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1 ローズの日常

ゆるっと魔法の世界です。



「――そこで、『合法的に国が手を出せない方法』なのよ。

…それはローズ、貴女が『聖女』となること」


 『聖女』……?


 シェリーのその言葉に、ローズは驚き目を瞬かせた。



 ――これはローズが魔女マイラだと覚醒した3ヶ月後のこと――


~~~~~



 ――その昔、世界を滅ぼすほどの力を持った魔女がいた。金の髪と金の瞳を持った彼女は稀代の魔女であり、伝説の悪女とも呼ばれた。


 世界中の人々が恐れ恐怖したというその巨大な力は、幾つかの国を滅ぼしたという。


 彼女はその戦争で散々世界を翻弄したが、のちに神の『天啓』を受けた勇者によって倒された。勇者はその後、新たな王国を打ち立てた――



~~~~~



「…ねえ、リアム。お父様がどこに行ったか知らない?」


 屋敷の玄関の拭き掃除をしながら、ローズはほうきを持った弟に訊ねた。


「お父様なら、昼間に商会のおじさんと居るのを見たよ。…あれはきっとまた、飲んでくるね」


「………またなの。お父様ったら………」 


 栗色の髪の14歳と11歳の姉弟。手入れの行き届かない3人暮らしには大きすぎる屋敷で、2人は何かを諦めたようにため息を吐いた。




 ――この王国で『魔女の戦争』と呼ばれた戦いから約200年後。勇者が初代国王となったアールスコート王国。大陸のほぼ中央に位置するその国の、王都ルーアン。


「こんにちは! いつものパンを3つください」


 王都ルーアンの西側の小さな商店街。肩より少し長めの緩やかな栗色の髪、優しげな榛色の瞳。買い物籠を持った少女が一軒のパン屋にやってきて声を掛けた。


「いらっしゃい、ローズ。…コレはオマケだよ。リアムと2人でおやつにでもお食べ」


 この辺りで1番美味しいと評判のパン屋コロネのおかみのカーラは、いつもこんな風にローズに目をかけてくれている。


「カーラさん。弟が喜びます。…私も。いつもありがとうございます」


 はにかみながらそう答えるローズを、カーラは微笑ましく見つめる。

 そうして去っていくローズを見て、別の買い物客がカーラに声を掛けた。


「あの娘は、…例のあの屋敷の子かい?」


「…そうだよ。3年前母親を亡くしてから父親と弟の3人暮らしで、ほぼ1人で家の切り盛りをしてるんだ。元貴族だっていうのにねぇ。全然偉ぶった所もないし頑張り屋ないい子だよ」


「元貴族か……。だから姿勢もいいしどこか垢抜けた感じに見えたのかねぇ。でもほらあれだろ? 8年前の大飢饉で領地を手放してなんとかこの王都の屋敷だけ残したって話だろ? 普通物価も安くて生活のしやすい領地の土地や屋敷を残すもんじゃないかと思うがね」


「まあそこらは、貴族の考えはうちらには分からないさ。王都の屋敷がステータス、唯一の貴族としての心のよすがなのかもしれないね」


「何にしても、元貴族であんな年頃の子が苦労してるのは可哀想だねぇ……」


「だから、うちらが少しでも出来ることをしてやりたいと思うのさ。…あの子の手を見たかい? 酷く荒れて、とてもじゃないけど貴族の娘の手じゃないよ。私も最初は偏見を持ってたけど、あの子に関しては他の貴族と違う。…良い子なんだよ」


 そうして、2人はあの少女が歩いて行った屋敷のある方を哀れむように見たのだった。



 

 王都ルーアンの中心から少し西に外れた街に、一昔前はそこそこ立派な貴族の邸宅だったらしいダルトン子爵邸があった。


 その夜酷く酔って帰った父ダルトン子爵に、ローズは少し呆れたように言った。


「――お父様。また、飲んでこられたのですね」


「…そう言うな。仕事で断れなかったのだ……」


 ダルトン子爵はその少し癖のある栗色の髪を乱し、覚束ない足元で古いが手入れのされた玄関から入ってきた。その榛色の瞳は酔っている為かそれともこの辛い現実から目を背ける為か、目の前のものは写していないかのように思えた。


