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89 フランツは見た!



 『今日は、初めての王宮でのパーティー』


 ……なんて言葉を聞けば、若い可憐な令嬢が胸をときめかせる話かと思うだろうが……。


 フランツ ダルトン。もうすぐ37歳。2人の子供のいる男性の話である。

 




 フランツはダルトン子爵家の嫡男として生まれた。

 幼い頃はまだ貴族らしい生活をしていたが、祖父や父の代くらいから我が子爵家は貴族としてぎりぎりの生活になっていた。

 年々減っていく使用人。二束三文で売られていく我が子爵家の宝物。

 何より6年前の大飢饉で領地をも手放さなければならなかったのは痛かった。


 ……ダルトン子爵家には直系のみが入ることの出来る『封印の間』が存在した。その部屋は使用人や妻も入ることができなかった。実はこれはかの『稀代の魔女マイラ』が施したという『封印』だったのだ。

 我が家は本当は今や伝説となった世界一の魔法使い『カルトゥール』家の直系、と言い伝えられていた。

 我が王国に伝わる『伝説の悪女』と呼ばれた稀代の魔女マイラ。その弟の一族なのだそうだ。……勿論、これは我が家の直系で跡取りだけの秘密なのだ。

 

 我が家の代々の主はなんとかこの封印を解こうと、直系にしか入ることのできないその部屋に入り何度となく色々試したが全く反応がなかったそうだ。

 この封印を解き力を取り戻す事でしか、没落しつつあった子爵家の起死回生を図れないと思った当主達は様々な方法を試してきた。しかしこの家を継ぐ直系しかこの部屋にいれなかったのがいけなかった。……後から聞けば封印を解く為には直系の人間が3人必要だったのだ。


 ……要するに、家を継がない直系も一緒に封印の間に3人入れば封印は解けていたはずだった。

 そんな訳で、我が娘ローズがその封印を解くまでは、我がダルトン子爵家は不遇の時代を過ごしていた。





「――どうです? この雰囲気に慣れてらっしゃいましたか?」


 考え事をしていた私にそう話しかけたのは、この国の宰相であるシュナイダー侯爵の従兄弟にあたるギュンダー伯爵。お子様達も成人された壮年の落ち着いた紳士だ。……実は我がダルトン子爵家はこの度『カルトゥール公爵』として復興する運びとなったのだ。


 しかし今まで平民に近い生活を送っていた私達が貴族の最高位である『公爵』となるには、相当な勉強が必要とされた。その為暫くの間はこうして密かに貴族教育を受けることとなった。


 そして今日はその教育の一貫で、この王宮でのパーティーに参加している。このギュンダー伯爵にサポートしてもらい、まずはパーティーの雰囲気に慣れ、過ごす練習をしてみよう、という事だ。


 今日のパーティーは諸外国の使者をもてなす為のもの。今までどこの国とも国交のなかったアールスコート王国の貴族達は、当然諸外国の使者の顔も名前も情報も大して知らない。だから私のような見知らぬ者が名乗らず潜入するにはもってこいのパーティーだった。



「そうですね。大変緊張しておりましたが、やっと周りを見渡せる余裕が出てきた位ですよ」


 私が苦笑しそう答えると、伯爵は「その余裕が大事なのですよ」と人の良い笑顔を見せてくれた。……うむ、良い方だ。


「……そろそろ、このパーティーの主催者であるレオンハルト殿下と『聖女』様がお見えになるようですね」


 ギュンダー伯爵は視線を前に向けながら言った。私も同じように前方を見る。勿論、伯爵は『聖女』が私の娘だと知っている。



 そして侍従の案内の後、レオンハルト殿下と『聖女』……我が娘ローズが入場してきた。ローズは『聖女』として活動する時は本来の姿、プラチナブロンドと金の瞳になって人前に出ている。


 今の私もそうだが、普段学園に通う時は封印を解く前の姿、栗色の髪に榛色の瞳で過ごしている。……『カルトゥール』を名乗るまでの修行期間はこのままの姿でいる予定だ。

 『カルトゥール公爵』として正式に叙爵されるその時から、我らは本来の姿に戻ろうと子供達と決めたのだ。

 そう思うと今までのこの姿も名残惜しい気持ちもあるが……。



 そして私は改めて前で殿下と共にいるローズを見る。

 本来の姿で現れた『聖女』ローズは、親の欲目もあるかもしれないが輝くように美しかった。

 


 ……ああ、なんだか涙が出そうだ。

 ローズが生まれたあの日から今までの事が走馬灯のように流れる。

 なんだかもう娘を嫁にでも出すような、そんな気分だ。


 …………? いや、ちょっと待て。


 何故こんな、『花嫁の父』のような気分になるのだ?

 ……そうか、これはローズの隣にいるあの王子のせいではないか?

 何故あの王子はあんなにローズと密着しているのだ!


「ギュンダー殿。……殿下と『聖女』は、その……少しくっつき過ぎではないですか?」


 私がパーティー慣れしていないからそう思うのか? と私の師でもあるギュンダー伯爵に尋ねる。伯爵は少し困った顔をして答えた。


「……まぁ、エスコートというのはある程度密着するものですからね」


 そう言われはしたが、周囲のカップルを見ても入場する時こそ男性の腕に手をかけある程度密着していたが、広間に入ってしまえば半数以上のカップルの距離は離れている。それにあんなに密着しているのは若いカップルくらいなのでは?


