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ダンジョン居酒屋さんまるいち  作者: 6k7g/中野在太
ホーン・ブーブス
59/63

ホーン・ブーブス③


ぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっ――




 黙っていると、なんとなくタイムカウントっぽいSEが流れ始めた。


「………………イリスさん」


 詩怨は、消えちゃいそうなぐらいの小さな声で答えた。




じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――




ててーん!




(正解です)

 

 詩怨のケツから力が抜けて、寝起きの猫ぐらいぐにゃぐにゃになった。

 

(次の問題です。第四問。ヴェルガシオン・レイドイー・オルガノシオネー・グラント・ピュケナウーが、最初にイリスさんを殺したのは何故でしょう)






ぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっ――






「嫌い、だったからです。いつもべたべたくっついてきて大嫌いだった! 同情されてみじめだったからです! だから最初に殺しました! これでいいですか!」





じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――





でおーん……



 ぎゅぐん!

 再びポータルの外周が狭まる。

 五問正解で勝利って言ってたけど、これあと二問ぐらい間違えたら輪切りのソルベだな。

 ルール設定が破綻してる。


 まあ、ルールなんてどうでもいいんだろう。


(外れ。正解は、一番優しくて、一番好きだった人を最初に殺さないと、虐殺の踏ん切りがつかなかったからです)


 なにしろヴェルガシオンは、詩怨をいたぶるためにこのクイズ大会を始めたのだから。


(では、次の問題です)

「分かった、やめよう」


 俺は言った。


「臣下さん……」

「ごめんけど詩怨、後でアルセーに連絡しといてくれる? 無理なら無理であれだけど」


 真っ二つにされたぐらいなら蘇生可能だろう。

 詩怨に頼まなくても、ミル姉さんあたりは気づいてくれそう。


「で、でも、臣下さんが」

(ふくくくっ)


 ヴェルガシオンが、メスガキっぽく笑った。


(自分が死ねば解決する? 違うよ、ニンゲン。それをするとヘルガワは、ニンゲンのお墓を心に建てるよ。そして、忘れないよ。ニンゲンが生き返っても、ずっと)

「一理ありそうなこと言ってくるね」


 そういう形で他人の負債になるのはしんどいな。

 となると、どうしたもんか。 

 このまま地獄のクイズ大会を続けるの?


「いいですよ。続けます。わっ、わたし、平気です、から」


 詩怨が言った。

 

「何一つ平気じゃないでしょ。いいよ付き合わなくてこんなの。ちょっと待ってて、俺なんか考えるから――」

(問題です)

「どうぞ」

(第五問。イリスさんを殺したヴェルガシオン・レイドイー・オルガノシオネー・グラント・ピュケナウーは、お墓を二つ作りました。一つはイリスさんのもの。もう一つは、誰のものでしょうか)

「わたしです。わたし自身。まだ冥王じゃなかったわたしのお墓です」




じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――




ててーん!




(正解です)

「あと二問正解すれば、終わりにしてくれるんですよね」

(ふくくくっ! 外れ。クイズは十問、答えてもらうよ。五問正解でヘルガワの勝ち。勝つだけ。そういうルール。ふくくくくくっ!)


 詩怨は、嗚咽と怒りの呻きの混ざったような声を上げた。


 いやいや。

 いやいやいや。

 そこまでする?

 仮にも自分でしょ?

 もう単なる自傷行為だよここまで来ると。

 

「ほんとなんなの君」


 骨の指に喉をガリガリ引っ掻かれながら俺は言った。


「なんのつもりでこんなことしてんの?」

(ニンゲンには返事をしないよ)




じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――



(え……?)


