バーチャルASMRバトル③
「ちょっちょっちょいちょいちょーい! なんですかこれ! え、ドッキリ企画!?」
詩怨ががばーっと立ち上がった。
「いいえ、詩怨様。これは魔女の盟約です。veil様とのコラボと引き換えに、彼が命を失う。対価としてはいささか不釣り合いですが、成約しています」
「思考誘導したんですね!」
ズアッ! と黒いオーラを纏った詩怨が、フィリスを睨む。
「そう受け取っていただいて構いませんよ、詩怨様。しかし、彼には最初から覚悟があったのでしょう。あなたのために命を落とすつもりでいたのです。それゆえ、盟約は容易に成立しました」
魔女の盟約ってなんか聞いたことあるけど、洗脳みたいな術だったんだ。
え、じゃあ俺がコラボに前向きだったの、フィリスに誘導されてたから?
いつからだろう、もしかしてDM送られてきたとき?
なんにせよ壁尻クイズ大会の前フリがあったから、やすやすと引っかかっちゃったってことね。
なにもかも俺の落ち度じゃん。
「……我が幹に実る矮小な堅果が、冥王の意を汲み尽くしたと、よくぞ言った」
詩怨が信じられないぐらい低い声で言い、フィリスは気圧されたように一歩下がった。
本気でぶち切れてるときにしか出さない尊大な口調だ。
「冥き王よ、どうかあなたの真なるお望みに向き合ってください。憎悪と失望の祭壇に点し続ける血炎をこそ、あなたは求めているはずです。一統は、ただそのために在ります」
「生き汚い魔女が、讒言で我が耳をこれ以上穢すな。屍喰らいの魔女、おまえの声も語る言葉も世の汚穢だ」
フィリスのこめかみから、汗が一筋垂れた。
やばいやばいやばいやばい、一瞬で大変なことになった。
いや待て、落ち着いて考えよう。
俺を殺すのは、どうもフィリスの独断っぽい。
そもそもveilが陰謀に一枚噛んでいるんだったら、こないだ同様ゲームの権能と呪詛術を使っただろう。
そうすれば他者の介入を一切許さず、俺をあの世に直送できた。
俺はveilに目をやった。
生きてて今までやったことないけど、助けを求める顔、けっこうちゃんとできてるんじゃないかな。
veilは、ぽかんとしていた。
俺と、目が合った。
「………………フィリス、やって」
あらららららら。
「御意のままに」
待って待って待って待って待って。
「ハガラズ」
中空に朱色のルーンが浮かんだ。
フィリスが手を伸ばし――
「クガタチ!」
窓を粉々に砕いて走った水刃がルーンを真っ二つにし、フィリスの手前で勢いを失うと床にぶちまけられた。
直後、ビキニアーマー姿のミル姉さんが、腰マントをなびかせながら空中きりもみ回転で部屋に飛び込んできた。
「ヒギショウ!」
炎を纏った刃で、フィリスに斬りかかる。
「イース」
分厚い氷の壁が現れ、ミル姉さんの斬撃を受け止めた。
「どこから湧いて出たのかしら、勇者様」
「しばらくぶりね、フィリス・ウィンター。また四肢を引きちぎられたいのかしら!」
斬撃を浴びた氷壁が蒸発し、ミル姉さんは踏み込んだ。
「今のあなたにそれができるかしら、ミルガルデヴャルド!」
フィリスが、どこからともなく取り出した杖でミル姉さんの攻撃をいなした。
「すこし待っていてちょうだい、サンマルイチ号さん。首だけにするわ」
ミル姉さんが笑いながらめちゃくちゃ物騒なことを言った。
「その次は貴女よ、ヴェルガシオン! いつでも何度でも、貴女を優しい子どもに戻してあげる!」
隙あらば熟成感情をぶつけてくるねえ。
これはマージンその二だ。
コラボについて話したところ、ミル姉さんは護衛を買って出てくれた。
企画に差しさわりがないよう、遠からず近からずの位置で待機することまで快諾してくれた。
仕入れから命まで、いつだってミル姉さんに助けてもらっている。
どうすればお返しできるのかもうさっぱり分かんないな、今後も努力はしていくけど。
「しっ、あの、しん、臣下さん」
詩怨が、なんか、べそべそしながらくっついてきた。
「ごめんなさい」
謝って、泣いた。
「わっわたし、わたしのことだけで、臣下さん、臣下さんが、しらっ知らなくて、そんな、約束、させちゃったのに」
「なんも謝ることないでしょ。俺がやらかして俺が黙ってただけだよ」
