バーチャルASMRバトル④
いいだけASMRしていいだけ暴れていいだけ泣いて、喉も乾くし腹も減るだろう。
戦闘で散らかった室内はフィリスが魔法で片付けてくれて、あとはもう呑んで食うだけだ。
「かんぱーい!」
かしゅっ。
ぐいーっ。
「んはー!」
缶だーん。
「けっきょく金麦ですよね! うますぎます!」
かぴかぴの喉と空っぽの胃にぶち込むしゅわしゅわアルコール、なんでこんなに年がら年中最高なんだろうな。
俺は運転あるから呑めないけどね。
人がうまそうに呑んでるところを見るだけで、けっこう気持ちが満たされるもんだ。
「んでこれ! 駿河湾のアジ! 干物!」
詩怨は干物の表面の一番うまいところをべりべりはがしてもぐもぐした。
「くにくにでしょっぱくてうますぎる! 金麦! 手品みたいに両方消える!」
「よく考えたら冷凍の干物持って来るのおかしいっすよね」
結果として今うまいからいいんだけど、なんで俺はこんなもん手土産に選んだんだろうな。
こっこでよかったじゃん、静岡銘菓こっこで。
「盟約の影響ね」
干物の身をお箸で持ち上げながら、ミル姉さんはフィリスにきつめの視線を飛ばした。
「本来、盟約は両者の合意があって成立するものよ。それが互いのバフになるの。だまし討ち同然の盟約は、昔から性根の悪い魔女に利用されてきたわ」
「デバフであほになってたんすか?」
「正確に言えば、わたしが喜ぶ振る舞いをするよう仕向けたのよ。だから干物を選んだのはあなた」
「え、それはそれできついな。郷土愛を引き出されちゃってるじゃん」
フィリスがまったく悪びれてないのも、俺の中に沼津の干物は一番だし絶対喜んでもらえるって意識があったのもショックだわ。
「おいしいよ」
アジの身をくみくみしていたveilがぼそっと呟いて、笑顔に見えなくもない表情をして、俺はなんかものすごくいい気分になった。
あるなー郷土愛。
中年にもなると地元に対して突っ張りきれないね。
「じゃあもう開き直っちゃうか。ちょっと待っててください」
俺は保冷バッグから、真空パックした魚の切り身を取り出した。
静浦で釣って来たタチウオだ。
これも絶対に喜んでもらえるって確信があったのかと思うと、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「塩焼きとムニエルと刺身やっちゃいますね」
タチウオなんてのは、こんなにさばきやすい魚もない。
背びれのとこにV字の切れ込みを入れて引きちぎれば下処理は終わり。
あとは塩焼きでもムニエルでも好きにやったらいい。
刺身は焼き霜にするか。
ぎゃーっと三枚おろししたら皮目をバーナーで炙り、かっこよく切って皿に並べる。
わさび醤油か塩レモンでいただこう。
「んでここに喜平ね」
静岡が誇る平喜酒造より、県産米の誉富士を使った特別純米だ。
タチウオの脂とこいつを戦わせていく。
「おっほっほっほっほ!」
焼き霜を食った詩怨が奇声を上げた。
「ぷりっぷりしゃっきしゃき! やっばい脂これ! 口の中が秒でもうてろてろ!」
「そこに?」
俺は酒なみなみのグラスを詩怨に渡した。
「そこに特別純米! んお゛お゛お゛お゛」
自律感覚絶頂反応してない?
「ほら! べるちもはやくはやく!」
「べるち?」
「わーもうなんで引っかかるかな! すっと受け入れてくださいよ恥ずかしくなっちゃうから!」
「べるち……」
veilはあだ名の響きを口の中でじっくり転がして、
「ふふ」
氷が溶けるみたいに笑った。
「いただきます」
タチウオをついばむ。
「ほらほらべるち! そこに?」
「そこに……特別純米」
「するとぉ?」
「……ふわぁ」
ふぬけたなー。
「はい、塩焼きどうぞ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ふわ、ふわ、しょっぱ……おいし」
もとが同じ存在とは思えないほどリアクションに差異がある。
「ムニエルもね、レモンむぎゅっと絞って食ってね」
「お゛ほおおおおおおお!」
「てろ、てろ、すっぱ……」
与えたら与えただけ食べて呑んでリアクションする冥王二人を、ミル姉さんとフィリスはややぽかんと眺めていた。
「宗旨替えもするわけね、勇者様」
ややもして、フィリスが言った。
皮肉にも賞賛にも取れる口調だな。
「そういやお二人、殺しあったんすよね」
俺は二人のグラスに酒を注ぎながら訊ねた。
「あら、殺そうとしてきた相手にどうもありがとう。でもすこし違うわ。ああいうのは虐殺というのよ」
「昔の話よ」
ミル姉さんが余裕の表情でついと酒をやり、フィリスは目じりをぴくぴくさせた。
「わたしは、ヴェルガシオンを殺すことでしか救えないと思った。一統は、暴れるがままにさせることが救いだと思っていた。なんていうか……まあ、解釈違いね」
「同担拒否で四肢を引き裂かれたのよ。たまったものじゃないわ」
「一統が殺した数を思い出してちょうだい。当然の報いだと思わない?」
フィリスはため息をついて酒を呑み、目を丸くした。
「おいしっ」
してやったりだ。
「どうぞどうぞ、タチウオも」
気まずそうに箸を伸ばして塩焼きの身をほぐし、口に運んで、フィリスは目を閉じた。
しみじみ噛みしめて、ゆっくりお酒をやって、肩から力を抜いた。
「臣下さん! べるちのゲーミングPC見せてもらいます!」
詩怨がばかでかい声で宣言した。
「あれやりたい! あれ、あの、あのー……なんか、国の、戦争とかする……CivilizationVI!」
ゲームチョイスが徹夜コースなんだけど。
ウサギ人間が飛び跳ねてトゲに刺さって死ぬやつぐらいにしとかない?