 おや。




でおーん……




(ぐえー)


 おやおや。

 

 これは、なんだろう、いっぺん整理しようか。

 このクイズ大会のルール設定は、こうだ。



 ――出された質問に、答えるゲームだよ。全部で十問。五問以上の正解で、勝ち。間違えるごとに、罰ゲーム。



 これ、出題者と回答者が規定されてないな。

 見えないけど、向こうは向こうで律義に罰ゲーム食らってるみたいだし。


「問題です」


 俺は即座に出題した。


(おい、ニンゲン)


 骨の指が、俺を突っつこうとして、静電気がバチってなったみたいに腕を引いた。


「第七問。あなたの名前は?」

(だからっ……ゔ、ヴぇ、ヴェルは、ヴェルの名前は、ヴェルガシオン・レイドイー・オルガノシオネー・グラント・ピュケナウー!)




じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――




ててーん!




「えええええええええ!?」


 詩怨が絶叫した。

 だから尻にグっと力を込めるの本当にやめて。

 顎が外れちゃいそうなんだけど。


「なんでえ!? わたし!? なに、どうして!? なんでなんでなんで!?」


 今の今まで気づいてなかったの?

 恐るべき察しの悪さだな。




ぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっ――




 タイムカウントが始まった。

 ただ単に疑問形ってだけで質問扱いされちゃうんだから迂闊なことできないよね。

 ゲームのルールを規定するのって難しいんだな。

 今更ながら、白龍ヨーカの偉さが分かってきた。


(こんなの違う、質問するのはヴェルなのに……)




じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――




でおーん……




(ぐえー)

「次の問題です」

(わあああああああ! ニンゲンんんんん!)

「第九問。あなたはどうしてこんなことをしたんですか?」


 改めて、これだけは聞いておこう。

 誰にとっても理不尽すぎるよ、このクイズ大会。

 傷つかない人が一人もいない。

 答えが返ってくるとはあんまり思ってないけど。








ぴっぽぴっぽぴっぽぴっぽぴっぽぴっぽ――









(ヴェルは、幸せになっちゃいけないから)








じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん――






ててーん!




 あー。

 そっか。

 そういうことね。

 あー、そう、なるほど、そっか。

 

 しんどいね、それは。


 俺も詩怨もヴェルガシオンも、みんなして黙ってしまった。

 それからけっこう、長い時間が過ぎた、ような気がする。

 実際のところは数秒とかだったかもしれない、でもけっこう長い時間だった。


「最後の問題です」


 出題者は、詩怨だった。


「第十問。顔を、見せてくれますか?」




ぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっぴっぽっ――




 ポータルの外周が、不意にぎゅわっと広がった。

 詩怨が、ポータルからケツを引っこ抜いた。


「臣下さん、立てますか?」

「おー、平気平気。俺はね。俺は平気」


 よっこらしょと立ち上がった俺の脚に、詩怨がぎゅっと抱きついた。

 俺は詩怨の頭に手を乗せて、詩怨はその手に手を重ねた。

 一秒前まで氷水に浸かってたんじゃないかってぐらい、詩怨の指は冷たかった。


 虚無が渦巻いて、ヴェルガシオンが姿を現した。

 山羊みたいな巻角と真っ赤な長いボサボサ髪、褐色の肌。

 背丈は詩怨と同じくらい。

 金の白目に黒い瞳は、敵意むきだしで詩怨を睨んでいる。


「……えと」


 詩怨は試しにって感じで口を開いて、なんかちょっと愛想笑いみたいなものを浮かべ、ヴェルガシオンの表情が一切変わらなかったのですぐに笑顔をひっこめた。


「あっあのっ! 近づきますっ! 今から! かなりの距離を! けど、殴ったりしないでください……」


 詩怨は低姿勢で、ヴェルガシオンにとことこ近づいていった。

 ヴェルガシオンは仏頂面で突っ立って、逃げようとも攻撃しようともしなかった。


 左ジャブの当たりそうな距離で、詩怨は立ち止まった。

 手を伸ばして、ヴェルガシオンの角に触れた。

 指でつつつっと撫でた。


「わたし、なんです、よね?」


 ヴェルガシオンは返事をしなかった。

 ちょっとだけうなだれて詩怨から目を反らした。


 詩怨は更にもう一歩、近づいた。

 伸ばした両手の指先を、ヴェルガシオンの髪に差し入れた。

 ヴェルガシオンは無抵抗だった。


 最後の半歩を歩み寄って、詩怨はヴェルガシオンの頭を抱き寄せた。

 両腕で抱いたヴェルガシオンの頭を自分の胸に押し当てて、ヴェルガシオンの髪に鼻面を突っ込んだ。


 それから詩怨は泣いた。


「ごめんねぇ……」


 振り絞るような声で謝りながら、詩怨は泣いた。

 詩怨の涙を角に受けながら、詩怨の胸に顔を埋めながら、ヴェルガシオンは痛みに耐えるみたいに目を閉じた。

 

