々しげに握り締めた。
「陛下。そうは申されましてもあの軍事力に怯えているのは周辺国も我らも同じ。申し出を拒否すればたちまち我が王国が攻め込まれましょう」
大臣の1人がそう言った。
「……分かっておる! 分かっておるが!! ……奴らの要求はどこまでもとどまることを知らないのだぞ! 昨年も麦の量を増やせと言われ従ったところだ! おそらく今話を受けてもすぐに更なる要求を突き付けてくるであろう!!」
国王の怒りは最もで、この国の誰もが隣国に対して大いなる不満を持っていた。
このカルドラ王国には世界一の魔法使い『カルトゥール』家がある。おそらくは隣国も戦争まではしないとは考えつつも表立って反抗も出来ず、国を思い国王と大臣達は苦悩する日々を送っていた。
……そんな頃に、アレはこの王国にやって来た。
「『勇者が倒した古代龍』の魔石……?」
まだ少年だった第3王子ゲオハルトに、この国の魔法使いは興奮気味に答えた。
「そうですっ! あの有名な『勇者』が倒したという古代龍の魔石を、なんと我が国が手に入れたのです! 今から私は魔石の調査の為に厳重に管理された部屋に入るのです! ああ、なんと光栄なことか!」
『勇者が古代龍を倒した英雄譚』は世界中で有名な話だ。子供の絵本から大人用の物語や演劇となったりしている。
その魔石はかつて『勇者』がいた国から盗まれ、各地を転々としていると噂されてはいたが……。
「……ねぇ。僕も見に行っていい?」
ゲオハルト少年がそう言うと、魔法使いは「仕方ありませんな……」と少し得意げに言った。彼は嬉しさを抑え切れない様子だった。
大勢の魔法使い達が周りで作業をする中、その部屋の中心にそれは鎮座していた。大きさは50センチ程もあり、今まで見た事も無い程のサイズの魔石だった。
僕のソレを見た最初の印象は、『恐ろしい程の力を秘めた魔石』だった。僕は何故だかソレに魅入られたかのようにふらふらと近付いていた。
「ッ! 殿下、近付いてはいけません!」
そう言われてすぐに離れたけれど。
そしてそれから少し話をしてすぐその部屋から出たし、それだけで終わったはずだった。が……。
――僕ゲオハルトの『魅了』の能力が目覚めたのは、それからすぐのことだった。
父である国王や大臣達は非常に喜んだ。
「ゲオハルトが我が王家に伝わる能力に目覚めたのは、我が王国を救う為の神の御意志だ! この力を活かし我等は隣国の横暴な要求を退ける事とする!」
国王はそう宣言し、王国は僕の力を使った策を練った。
そして我が王国に要求を跳ね除けられた隣国は怒り、その軍事力をもって我が王国に宣戦布告をした。戦いの火蓋は切られたのだ。
当初周辺国では、軍事力をもって我がカルドラ王国に無茶な要求をし断られた隣国が激昂し、哀れな我がカルドラ王国をあっという間に蹂躙するだろうと予測した。おそらくその寸前にカルトゥールが国民だけは守るだろうと周辺国は思い、カルドラ王国を見捨てたのだ。
――しかし隣国は、僕の『魅了』の力でことごとく要人達をこちらの思うように動かせた我が国の敵ではなかった。
戦局は一気に逆転し、予想を裏切り我が国の大勝利となったのだ。
「ぅはははははっ!! これ程愉快な事があろうか! あの威張り腐った隣国の王族共は今は我が国の牢獄の中よ。散々我等を苦しめたのだ! 奴らも苦しむがいい!」
「……そして、此度の戦争の真の英雄はゲオハルト殿下。我が国の王家に伝わる力がこれ程までに強大だとは! あれ程の人数の敵をこちら側に寝返らせる事が出来るなど、誰が思いましょうや!」
国王と大臣達は上機嫌で勝利を祝い、第3王子ゲオハルトを褒め称えた。……それまでは、ほぼ捨てられた王子であったのに。
「……して、陛下。まさかここで終わられるおつもりですか?」
「うむ。ゲオハルトの『魅了』は過去の王族の中でもあり得ない程の強大な能力じゃ。それが今回の戦いで証明された。加えて隣国の軍事力も手に入れた。
……此度の戦いで、これだけ散々隣国に苦しめられている我が王国に、助けをくれる国はなかった。隣国の矛先が我らに向いている間は自分達の国は大丈夫と笑って見ておったのじゃ!!
