90 リアムも『英雄』が好き
「……ローズ、近いうちに貴女のお父上にご挨拶に伺いたいと伝えて欲しい」
レオンハルトにそう言われ、ローズはどこか夢見心地でダルトン子爵家に帰った。
まるで夢のような時間だった。
まさか、今世ローズとなってもレオンハルト様が本当に私を想ってくださるなんて。……一緒にいたいと、そう思ってくださるなんて。
そして2人で踊ったあのダンスの、なんて楽しかったことだろう。パーティーがあんなに楽しく感じたのは前世を通じて初めてだった。
そんな事を考えながら、ふわふわとした足取りで廊下を歩いていると、弟リアムが声を掛けてきた。
「あ、お姉様お帰りなさい〜! どうだった? パーティーは! 2人共ずるいよ〜。僕も行きたかったなぁ」
そう言って少し拗ねたような態度をとるリアムを見て、ローズはやっと少し現実に返った気分だった。
「王宮でのパーティーはほとんど成人した貴族が行くものだから。リアムもあと3年もしたらパーティーに……2人共?」
2人共ズルイとは? ローズはハッと気付く。
「リアム。……お父様は?」
「だから、お父様も姉様が行ったパーティーに行ったんだよ。ギュンダー伯爵に急にお声掛けいただいて、パーティー慣れする為にだって」
「あのパーティーに、お父様が……」
あのパーティーに参加して、今日の自分達のアレコレに気付かない、なんて事があるはずがない。……なにやらおかしな汗が流れた気がした。
そしてローズは頭を抱える。
勿論、知られたから困っているのではない。あのシーンを見られたのは恥ずかしくはあるが、それよりも自分の口からきちんと話す前に知られてしまった事が問題なのだ。
「姉様? どうしたの。今日のパーティーで何かあったの?」
リアムが心配そうに聞いてきた時――。
「ローズは今日のパーティーで、レオンハルト殿下に愛を告白されたのだ」
「「!」」
急に聞こえてきたその声に、ローズとリアムは驚く。おそらく驚いた内容はそれぞれ全く違うのだが。
玄関には父ダルトン子爵が立っていた。……少し、酔っているようにも見える。
「え? どういう事? レオンハルト殿下って……、第一王子、だよね? そりゃ最近なにかと一緒に行動する事は多かったんだろうけど……。それって、まさか『聖女』の力目当てじゃないの?」
「お、お父様? え、と……。リアム、ちょっと待って。レオンハルト殿下はそんな方ではないから。
それからお父様、どこまで見られていたのか知りませんが、私はお父様にはきちんとお話をするつもりで……」
リアムとローズは混乱していたが、父ダルトン子爵はなにやら落ち着いていた。
「リアム。殿下は今までの王家の後始末をしながらも王位を望まれぬ程の清廉な方だ。よもやローズの力を狙っての事ではないとは私も思う。
そしてローズ。今日のパーティーでの出来事は私はほぼ全て見ているので、殿下とお前が勝手にあのような事態を引き起こしたのだとは思ってはいない」
思いがけず冷静な父に、ローズは少し驚きつつじっと見つめた。
「お父様……」
「……しかし、あのように大勢の貴族達の前で愛を告白し合うという事は、周りはもうこの話は決定事項だと思うことだろう。
お前たちはその辺りをどのように考えているのだい?」
静かにそう問いかける父に、ローズも深呼吸をしその問いに答えた。
「……あれから、レオンハルト殿下とそのお話をいたしました。殿下は近いうちにお父様とお話がしたい、と。今の王家には国王や王妃はいらっしゃいませんので、殿下自らでお話を進めたい、その際は証人としてシュナイダー宰相閣下をたてるとも仰っておられました」
「……そうか……」
ダルトン子爵はそのまま黙り込んだ。そして「今日は人酔いしたし疲れた。もう寝るよ」と自分の部屋に行ってしまった。……明らかに、元気がない。
ローズとリアムは目を見合わす。
「……ねえ、姉様。パーティーで愛を告白し合うって、いったいなんでそんな事になったのさ。しかも、みんなの前で見られながらだったの?」
「う……。勿論、そんなつもりは2人共なかったわよ? そしてきっかけを作ったバートン公爵もご好意からの行動だったとは思うんだけれど……」
ローズは仕方なく、リアムにレオンハルトと前世からの知り合いだった事から愛の告白に至ってしまうまでの、ほぼ全ての話をする事になったのだった……。
「……は――。そっかぁ、そりゃ姉様も前世があるんだから、そう考えればみんな前世があって当然なのかもねぇ。思い出すかどうかってだけで。
……それで、第一王子が帝国の『金獅子』ラインハルトなの!?」