「やめろ」


 突き飛ばす、というよりは、ほとんど手を押し添えるような弱弱しい力で、ヴェルガシオンは詩怨の体から離れた。


「ヴェルは……謝られたくないよ」

「分かります、だって、わたしのことだから。でも」

「だから、やめろ」


 ヴェルガシオンは詩怨に背を向けた。


「ゲームは終わりだよ。誰も勝たなかった。それでおしまい」


 引き留める間もなく、ヴェルガシオンは渦巻く虚無に身を投じた。

 俺と詩怨はしばらく、ヴェルガシオンがいなくなった何にもない場所を見ていた。

 けっこう長いことそうして、やがて諦め……諦め? 何を? まあともかく、家に帰った。



 ガナッシュなんてのは、難しいことはなんもない。

 湯煎したチョコと無塩バターと生クリームをぎゃーって混ぜるだけだ。

 ノーテンパリングの精神でいこう。

 チョコも普通のでいい、普通ので。

 むしろクリオロなんて使わない。


 固まったら適当に丸めて冷やして出来上がり。

 粉糖振ったりココアパウダー散らしたりカカオニブ埋め込んだりは、まあ好き好きで。


「赤白チェック柄がカイエンペッパー、緑がカルダモンと黒みつ、白がピンクペッパーとぶどう山椒ね」


 あのなんかぎざぎざのカップに入れたスパイスガナッシュをカウンターに並べながら、俺は説明した。

 泣き疲れた詩怨は、激安クソ雑魚タブレットの画面を見るでもなく眺めながら、ぼけーっと聞き流していた。


「ほんでお酒。レモンめちゃくちゃハイボール」


 くし切りにした青レモンを過剰にぶちこんだ、酸っぱくて強烈に香る角ハイボール。

 こいつが甘いものによく合う。

 