……許さんぞ。我等は決して奴らを許してはおかぬ」
――強大な力を手に入れた者は、その代わりに何かを失うのか。
それまで王国の為と力を尽くし必死に国の舵取りをしてきた心優しき国王は、その頃からまるで人が変わったかのように戦いへと突き進んで行った。
ゲオハルトはそんな父を最初は多少不審に思ったものの、暫くして自分の力をこの王国の者は敬い必要としてくれる事、そして何より周囲を自分の意のままに動かすことの出来るこの『魅了』の能力に溺れ、それから約20年も続くことになる世界中の人々を巻き込む戦争へと向かっていったのだった。
「――確かに今思えば、あの『勇者の守り石』が来てから全てが変わったのかもしれない。ゲオハルトの『魅了』が目覚め、それまではまだ穏やかな人柄だった国王や大臣達が狂った様に戦争に向かって進んでいった。
あの頃までは隣国にいいようにされる最弱の国だったけど、皆の目は澄んでいた。それなのにあの魔石が来てからは、皆何かに取り憑かれているかのように戦いに明け暮れたんだ」
オスカーはそう言って遠い目をした。
そして話に聞き入る3人を見て苦笑いをした。
「……あの『魔石』を王立学園にやったのは僕だよ。アレをどうにか利用出来る人間がいないか、あちこちに託しては失敗していたんだ」
「……その話も、先程私たちはしていたのです。
私はあの当時、どうしても普通の魔石として使えそうにないあの禍々しい気を放つ魔石を『封印』しようとしていたのです。けれどそう考えていたら急に『魔物除けの魔石』として使えるようになりました。利用方法を変えたから使えるようになったのかと、あの時は思っていましたけど……」
ローズはマイラであった当時の事を話した。
「そう、だったのか……。それも、あの魔石の不思議な力だったのか。そしてそれで僕達は出会ったのだから、それもまた皮肉な事だよね? そこから僕に執着されてマイラも不幸になってしまったのだから……。もしかしてそれも魔石の呪いなのかな。そして、更にその時僕は兄様、ラインハルト殿に……」
「オスカー。……その話はもうよそう。私にしても不甲斐のない話だ。
……あの『魔石』が意思を持っているのではないかと、そう私達は考えている。勇者の国からあの魔石が渡り歩いて来たと思われる国は、我が国が戦争を仕掛けた国々とほぼ同じなのだ。あの当時、攻め入る国をどういう基準で決めていたのか知っているかい?」
レオンハルトの質問にオスカーは少し考える。
「勿論最初の隣国との戦いはどうしようもなくに始めたのだけれど。……それからは僕達の王国が隣国にいいようにされている事を知りながらなんの助けもしてくれなかった、そんな恨みからそれらの周辺国を選んでいったのだと思う。
初めの頃は国王や大臣達が次の相手国を決めていたんだけど、彼等はまるでそれだけでない深い恨みでもあるかのようだった。そしてその内僕が主導権を握るようになってからも不思議な事に次の相手国は僕らの中では既に決まっていた。それが、魔石のせいだったのかな。
……今思えばそれまで本来我が国と関わりのない国もあったし、何故憎しみを持って次々にあれらの国々に戦いを挑んでいたのか、それが魔石の影響だったのかは分からない。
最後には世界を征服するような大それた恐ろしい事を考えていたしね」
そしてオスカーは「まあ戦争なんてそのくらい頭がおかしくならなければ出来ない事なのかもしれないけれど」と言いながら重いため息を吐いた。
「……そこに魔石が影響したのかは分からないか……。確かに戦争なんてある意味通常の精神状態では出来ない。戦争自体が皆をおかしな方向に流していったのか。それともきっかけは、もしかすると魔石であったのかもしれないか」
レオンハルトはやはり魔石はあの戦争に全く関係がないとは言い切れないと思う。
「そうですね。極限状態ではほんの些細なきっかけが重大な結果を引き起こしてしまったのかもしれません。
過去はもうどうにも出来ませんが、これからこのような事を引き起こさない為にもあの魔石はもう一度きちんと『封印』をして――」
ローズがそう言いかけた時だった。
ザワリ……
「「「!?」」」
恐ろしい程の魔力の塊が、こちらに悪意を向けたのがここにいる全員が感じた。
離宮中が騒がしくなった。……これは、離宮にいる者全部が、この魔力の塊を、悪意を感じ取ったのだ。
「……ッ!? コレは、一体何!? 兄様!」
「……分からない。以前の強き魔物達の時よりも遥かに大きな魔力だ。ローズ、コレはもしかして……」
「……そうですね。伝説級の龍。その気配だと思います。彼等が、こちらに大いなる悪意をもって動き出した。……ということですね」
「えっ! ええっ!? あ、あの……! どうして伝説級の龍がこちらに悪意を持ってるんですか! 彼等は平和主義じゃなかったんでしたっけ!?」
慌てるパウロにローズはなるべく平静を装って答える。
「基本彼等は平和主義ですよ。だけど、その彼等の主義を打ち負かす程の何かがあったという事でしょう……。……!!」
その、大いなる悪意という名の塊が、ゆっくりと動き出した気配がした。
「ッローズ、もしやこれは……! こちらへ、向かおうとしている!?」
「……! 彼等はこのアールスコート王国の王都に向かおうとしているのかもしれません! すぐに王宮に……、いえ、王都ルーアンの門に跳びましょう!! 王都に入る前に止めなければ街が!!」
ローズはレオンハルトとパウロの手を掴み、その澄んだ金の瞳でオスカーを見た。
「オスカー様。またいずれ! では!!」
そうして3人は『転移』し、その場から消えた。残されたのはオスカー1人。
「は…………。やはり、凄いなマイラは……。彼女は転生しても、力はそのままなのだな。……そして、変わらず美しい。
しかし今回も手の届かぬ高嶺の花、なのだな……」
オスカーはそう呟き、3人の消えた跡をじっと眺めたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
カルトゥール家は基本争い事には関わらないので、200年前も事態を静観していました。隣国もある程度それが分かっていたので戦争に踏み切りました。
そして周辺国の予想通り、戦争が始まってからはカルトゥールの当時の当主は国民を守るため力を使いました。