「お仕事は、上手くいきそうなのですか……?」


 ダルトン子爵家は、先先代が投資に失敗してから徐々に家が傾き出したそうだ。そしてそれなりに豊かだった小さな領地に飢饉が起こった8年前にそれに拍車がかかった。先先代の孫である父が若い頃はまだ貴族らしい暮らしをしていたらしいが……。今は屋敷の手入れも碌にいき届かず、自分達の生活のスペースを守ることだけで精一杯だ。


「…先方の感触はそれ程良くなかった。…ローズ、お前には苦労をかける」


 その言葉に実はかなりガックリと力を落としながらも、精一杯頑張っているのであろうそれ程器用ではない父に、ローズはそうは見えないように必死に微笑みを浮かべた。


「…そうでしたか。今日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みください、お父様」


 肩を落としゆっくりと壁伝いに歩いて行く父の背中を見ながら、ローズは気付かれないように小さくため息を吐く。父譲りの緩やかな栗色の髪に榛色の瞳。そして母譲りの美しさも持っていたが……。ローズは14歳という年齢でありながら、この家の家事を何もかもを取り仕切っており、服も新しいものなど買えず古着で……疲れた姿だった。


 傾きかけていた子爵家に起こった8年前の飢饉。そして3年前に亡くなった母。それからは父と3つ年下の弟と3人で力を合わせて暮らしてきた。


 8年前の飢饉の時に断腸の思いで領地を手放したそうだが、手元にお金は殆ど残らなかった。今のところは借金などはないものの屋敷の維持などにも資金は必要だ。屋敷にはもう何年も前から使用人も居ないが、家族の日々の生活にもお金はかかる。…そして、子爵家嫡男である弟ももう来年には学園に通う年齢である12歳になる。自分は学園には通えなかったが、せめて弟だけは……。


 今の我が家は昔からの財産、絵画や物などを売ってなんとか暮らしていた。けれど、もう目ぼしいものは殆ど残っていない。


 ――そう。あの部屋のもの以外は――。


 ローズは次の日に父が出掛けるのを待って、祖父が生きていた頃に連れて行かれた今は開かずの間と成り果てた部屋に向かう。そこにはまだ売られていない物がある筈だった。

 …幼いあの日のことを、ローズは思い出していた。





「ローズ、見るがいい。この神々しいお方を」


 そこには真っ赤なドレスを着てこちらに悠然と微笑む、プラチナブロンドの髪に金の瞳の美しい女性が実物大で描かれた大きな肖像画。

 ここはこの屋敷の主人のみが入れる部屋だった。その日飲んで機嫌の良かった祖父に連れられて、ローズは初めてその部屋に入った。


「…この方は、かつてこの国1番と言われた力を持った魔女。…そして、この国では『伝説の悪女』ともいわれている」


 外では稲光が走り、祖父の言葉と相まってとても怖く感じた。


「伝説の……あくじょ? おじい様、あくじょってなんですか?」


 ローズは当時5歳。聞いた事のない言葉だった。


「…一時は国々を滅ぼす寸前にまで追い込んだ、それは恐ろしい魔女だったと……この国ではそう言われているのだ」


 震えるような祖父の言葉。外で光る稲光。…続いてすぐ近くに雷が落ちたのか大きな音が響く。


「!!」

「ッきゃあッ!」


 あの日まだ幼かったローズは祖父に抱きつき、気を失ってしまったのだった。

 


お読みいただき、ありがとうございます。


ゆるい設定ですが、楽しんでいただけるよう頑張ります!


明日以降は週3て更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 伝説の魔女は黄金の髪(ゴールデンブロンド)と書かれてました。プラチナブロンドなら「白金の髪」と書いた方が良いんじゃないですか?
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