ワイバーンの松かさ揚げ⑥
俺はワイバーンの肉片を取り出してまな板に置いた。
詩怨はどこからともなく脚立を取り出して、上から俺の手元を撮影しはじめた。
「えー……これは、ワイバーンのどこか肉」
どうしたもんかな、これ。
ぺたぺた触りながら、あれこれ考えてみる。
うろこはメチャクチャ細かく、魚っぽさを感じる。
肉質は豚っぽい粗さだけど、サシがきめこまやかに入ってるのは牛っぽさを感じる。
「なんだろ……恐らくカルビですね。カルビというか、バラというか。これを……えー、まず、えー……とりっ、トリミングします」
なんだろう、俺ちょっと緊張してるな。
「だいじょうぶですよ、臣下さん。編集でうまくやりますから」
「ああそう? どうもね」
これ以上ないタイミングでフォロー入れてくるじゃん。
良い警官悪い警官メソッドで君のこと好きになっちゃいそう。
「スジを除いて、丸まらないように包丁を入れます。鱗は今回メインなんで取りません」
うまいこと、魚の切り身みたいな形に整えていく。
そしたらこいつを、ぶつ切りに。
鱗、皮、まっしろで分厚い脂、サシの入ったピンクの肉。
とんでもなくすけべな断面だ。
「えーそれから……バット、そうだバットだ。バットに調味液、これのレシピは」
「字幕入れときますね」
「助かります」
顆粒のがらスープ、酒、しょうゆ。
ワイバーン肉には独特の臭みがあるので、カレー粉を一さじ。
この調味液に、三十分ほど肉を漬ける。
「時間あるんで付け合わせもやっちゃいましょう。芽キャベツ。旬ですね。バター炒めにします」
「おいしそうですねっ!」
芽キャベツは、外側の葉を、つやっつやのところが露出するまで何枚かはがす。
フライパンにたっぷりバターを落として、ごろごろっとぶっこみ、揚げ焼きに。
良い感じの焦げ目がついたら引きあげ、塩と黒こしょうをかりかり挽いて散らせばできあがり。
チューブにんにく和えてもいいよ。
で、ワイバーン肉。
調味液から引き揚げたら、身のがわに片栗粉とカレー粉をまぶし、鱗を下にして高温の油にどぼん。
じゃわじゃわじゃわじゃわ。
音を立て、あぶくを吐きながら、ワイバーン肉が温まっていく。
油とカレー粉のにおい。
うすもも色の肉に火が入って、白っぽく、やがてこんがりきつね色。
吐き出す泡が小さくなっていく。
ちりちりと、あぶくのはじける音。
とんとんと、弾けた泡が鍋底を叩く音。
きつね色になったら鍋からあげ、斜めにしたバットに載せて油を切る。
「これはっ! 臣下さん、うろこが!」
カメラがぐーっとワイバーン肉に寄っていく。
細かなうろこが爆ぜて開き、松ぼっくりのようになっている。
「ワイバーンの松かさ揚げ、カレー風味です」
「ひょおー! やばい予感がしてきましたぜっ!」
「うん、やばいと思うよ」
「さあさあさあさあ! 実食といきましょう!」
工場産のベビーリーフを皿に盛り、松かさ揚げを並べる。
芽キャベツのバター炒めは別皿で。
カウンター席についた詩怨にご提供。
「んで、お酒ね」
グラスにウイスキーを注ぎ、沼津市民が誇る水源、柿田川で採水された水をペットボトルからとぽぽっと注ぐ。
トワイスアップにしたいので、ウイスキーと水は同量。
「トリスのトワイスアップ。合うと思うんだよね」
「へー! トリス!」
「加水するといいんだよ。えっおまえどこにいたの? っていう、甘さと香りが出てくる」
「これは一刻を争う食べたさ! さあ、さっそくいただいちゃいましょう!」
箸で肉をとらえ、リフトアップ。
黄金色のうろこが、揚げ油できらきらする。
厚めの脂肪層は、加熱にほんのり濁って真珠色。
火を通しすぎないあんばいの肉は、肉汁をまとってうすもも色。
自分で作っといてなんだけど、めちゃくちゃうまそう。
「いただきまーす!」
うろこは、ざくっと崩れる。
脂肪が、むちっとつぶれる。
肉を、じゃぎっと噛み切る。
「んあっわっ……ひゃー……」
詩怨は言葉を失った。
「これ……ひゃー……」
もう一口。
さらにもう一口。
トワイスアップをぐいーっ。
芽キャベツを一つほおばる。
もういっぺんトワイスアップ。
「お゛ほー……」
きったねえ声出したね。
「これは……カレー味が……ばかほどおいしい……」
もしかして、向いてないんじゃない?
「ばかほどおいしい! ばかほどおいしいです!」
連呼するじゃん。
そのフレーズで勝負したいのかな。
向こう見ずな戦いだと思うけど。
「あー! あのねー、うろこ! うろこがやっばい。これ伝わってますよね? 完っ全にASMRですっ! ざぎざぎって崩れるんですから! 脂がね、この、なんだろうなー……食感がえっち! てろてろで甘くてね、舌がえっっっっ! これはもうキスですっ! お互いに顎が外れるぐらい口を開いた……ジャック・ハンマーとピクルのディープキス!」
ジャック・ハンマーとピクルは舌を絡めてたわけじゃないよ。
そう見えちゃう責任はジャック・ハンマーとピクルさんサイドにあると俺も思うけど。
「お肉がね、サシがすごい、箸で切れる柔らかさでもう肉汁の、肉汁です! ばかほどおいしい!」
だから向こう見ずだってそのフレーズは。
「おいしい……ああもう、おいしいなあ……」
背もたれにぐったり寄りかかって、詩怨はとろけた感じの声を出した。
やめろ、そういう、心からのおいしいは。
また作ってあげたくなっちゃうだろ。
「はい、というわけで、だいぶ酔ってきちゃいましたね。もう今日はなんかこのまま終わりでいいですか? それじゃ、チャンネル登録と高評価よろしくお願いしまーす! ばいばい」
だるくなってきた詩怨が、いきなり動画を終わらせた。
「臣下さん、ごちそうさまでした」
「いーえ」
「それから、いろいろありがとうございました。なんかね、なんか……ひさしぶりに、楽しかったです」
「そっか」
白黒目と黒白目を眠気の涙でにじませて、詩怨は大きなあくびをした。
「楽しかったなあ。いっぱい遊んで……いっぱい……」
ま、多くは問わんよ。
おいしく食って呑んでくれりゃ、それで俺は満足だ。
「ちょっと、その、寝て、ごめんなさい、眠くて……帰りますから、ちゃんと。帰って、編集して」
「好きにしたらいいよ。こっちはこういうの慣れてるから」
俺の言葉は、届いたのかどうなのか。
詩音は、ちいさな寝息を立てていた。