なんだっけあれ、スーパーバニーマンだっけ?
「気を付けなー」
「任されて! いこいこ!」
詩怨はveilの背中をぐいぐい押してスタジオに向かった。
「やめろ。押すな」
悪態を尽きつつ、veilも抵抗しようとはしない。
打ち出せてるじゃん、お姉さん感。
二人の背中を見送ってから、ミル姉さんは、含み笑いでフィリスを見た。
フィリスは苦笑して両手をあげてから、椅子の背もたれに深く体重を預けた。
「あの子が――ヴェルガシオン様が帰ってきたとき、わたしは聞いたの。何がしたいかって」
誰に対してでもない、ふわふわ宙に浮かぶ語りだった。
「Vtuberだって言われて、はあ? とは思ったわよね、まあ。バーチャル冥界王の件だって、納得していたわけじゃないし」
銀髪をかきあげて、フィリスは酒をなめた。
「それで……ふふっ」
なにやら思い出し笑いしたフィリスは、中空に虚無を生み出して腕を突っ込み、タブレットを取り出した。
スワイプしてタップして、動画を再生する。
「人類ども。veilだよ。今日から活動するよ」
どうやら、veilの初配信だった。
配信タグや推しマークを決めたり、自分について喋ったり、初配信お決まりの流れだった。
そこそこできのいいモデルのすぐ脇にはでっかいコメント欄があって、メッセージ皆無のまっしろけだった。
個人勢の初配信なんてこんなもんなんだろうけど、それにしても虚無だ。
「SNSより先に初配信しちゃったのよ。戦略上の失敗ね。でもヴェルガシオン様が、すこしでも早く配信したいって聞かなかったの」
「それも御心のままに?」
「皮肉の切れ味だけはあの頃と同じね、勇者様」
TwitterやらTikTokやらで少しでも認知されてからやるもんだよね、初配信。
veilは十五分ぐらい一人で喋りつづけ、声にもだんだん張りがなくなってきた。
なんでこんなに反応がないのか、困惑しているみたいだった。
いよいよveilが沈黙したとき、ぽつんと、コメント欄に文字が現れた。
初見です声良いですねASMRやってほしいです
けっこうどこにでも湧くし、誰にでも言ってるんだろうなってコメントだった。
打ち込んでる本人に自覚があるかどうかは知らないけど、場合によっては荒らしだと判断されてもまあやむなしの一言だった。
そのとき、ずっと半目だったveilのモデルの表情が、ぱあっと明るくなった。
「うん。やるよ。ヴェルはASMRのことを知らないけど、絶対にやる。勉強する」
フィリスは瞑目して首を横に振り、タブレットをスリープにした。
「このリスナーは二度と戻って来なかったわ。コメントしたことすら忘れているんでしょうね。でもヴェルガシオン様は、それからずっとASMRをやっているの」
ばかみたいよね。の身振りで、フィリスは話をしめくくった。
「それであなたはというと、このスタジオを用意したわけね。会社まで設立して」
「はいはい、そうね。御心のままにね」
ミル姉さんは意地悪な笑みを浮かべた。
「なによ、フィリス・ウィンター。あなたも宗旨替えしていたんじゃないの」
フィリスは呆気に取られてしばらく言葉を失った。
たっぷり絶句してから深くため息をつき、天を仰いだ。
「恨みつらみって、他人に託し続けるのは難しいみたいね」
この、俺をぶっ殺そうとしたろくでなしの魔女にだって、なんらかのしんどい過去があったんだろう。
それでいろんなことが免罪されるわけじゃないけど、俺だってリンヴァース史上最悪の大量虐殺犯と仲良く暮らしてるわけだし、言えることは一つもない。
スタジオの扉が開いて、詩怨とveilが戻ってきた。
「あ、あのー……臣下さん」
なんかもじもじしてるな。
「今日、その、う、あ、そうそうそうそう、コラボの打ち合わせがあって、あとコラボも、そう、だからそのコラボで明日が、それで、えと……べるちのとこ、お泊り、してもいいですか?」
だからさあ。
中年の寄る辺ない父性をいちいち刺激するんじゃないよ君は。
「そりゃあれだね、お泊りセット用意しないとだね」
詩怨の顔が信じられないぐらいきらきらした。
頼むから俺の父性をこれ以上満たさないでくれ。
「歯ブラシも着替えも、ヴェルのところにあるよ」
「あ、ほんとに? それじゃあveilさん」
「……べるちでいい」
距離を詰めてくれた。
引っかいてくる猫がとうとう頭をこすりつけてきたときの気分だ。
「べるち、お願いしちゃっていい?」
べるちは顔をまっかにした。
その、うつむいて爪先で床をくりくりするの今すぐやめなさい。
君も中年の寄る辺ない父性を刺激するつもりか?
