バーチャルASMRバトル①
前回のあらすじ:登録者数六万人の個人勢Vチューバー、veilにバーチャルASMRバトルを挑まれた地獄川詩怨。勝負の行方は……?
ばたむ、ばたむ。
じょりじょりじょりじょり。
砂利を踏んで、水色のラパンが国道一号線に乗り出した。
助手席の詩怨がタブレットの音声アシスタントに呼び掛けて、ゲームのサントラが流れ出す。
「んふぁーわ」
「寝てていいよ。けっこうかかるから」
大あくびした詩怨に呼びかける。
「いやっ、その……はい。でも」
昨日は寝れなかったんだろう。
夜中じゅう、詩怨の部屋からずっとプロセカやってるとき特有のかつかつ音してたし。
爪で打鍵するの、ディスプレイにも爪にもよくないからやめた方がいいんじゃないかな。
「今からそれじゃもたないでしょ」
「でも」
詩怨はなんかむにむに言った。
「コラボ、受けなくてよかったんじゃない?」
「いやっ朕っ、朕は! お姉さん感も打ち出していきますから!」
「キャラ変路線は継続なんだ」
「そうですよ! うちゅっちっ打ち破って!」
「もう全然ろれつ回ってないんだもんな。分かった、もう話しかけないから、とにかく目だけ閉じてな」
「んむむむむ……はい」
ほどなく詩怨は眠りについて、俺は車を新東名に向けた。
目指すは懐かしき我が町田、冥王ヴェルガシオンの住まう地だ。
俺たちは今日、バーチャルASMRバトルに挑む。
バーチャルASMRバトルって本当に何?
◇
新東名をかっ飛ばすこと一時間、横浜町田ICを降り、とことこ走る下道はなんか見覚えあんなー。ぐらいの感慨だ。
数年前、町田市はバーチャル冥界王ヴェルガシオンとその軍勢に蹂躙された。
S級冒険者パーティ【メイズイーター】の尽力により、被害は繁華街周辺で押し留められた。
とはいえ都市としては灰燼に帰したようなものだ。
再開発計画はあるらしいので、数十年後には武蔵小杉みたいになっているかもしれないけどね。
今の町田駅前は、運よく焼け残った個人経営の店、ど根性で続けるフランチャイズ、なんらかのチャンスを見出したベンチャーが軒を連ねる静寂と混沌の土地だ。
指定されたのは、運よく焼け残った老舗の喫茶店だった。
学生時代に付き合ってた子と何度か行ったなー、とか、無事でよかったなーブレンドの味も変わってないわ、とか、ややエモに傾きがちな気持ちを引き締め、俺はあちら側のマネージャーさんが来るのを待った。
まずはヴェルガシオンの……いやさ個人勢Vチューバーveilさんのマネージャーさんと簡単な打ち合わせをしてから、スタジオに向かう流れになっていた。
「個人勢にマネージャーっているんですね」
詩怨はあんずジュースをじょぼぼぼっとすすりながら、落ち着かなげにきょろきょろした。
「どうなんだろね。界隈の事情は知らんけど、まあ儲かってんならいてくれた方が楽じゃない?」
「……あれ? あの、臣下さん、朕けっこうやばいことに気づいちゃったかもしれません」
なんだなんだ。
世界を憎んでいる自分の分身とこれからバーチャルASMRバトルする以上にやばいことってあるかな。
「というと?」
「やっばいです、ああーなんで気づかなかったんだ、ごめんなさいごめんなさい」
「というと?」
「あああああ……はー、また本題に入る前に同じとこぐるぐるしちゃった。はー、いっつもこう。いっつもこれ」
「というと?」
「あ、そう! その、というと、というと……もしかして臣下さん、朕のマネージャーみたいになってませんか?」
「おお……? あんま検討したことないなそれは」
俺はちょっと考えてみた。
「コラボ依頼とか打ち合わせとか全部俺がさばいてるし、まあそうっちゃそうなのかもしれんね」
詩怨の場合、なんかよくない想像で動悸がしてくるから。って理由でDM開いたり電話折り返したりするの先延ばしにするくせあるからな。
「あぐぐぐぐ……」
いやいやいやいや。
世界を憎んでいる自分の分身とバーチャルASMRバトルするんだよ今から。
気づいたり抱え込んだり申し訳なくなったりするの、いったんよそに置いておかない?