リアムが『金獅子』に食い付いた。男の子ってああいう『英雄』って好きよねぇ。
2人は居間で話をしていた。ローズが帰るまでリアムはこの部屋にいたのか、机には数冊の本が置いてあった。
「そうなの。……ん? リアム、どうしてリンタール帝国の英雄の話を知ってるの? アールスコート王国は基本他国の書物や文化を輸入することを禁止してるし、そもそも諸外国との交流も無いからそんな話はこの国では知られていないはずよね?」
ローズが疑問に感じて聞いた。この国では諸外国の情報などほほ知ることはできないのだ。
「あの魔物騒ぎの後からは結構あちこちに外国の物が入ってきてるんだよ。暗黙の了解の禁止令はなくなりつつあるんじゃないかな? ていうか街中でもそうなんだけど今学園の図書館にはリンタール帝国の書物がいっぱい入ってるんだよ。珍しい本がいっぱいで大人気なんだ。それで僕も借りて読んでるんだ。ほら」
そう言って机に置いてあった何冊かの読みかけの本を見せられる。
『金獅子ラインハルトの軌跡』
……ラインハルト様の。ドキリとして少し顔が赤くなる。
そして本の裏を向けると、『バートン公爵家寄贈』と印が押してあった。
あ、やっぱりフェリシアのお父様からなのね。早速こういう文化から入るところが流石よねぇ。
「なるほど……。やはり書物や文化って、すごい影響力があるのねぇ」
ローズが関心していると、リアムはずいっと乗り出してきた。
「で。姉様はレオンハルト殿下と……、将来は結婚するつもりなの? せっかく冤罪が証明されて公爵家に復活出来るのに『カルトゥール』を出るつもりなの?」
「リアム。……以前も話をしたけれど、私は元々この家の跡継ぎではないからこの家を出るわ。この国の貴族は家に男子が居ればそちらが跡を継ぐのは普通の事でしょう? できれば、私はダルトン子爵を名乗りたいとは思っているのだけれど」
ローズがそう話すと、リアムは驚いた。
「!? どうして? そりゃ『カルトゥール公爵』と正式になる時は『元ダルトン子爵』と明かしていいとは思うけれど、今更じゃない?」
それを聞き、ローズはリアムに少し硬い咎めるような視線を送った。
「リアム。……今、私達がこうしていられるのは、全てあの200年前に当時のダルトン子爵夫妻がマイラの弟を匿い守り、この家の跡継ぎとしてくれたからよ。いくらマイラが彼らを助けた事があったとはいえ、あの当時の王国の情勢からその約束を守る事は決して容易な事ではなかったはずだわ。……私は彼らにあの時、このダルトン子爵家の繁栄を誓ったの。あの時の恩をお返しする為にも、私はこのダルトン子爵家を守っていくわ」
リアムはローズの固い決意に、そして当時のダルトン子爵夫妻の恩に改めて気付いた。
「そうだね。ごめんなさい……。僕は何も分かってなかったんだね。この家は僕らをずっと守ってくれた。大切にしていかなければいけない家なんだね。
……だけど、それならレオンハルト殿下とはどうなるの?」
「それは……」
ローズが何かを言いかけた時。
『ローズ! リアム! ……話を聞いてもらっても、良いかの?』
子犬姿のフェンリル、フェルが入って来た。
2人はどうしたのかと振り向く。
ローズはフェルを抱き上げ膝に乗せる。フェルはそのふわふわの身体を擦り寄せてきた。
「フェル。……どうしたの?」
『む……。実はの、今我ら魔物内は少し揉めておって、2つに割れておるのじゃ。人間と距離をとりつつ友好的に暮らそうとする我らと、そうでない奴らとな。魔物にも考えの違う者達は勿論いるのじゃ。それ自体は仕方のない事と思っておったのじゃが……』
「……魔物達も一枚岩ではなかった、という事ね」
困った様子でローズに頷くフェル。
『……そうなのじゃ。まあ魔物と一括りにいっても色んな種族がおるでの。今は我ら平和に暮らしたい者の方が圧倒的に有利で、奴らの事はこれからの我らの課題であったのじゃが……。問題は、奴らがどうやら『ドラゴン』達に接触を図ろうとしているらしい、ということじゃ』
「ドラゴン達に……」
ローズは考え込んだ。おそらく、フェルが言う『ドラゴン』は、以前この国に押し寄せて来た中にいた、小型のドラゴンの話ではないのだろう。
お読みいただきありがとうございます!
リアムは『英雄もの』の話が大好きな男の子です。
特に最近入ってきた沢山の外国の書物に夢中になっていました。将来の公爵となるべく大変な勉強が始まっているのですが、その息抜き?で読んでいました。
レオンハルトが前世の『金獅子』と聞いて、なんだか嬉しくなったリアムです。