「はいかんぱい」


 手にしたグラスを、カウンターに置き去りのグラスとぶつける。

 完璧に無反応だ。

 いいや呑んじゃえ。

 あー染みる、染み渡っていく。

 酸と香が全身をぎゅんぎゅん走って体の輪郭がふんわりする。


「いやこれうまいわチョコ、カイエンペッパーいい仕事してる」


 甘くてかすかに苦くて体がかっと熱くなる。

 ここにハイボール。

 舌に重たい甘さとカイエンペッパーの痛さがするっと消える。

 疲れた時は甘いもんと酸っぱいもんを交互永久摂取するのが一番だな。


「食べて、いいですか?」


 詩怨が言った。

 これは、重症だな。


「お食べお食べ」

「ありがとうございます」


 詩怨はピンクペッパーとぶどう山椒のガナッシュをぱくっとほおばり、目を見張り、見張ったかと思った目のハイライトがすっと失せ、ちびりちびりとハイボールを呑んだ。


「おいしいです」


 わずか数十分前、知りもしないサンシャイン池崎を小声で急に擦ってた人間の姿とは思えない。


「ほら、展開作ってお姉さんになるんでしょ」


 俺は元気な声を出した。

 これはもう、事態を直視して慰められるような規模の話じゃない。

 詩怨が冥王で、色んなやつを直接間接問わずぶち殺しまくったのも、町田市に無数のモンスターを解き放ってめっちゃくちゃにしたのも、動かしようのない事実だ。


「またあれやってよあれ。あの面白いやつ」


 だからもう、酒と甘いものしかない。

 ばかでかい塊をどうにかやり過ごして、これからの日々で小分けに消化していくしかないってこと。


 ネタを振られた詩怨は鼻をすすり、上目遣いで俺を見た。

 それからハイボールのグラスを手に取り、俺に突きつけた。


「……んかあ」

「えっ? あはははは!」


 あまりにも予想してなくて数年ぶりに声上げて笑っちゃったよ。


「朝昇じゃん」

「一本いただきました」

「なんでよりによって。サンシャイン池崎はどこいったの」

「これが一番、臣下さんに刺さってたかなって」

「そうかもしれない」

「へ……へへ……」


 誌怨の笑顔には無理があった。

 自分に笑っていい資格なんてないと思ってる笑い方だった。

 でもちょっとはましになったな。


「今日はもうとにかく呑もう。詩怨も俺も何一つ受け止めきれないから、今日は呑む。明日からじっくり考える。そういうことで一つどうっすか」

「はい」


 あんまりにも弱弱しく、それでも、詩怨は返事をしてくれた。

 で、ハイボールをくくくーっと呑んだ。


「じゃあチョコ食べて」

「あっこれ辛っ、え、辛い、おいしい? え? え?」

「呑んで」

「んおおお分かりかけている何かを」

「このチョコ食べて」

「えっ? チャイ? 何? 黒糖? え? え?」

「ハイボール」

「おおおおおおお閃いた閃いた閃いた」


 よし、甘味と酸味とアルコールがキマってきたな。

 お菓子と酒は人生の防空壕だ。


「んはー! うますぎますね! チョコとスパイス! 革命です!」

「うんまいよね、スパイスチョコ。はじめて食ったときはびっくりした」

「これはやばい! 臣下さん、朕は理解しちゃいましたよ。これ、マンドレイク入れるのアリじゃないですか?」

「マンドレイクは扱ったことないな。ミル姉さんに頼んでみるわ」

「お、ネタ一個できたじゃないですか。次はこれで決まりですね!」

「いいね。やるか」


 そのときだった。

 激安クソ雑魚タブレットで垂れ流しにしていた動画の、めちゃくちゃ小さな音声が、カクテルパーティ効果で一つの単語を俺たちの耳に届けた。


『――ヘルガワ。ヘルガワシオン』


 俺たちは同時に画面を見た。

 見たことないVチューバーの、まずまずハイクオリティなガワが、こっちを見ていた。


「今、なんか、おお? なんだ、どちら様?」

「この人ですか? veilさんですよ。個人勢なんですけど登録者数六万人もいて、ASMRがうまくて聴いてて勉強になるんです。機材すごいんだろうなあ」


 詩怨は側面のボタンを連打して音量を上げた。

 そういえばASMRやってたね詩怨。

 『メスガキ様の分からせ耳かきASMRになんか絶対負けない!』っていう、あまりにも聞くに堪えないやつ。

 あれ多分、昔のiPhoneについてた付属のイヤフォンでやってたんじゃないかな。


 いやそれは今どうでもよくて。


「いまなんか、ヘルガワって言ってなかった?」

「んあ? おおお、うあー! 言ってました! 言ってた今 言ってた言ってた言ってたなんでなんでなんで!」

『ヘルガワ。次のゲームは、バーチャルASMRバトルをするよ』

「バーチャル……ASMRバトル……!」


 詩怨がごくりと息を呑んだ。

 バーチャルASMRバトルって何?

 なんかバーチャルラップバトルみたいに、二人ともさもありそうな感じで通じちゃってるけど本当に何?


『ヴェルは、もう負けないよ』


 冥王ヴェルガシオン……いやさ、登録者数六万人の個人勢Vチューバーveilが、登録者数四十二人の底辺クソ雑魚Vチューバー地獄川詩怨に宣戦布告した瞬間だった。

ホーン・ブーブス おしまい!

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― 新着の感想 ―
[良い点] おぉぉ!!!!次がめちゃくちゃ楽しみです! [一言] どうでもいいですけど私は刃牙ならやはり花山さんが一番に好きです、あの溢れる侠気たまりません。
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