これ以上は溢れちゃうって。
「帰りどうしよっかねってとこだけ決めようか。店あるからさ俺」
「私が拾っていくわ」
ずいっと出てきたミル姉さんが、あまりにも頼もしい。
「えーすごい助かります、でもいいんすか?」
「もともと予定があったの。友達とみなとみらいでサップボードしてくるわ」
「あの、立って漕ぐサーフボードみたいな?」
そんなアクティビティの予定立ってたんだ。
友達多いなーミル姉さん。
「運河から赤レンガ倉庫見られるらしいのよ」
「めっちゃ楽しそう。今度誘ってください」
「いいわよ、ボードも積んであげる」
「ミニバン様っすね」
「普通車に変えてよかったわ。もう軽には戻れないわね」
「まじかー、俺も変えようかなー」
詩怨とべるちが、じーっと俺たちを見上げた。
「えっなに? サップボードやりたいの?」
二人してめちゃくちゃ力強く繰り返し頷くじゃん。
「また今度ね。かならず誘うわ……しお、べる、私、あなたに嘘をついたこと一度もないでしょう?」
ミル姉さんが噛んで含めるように言うと、二人はしょんぼりしながら受け入れた。
ソファでくっついて眠りはじめた詩怨とべるちをフィリスに託して、俺はマンションを後にした。
帰りの新東名は一人ぼっちだったけど、悪い気分じゃなかったよ。
べるちのアーカイブつけっぱにしてたしね。
お゛お゛お゛お゛お゛お゛。
◇
大量の茹でじゃがいもを裏ごしし終えたところで、スマホが通知にぶるっと震えた。
べるちの配信が始まるところだった。
仕込みはいったん休憩にして、ちょっとだけ見守ろうかね。
Veilのガワの横に、がびがびの一枚絵の詩怨が配置されている。
この手作りモデルもいずれなんとかしないとだな。
配信のタイトルは、
全Vtuber一超絶ASMR下手くそメスガキちゃんに耳ふーガチ指導/3Dio/KU100
めちゃくちゃいじられてるな。
リスナーの反応はまあまあ好意的で、草とかかわいいとか好きとか低額のスーパーチャットとかがびゅんびゅん飛び交っている。
これが登録者数六万人の世界か。
「クソザコ。ヘルガワはまた柳龍光だよ」
「ふんぐぐぐぐぐっふぅー! ふぶっぶふーっ!」
「うるさい」
めっちゃくちゃいじられてるな。
「お手本。ふーーーーーー♡」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛……い、今のやばあ。もっかいやってください。右がいいです」
「ふーーーーーー♡」
「んお゛ほお゛お゛お゛お゛お゛」
耳がクソ雑魚すぎる。
「分かりました、これは完全に分かっちゃいました。いきますよ、いいですかいきますよ……フッッッ」
「もうやめろ」
「なんでえ!」
「ヘタクソだから――んぶっふ」
不意に、べるちが噴き出した。
「なんですか」
「これ、この、コメント……固定するよ」
脳みそ飛び出しASMRたすかる
「んぶっふ」
詩怨も噴き出した。
「死まで許容できるならもう助からないことなにも無いですよね」
「やめろ……んぶふ」
「ふ……ふふふっ」
声を殺した笑いは、いつまでも続いた。
ヴェルガシオンは、ふたりして、くすくす笑い続けた。
バーチャルASMRバトル おしまい!