要領と間が悪すぎる。
「あの、あの、ごめんなさい。しゅ、収益化したら、必ず、お給料は……」
詩怨は卑屈な笑みを浮かべ、なんのつもりかあんずジュースのグラスをこっちに押しやった。
「それ、ミル姉さんにMacbook貰った時も言ってたけど」
俺はあんずジュースを押し返した。
「空手形切るより、他人の厚意にがんがん甘えちゃった方がいっそ潔いんじゃないかな」
「た……確かに……!」
感銘を受けてくれた。
「よし、ごめんはやめよう。気まずいから。はい、じゃあ、厚意を受けたときは?」
「あ、ありがとう、ござい、ます?」
「いいねえ」
「へ……へへ……」
その調子でどんどん図太くなってくれ。
そのうち自分でDM開けるようになろうね。
「失礼します。地獄川詩怨様?」
声をかけられ、詩怨が一瞬にしてガチーン! と硬直した。
「あ、こんにちはー。はい、地獄川詩怨ちゃんねるですー」
俺はすかさず立ち上がって視線切り。
パンツスーツをぱちっと着た銀髪の異世界人が、俺ににっこり微笑みかけた。
「はじめまして。veilのマネジメントを担当しています、真冬フィリスと申します」
で、名刺交換。
肩書は合同会社itのCEOとある。
名刺から顔を上げると、フィリスさんはにっこりビジネススマイル。
俺は、ストレス性の冷や汗が背中からぶわぶわ噴き出すのを感じた。
フィリスさんは俺の隣、詩怨の向かいに腰かけるとシナモンティーを注文した。
「本日はご足労いただき、本当にありがとうございます。弊社のveilが、どうしてもコラボしたいと聞かなくて」
如才ない笑み。
かろうじて愛想笑いを浮かべつつ、犬歯でストローの端を噛みちぎる詩怨。
「さっそく、本日の企画についてなのですが――」
フィリスさんはペラ一の企画書を俺と詩怨に配った。
いよいよバーチャルASMRバトルの全貌が明かされるのだ。
「ふーむ」
俺は唸った。
企画書の中身を要約すると、被験者(俺)がveilと詩怨のASMRを聞き、どっちがより自律感覚絶頂反応を引き出せたか勝負するらしい。
「こちらは貴チャンネルでの動画企画でして、当チャンネルでのコラボについては、veilが本人も交えて詰めたいと」
「なるほどぉ……」
勘が悪くても分かる。
この企画、めちゃくちゃスジが悪いぞ。
なんも目立ったところのない中年が耳ふーされてリアクションする動画の、何が面白いんだ。
「これ、はい、面白いとは思うんすけど、その、大丈夫っすかね、俺が被験者で。veilさん側のガチ恋勢が怒ったりとか」
俺はなるべく穏当な言い回しで、企画のやばさを伝えようとした。
ストレス性の冷や汗が上半身全部からぶわぶわ噴き出すのを感じながら。
「あらゆる有意味な尺度から検討して、当チャンネルの利益にはならないでしょうね」
フィリスさんはけろっとそんなことを言った。
「ですが、臣下さんはキャラが成立していますし、貴チャンネルにおいては受け入れられやすいのではと」
キャラが成立するも何もないぐらいの登録者数と再生数なんだけどね。
「地獄川様、いかがでしょうか」
フィリスが詩怨に水を向けた。
「あっのっ……いいと思います」
チャンネル主がそれならなにをかいわんやだね。
「と、トイレに……」
詩怨はおなかをさすりながらお手洗いに向かった。
そして俺とフィリスさんは二人きりになり、いよいよ俺の汗は止まらない。
なんでこんなびっしゃびしゃになっているのか。
俺は、真冬フィリスを名乗る異世界人のことを知っているのだ。
S級冒険者パーティ【メイズイーター】のリーダー、イース・フェオー。
彼女は“慈愛と平和の子ども園”なる孤児院の出身で、フィリスはそこの院長だった。
その孤児院は、外部からスローターハウスと呼ばれていた。
院長フィリス・ウィンターは邪悪な魔女で、孤児院の子どもを殺して自分の血肉にしていたのだ。
それだけじゃない。
フィリスは“一統”なる謎の組織に関与しており、かつ、バーチャル冥界王ヴェルガシオンのぶっといタニマチだったらしい。
合同会社itのitって、まさか一統から取ったの?