「だって、だって、だって、わたしが……」
涙をいっぱいにためた目で俺を見て、詩怨は口をぱくぱくさせた。
「わたしが、楽しいって、思っちゃったから」
詩怨は俺の胸に突っ伏して、ごめんなさいを繰り返しながら泣いた。
ミル姉さんがフィリスを追い込んでくれているからか、気づけば拘束は解けていた。
俺は一ミリ秒もためらわず詩怨を抱きしめた。
「それぐらいするでしょ。マネージャーよ? 俺」
できるだけふざけたつもりだったけど、あんまり効果なかったな。
詩怨はますます泣いてしまった。
「まあその、あれだよほら、言ったじゃん。ごめんはやめようって。気まずいから」
背中ぽんぽんしながら、俺は詩怨に声をかけつづけた。
「はい、じゃあ、厚意を受けたときは?」
詩怨は突っ伏したまんま、なにやら表情を作った。
「ありがとう、ございます」
「いいねえ、それそれ。調子出していこう」
頭を持ち上げた詩怨は、涙でくっちゃくちゃの顔に、どうにかこうにか笑みを浮かべていた。
「へ……へへ……」
で、笑った。
図太くいこうぜ。
「………………もう、いい」
意思ごと音を放り捨てるような声がして、みんな、動きを止めた。
呟いたのは、床にぺたんと座り込んだveilだった。
項垂れたveilは空っぽの顔をしていた。
「動画データは、アップロードしておくよ。URLはDMする。使って」
「veil様?」
フィリスが首をひねった。
「それと、それと、ヴェルの、チャンネルとの、コラボは……」
フローリングに水滴が跳ねた。
「コラボは……いい、から」
veilは泣いていた。
声も表情も殺して涙だけこぼしていた。
ミル姉さんは二刀を肩アーマーに収納し、フィリスは杖を渦巻く虚無に投げ入れた。
そんでみんな途方にくれて、泣いてるveilになんにもできず、立ちすくんだ。
ただひとり詩怨だけが動いた。
ずすんと鼻をすすって、veilに歩み寄っていった。
詩怨は膝立ちになって、veilのぼさぼさ髪に触れた。
跳ねのけるでもなく受け入れるでもなく、veilは弱弱しく首を振った。
「なんで、ヘルガワは、幸せになろうと思えるの?」
詩怨はしばらく無言でveilをなでた。
「えと……こういうの、朕は本気で苦手なんですけど」
veilは黙って続きを待った。
「Vいっぱい観ててね、いいなーって思うことがあるんです。自分のガワのこと、『どうだ! 顔がいいだろ!』って、すっごい胸張って言うじゃないですか。朕あれ大好きなんですよ。好き? 好き……うーん、いちいち感動しちゃう、かな。こういう気持ち分かります?」
鼻の頭にたまった涙を親指でぬぐって、veilはうなずいた。
「うん。分かる」
詩怨はにこーってした。
「やっぱり。朕といっしょですね。でも、なんで感動しちゃうかって考えたことありますか?」
veilは首を横に振った。
「それはね、きっと自分のこと、許してないからだと思うんです。朕も、veilも」
「当たり前だよ。だってヴェルは、たくさん殺した。たくさん、お墓を作った。だからヴェルは、ヴェルのこと、嫌い」
「そうですね。たくさん、たくさん、殺しました。だからです。だからね、自分のことを許してる人を見るのが好きだし、感動するんです。もしかしたら朕も、そうなれるんじゃないかって思うんです。veilは、違いますか?」
たっぷり時間をかけて逡巡したあと、veilは、うなずいた。
詩怨はveilのほっぺを両手でむぎゅっと挟み、顔を持ち上げた。
目を合わせて、笑顔をつくって、veilのことをやんわり抱きしめた。
「嫌いでいいじゃないですか。朕だって自分のことずっと嫌いです。でも許し方はあるんですよ。わたしたち、もうやり方を知っているんです」
詩怨はveilの背中をぽんぽんした。
veilは腕を持ち上げて、詩怨の背中に回して、引き寄せるみたいにぎゅっとした。
それでようやく、声を上げて泣いた。
「あなた、どうするの?」
ミル姉さんがフィリスの肩に手を乗せた。
「気安いわよ、ミル。宗旨替えしたくせに」
「あら失礼」
「…………ヴェルガシオン様の、御心のままに」
ため息とともに、フィリスは言った。