「いやでも……。いつまでもあのように密着している必要はないのでは」


 再び問うと、伯爵は更に困ったように言った。


「……おそらく、『聖女』様は初めてのパーティーでらっしゃるので、その不慣れさをカバーされる為に敢えて離れずにいらっしゃると、……そう推察いたします」


 なんとなく、筋が通っているような無理やりこじつけのような……。

 とりあえず、これ以上罪のない伯爵を困らせない為に私は黙った。……が、私の視線はあの2人に釘付けだった。

 


 そしてレオンハルト殿下が『国王代行』としての挨拶をされ、和やかにパーティー本番が始まった。

 皆が次々と殿下達のところに挨拶に行く。


 ギュンダー伯爵は私が落ち着いていそうだと確かめてから、「私たちも挨拶に向かいましょう」とその長い列に加わった。


 前方には各国の使者の方々から挨拶をされているらしく、とても立派そうな方が殿下とローズと話をしている。あの立派な方はよく響き通る声で、こちらにまで何を話しているかが聞こえてきた。

 私は自分の挨拶の参考にと耳をすませていた。


「……それにしても、先程から拝見させていただいておりましたが、お2人は大変仲がよろしいようですな! まるで、恋人同士のようですぞ!」


 な! なんだ……と……!!


 私はその言葉に驚き、前方の2人を見た。


 そしてまたしても、その使者は嬉しそうに彼ら2人に言った。


「ほら、今も。お2人で見つめ合われて……。国王代理のレオンハルト殿と『聖女』ローズ様。私はお2人はとてもお似合いだと思いますぞ? いっそのこと、このまま婚約されてはいかがですかな?」


 ……何が、いかがですかな、だ! 

 何を言っているんだ、あの使者は!!

 ダメに決まっているだろう! 


 私の顔が怒りに染まっている事に気付いたギュンダー伯爵が、「落ち着いたください。ただの社交辞令ですよ」と宥めるように言ってきたが……。


 周囲の貴族達も、あの使者の発言に大いに戸惑っているようだ。一気に会場が騒つく。

 

 前を見るとローズは顔を赤く染め、困った様子だった。……そうだろう! 全く、あの使者は何を言い出すのだ!



 すると、レオンハルト王子は使者にこう言った。


「私も彼女はとても魅力的な素敵な女性で、このまま一緒にいられればこれほど幸せな事はないと思っております。……ですが、実は今私は聖女に愛を告げている真っ最中なのです。ですから、もう少し私達を温かく見守っていただけたら幸いです」


 ……な!! 親の私を無視して、何を勝手に我が娘に求愛など! これだから、王族はイヤなのだ! ローズ、こんな王国なんかの思い通りにならないと、そうハッキリ言ってやるがいい!!



 ――私はそう思ったのだが――。


 2人は何も言わず暫く見つめ合ってしまった。


 ……そんな2人を、周囲の人々は言葉を発することも出来ずただ見守っていた。


 ……ローズ、まさか、まさかお前は……。



 私は先程迄の怒りは消え、ただローズ達を見ていた。


 ……2人は……、想い合っている、のか……。



 そうしてローズはポツリと言った。


「私……。レオンハルト様の、お側にいても良いのですか? 私は、何も持たないただの娘なのに……」


 

 イヤ、そんな事はない! ローズは魔法だけでなく私の自慢の娘なのだから! 


 私がそう心の中で叫んでいると、レオンハルト王子がローズに答えた。


「……私は色んな貴女が好きなのだ。何かを持っていようがいまいが、何度生まれ変わろうが、私はやっぱり貴女に惹かれてしまう。私は、貴女のその魂に惹かれてしまうのだ。私こそずっと、側にいさせて欲しい。……ローズ、貴女を愛している」


 !!


 私が王子の発言に言葉を失っていると、なんと! ローズがレオンハルト王子に抱きしめられてしまった!


 娘になんてことを! 親も許しも得ないで、しかもこんな人前で!!



「……私も……、私も、愛しています」


 ッ! ローズ……!


 私は先程までの怒りは何処へやら、急に力が抜けてしまった。


 親である私が打ちのめされているというのに、周囲は祝福ムードだ。私はしばし茫然としていた。



 盛り上がりがひと段落過ぎた時、あの使者がまた何か言い出した。


「さぁ。そろそろダンスの時間ですかな。我がリンタール帝国では婚約者であれば2曲続けて踊る事を許されます。……皆様! 今宵想いが通じ合えた2人に、特別に2曲続けて踊る事を許可してくださるかな? 良ろしければ拍手を!」


 会場内に盛大に拍手喝采が響き渡った。



 ローズを見ると、レオンハルト殿下と肩を並べて恥ずかしそうにそれでいて嬉しそうに微笑んでいた。

 ……それを見た私は、周りと同じように彼女たちに拍手を贈った。



「……あちらの方へ行きましょう。ダンスホールがよく見えますよ」


 ギュンダー伯爵の気遣いで、よく見える場所から私は2人が踊るところを眺めた。


 ローズは貴族のダンスなど踊れないはずだが……。そう心配して見ていたが、……それも前世の記憶のお陰なのか、とても上手く踊れていた。

 2人は、それは楽しそうに踊っていた。



「貴族であったなら、もう婚約者がいてもおかしくはない年頃でしょう。しかもお2人はお互い想い合っておられるようですし、レオンハルト殿下はとてもご立派なお方。喜ばしいことかと私などは思いますが……」


 ギュンダー伯爵がこちらを気遣いつつそう言ってきた。


「…………そうですな……」


 

 私は急に遠い存在となってしまったような娘を眺めて、そう答えることしかできなかった。






 

お読みいただきありがとうございます!


ローズとレオンハルトが想いを通い合わせたパーティーに、密かに父ダルトン子爵が参加していました。


後からそのことを知り、ローズはとても恥ずかしがりました……。

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