異世界の暗黒組織が日本で法人成りし、復活した冥王ヴェルガシオンのV活動を支えている。
完全に意味不明で、完全にやばすぎる状況だ。
いや、でも、俺とフィリスに面識があるわけじゃない。
バーチャル冥界王ヴェルガシオンが町田を襲撃した際、ほんの一瞬、顔合わせをしただけだ。
どうやらフィリスは大昔、ミル姉さんに四肢を引きちぎられたことがあるらしい。
「メイズイーターはお元気?」
フィリスが、底冷えする声で言った。
「ミルガルデヴャルドは? あなたと仲良くしているのよね?」
これは、顔を覚えられていたね。
「その節はどうも、助けていただきまして」
俺が言うと、フィリスはくすくす笑った。
「あれは借りを返しただけよ、あなたは気にしないで。それにしても、つくづくリンヴァースと縁のある人ね、あなたって」
世間話なのか地雷原を走らされてるのかちょっと分からんぞこれは。
「ああ、そうだ」
フィリスはお手洗いの方にちらっと目をやり、詩怨がうつろな目で順番待ちしているのを見た。
「リスクリターンの話をまだしていなかったわね。リターンは、コラボそのもの。リスクは、もしも詩怨様が敗けたら、あなたは死ぬ」
「なるほど」
「驚かないのね」
「なんかそんな気はしてたので」
クイズ大会のときもそうだったし意外性は無い。
ヴェルガシオンの狙いは、詩怨のせいで俺が死んでしまう状況を作り上げることだ。
冥王流の言い方をするなら、『心にお墓を立てる』ってやつ。
「どう? 逃げ出す?」
「それはないっすね。詩怨がゴーサイン出してますから」
フィリスは笑った。
いじわるだなーこの人。
詩怨がようやくトイレに入った。
ここから長そうだ。
辛いよね、過敏性腸症候群。
「なんでマネージャーやってるんすか?」
何をどう聞いても機嫌を損ねたら首ぐらい刎ねられそうだし、俺は開き直って単刀直入に訊いてみた。
「一統は、ヴェルガシオン様に冥き御座を捧げるための集まりだったのよ。勇者ミルガルデヴャルドに封じられようと、メイズイーターに滅ぼされようと、盟約は揺らがない」
その結果が法人成りとV転生とは人生いろいろだね。
「バーチャル冥界王ヴェルガシオンの時点では、運営を現地法人に任せていたの。でも、時代は変わった。わたしたちは直接、ヴェルガシオン様にお仕えできる」
なんか怖い想像してきちゃったな。
ヴァーチャル冥界王ヴェルガシオンの運営がトんだのって、一統の人たちが物理的に首を飛ばして回ったんじゃないかな。
俺もこれからDM開くの先延ばしにしちゃうかもしれない。
「お待たせしました……」
しおっしおの詩怨が、のそのそと戻って来た。
すでに限界を越えている。
ここに、負けたら俺が死ぬ情報の上乗せはできないな。
実を言えばこんな感じになる想定はあったので、マージンはきっちり取っている。
なにより、登録者数六万人Vチューバーとのコラボによるシャワー効果は無視できたもんじゃない。
ひとまず乗っかっていこうじゃないか。




