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92 王国の『勇者』と龍を狩る『勇者』



 王宮の王太子の部屋。


 レオンハルトは国王代行となっても、ここで仕事をしている。勿論慣れた場所という事もあるが、何より王の間に入って自分が慢心するのも周りに期待をされるのも困るからだ。



 ――今その自分の職場に、愛する人ローズがいる。


 レオンハルトは浮き立つ気持ちを抑えつつ、彼女と向かい合った。


「よく来てくれたね、ローズ」


 そう言ってローズを見つめると、彼女はとても美しい礼をした。


「お忙しいのに仕事場にまで押しかけてしまって申し訳ございません。……これ、良ろしければお召し上がりください」


 そう言ってローズが差し出したのは、可愛くラッピングされた包み。……確か、前世でもこんな事が……。

 レオンハルトが懐かしい気持ちでそれを受け取ると、ふわりと少し甘い香り。


「これは……」


 レオンハルトがそれを大切そうに持ったままローズを見る。ローズは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら言った。


「あの。弟がおやつが欲しそうだったので、それで焼いてみただけなのです。……だから、もし良ければ、お召し上がりくだされば……」


 少し顔を赤くしながらそんな言い訳のような事を言うローズに、思わずレオンハルトは微笑んでいた。


「有り難くいただくよ。……美味しそうだ。昔を、思い出すね」


 そっと包みを開けて、一つ口に入れる。サクリと、優しい歯触りと甘み。


「うん。美味しい」


 レオンハルトが笑顔でそう言うと、ローズはほっとしたのか嬉しそうに笑った。


「良かった。……うふふ。実はその中にポーションを混ぜて練り込んであるのです! 勿論効果もそのままですので、食事をしながら身体の不調も治しますわ!」


 目を輝かせそう言ってくるローズ。レオンハルトは少し苦笑しながら、彼女はやはり変わらない、と思う。


「それはいいね。そもそもポーションは不味いものではないけれど、中には嫌がる小さな子供も居るからね」


「うふふ。そうなのです。だけど、薬だと言ってお菓子を食べる事になってはいけないのですけれどね」


 などと話しながら2人は微笑み合う。


「それから、ローズ。貴女のお父上ダルトン子爵にご挨拶に伺う日なのだが……。子爵の指導係のギュンダー伯爵に都合を尋ねた所、勉強日に関しては私の都合に合わせてくれるそうなので、お父上にその他の都合を聞いてもらえるだろうか? 勿論ローズ、貴女の都合も合わせて考えておいて欲しい」


「まあ……。はい、分かりました。

レオンハルト様。……実は、あのパーティーには父もギュンダー伯爵と参加していたようなのです。ですので、父に話すより先にあの現場を見られてしまっていて……。あれから妙に父は私を避けているようで、話をしてくれないのです」


「ッ! あの、パーティーにお父上が? ……それは、お父上には寝耳に水であっただろう。許可も取らずあのような場で求愛をした私に対してお怒りになっておられるかもしれないな……。しかし、それならばなおのこと早めにきちんとお父上にお話をしなければいけないね」


「ありがとうございます……。とりあえず、父を捕まえてなんとか話をしてみますね。

……それと、もう一つ大切なお話が。今日お伺いしたのもこの事をお話ししたくて……」


「ああ、それで学園が終わってすぐにここに寄ってくれたのだね」


 レオンハルトは王国の新たな体制づくりや周辺国との調整などに忙しい。彼は今までのように学園に通えるはずもなく、この王宮でしか会う事が出来ない。

 そんな忙しい最中だとは分かっているのだが、あの夜フェルから聞いた離反した魔物達のことを早急に知らせておくべきと考えたのだ。


 ――勿論、レオンハルトと会いたかったのも本当なのだけれど。


「実は我が家のフェルから話を聞いたのですが、フェルがまとめる魔物達から離反して人間を襲おうとする者達が一部いる、との事なのです。その数はそう多くはなくフェル達が有利ではあるものの、だからこそ追い込まれた彼らは何をするか分からない、との事なのです。そして彼らは、伝説級のドラゴンを仲間にしようと動いてもいるようです」


 ローズはフェルが話してくれた話をレオンハルトに伝えた。

 

「伝説級の……ドラゴン!? もしやそれは、過去勇者が倒したという古代種の龍のような、ということかい?」


 『古代龍を倒した勇者』の話は今まで諸外国の文化を阻止してきたこの王国の時代よりも昔からある、世界的に有名な物語だ。当然この国にも伝わっている。先日リアムが借りてきたのは帝国で出版され挿絵も付いた美しい装飾のもので、この国で伝わるよりももっと詳しい本だ。


「はい。フェルは伝説級のドラゴン達は基本的に平和に暮らす種族であるから彼ら離反した凶暴な魔物達の味方をする事はないだろう、とは言っていましたけれど。……しかしそのような無茶な行動をするくらい、離反した魔物達は何をするか分からない状態のようです」


「ドラゴン、か……。確かに、人の歴史の中で伝説級のドラゴンが出てくるのはあの勇者の話だけしか聞いたことがないし、滅多に人と関わりを持たない種族ではあるのだろうね……」


「そうですね。妖精のお話の方がまだたくさんある気はします。

そしてこれからこの地に住む予定の魔物は元々のこの地に住んでいた者達が殆どであると聞いていますが、何故離反した魔物達は遠き地に住む伝説級のドラゴン達に接触を図ろうとしているのか……。彼らはずっと一族で平和に暮らしていて、今までも人間と関わる事などないはずなのに。

……そもそも人が龍を殺せるなんてことも有り得ないので、あの勇者の話も老衰寸前か既に死んでいた龍の魔石を持って帰ったのだろうとフェルは言っていましたけれどね」



「えっ!? そ、そんな……!!」


 そこでつい声をあげてしまったのは、レオンハルトの側近のパウロだった。


 レオンハルトとローズはまだ婚約者でもない。そんな状況で2人きりで部屋にいる事は貴族としてあってはならない。……という訳で、この部屋にはずっとパウロがレオンハルトの後ろに控えていた。……控えていた、はずなのだが……。


 『古代龍を倒した勇者』の本は世界中の子供達の憧れとして出回っており、当然パウロもその話が大好きであったし、今もどこか憧れの話だった。


 ……なのに。


「勇者には……人間には、ドラゴンを狩ることは本当に不可能なのでございますか!?」


 そう必死な様子で食い付いてきたパウロに、ローズは申し訳なさそうに答えた。


「……そうですね。私も、無理だと思います。そもそも、レベルが違い過ぎます。彼らは大きさも力も知能も、全てが人とは比べ物にならない程に優っているのですから」


 パウロはガクリと分かりやすく落ち込んだ。



「まさか、まさか……。あの古代龍を狩る勇者の話までが眉唾ものだったなんて……! この世の『勇者』の話は全部が作り話だったという事なのか……」



 このアールスコート王国の『勇者』に龍を狩る『勇者』。


 どちらも嘘だったとは、世の中の『勇者』に憧れる人々は大いに夢破れる事だろう。


 余りのパウロの落ち込みように、ローズは気の毒に思って声をかけた。


「……あの。その時の『勇者』が古代龍を倒したという事は間違いなのですが、『勇者』が古代龍の魔石を持って帰った、という事だけは事実なんですよ。

その証拠にその魔石は世界を回り、最終的にこのアールスコート王国の『勇者の守り石』となっているのですから。全てが作り話だったという訳ではないんです」


 ローズはパウロを少しでも慰めようと言ったのだが、それは全く何の慰めにもならない話だった――。



 パウロも力の抜けた声で「そうですか……」としか、答える事が出来なかった。




お読みいただき、ありがとうございます!


誤字報告もありがとうございます。


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