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ダンジョン居酒屋さんまるいち  作者: 6k7g/中野在太
エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー
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エンター:ドラゴン・イマジナリー

 銅鑼が鳴らされた瞬間、ヨーカがまっすぐ突っ込んできた。

 え? とか思ってる間に拳がまっすぐ突き出されて、顔面にぶち当たった。

 あれ? とか思ってる間に俺は数メートルすっ飛んで、鼻の奥がなんか焦げくさいし口の中に砂がめっちゃ入ってる。


「ストレートリード! ご主人! 立って距離詰めて!」


 アルセーの声が、なんか、ぐわんぐわん聞こえる。

 よろろっと立ち上がった俺のすぐ近くにヨーカがいた。


 後足で踏み込んで、右足を振り子のように繰り出すローサイドキック。

 蹴りの軌道は、俺の股間をめがけている。


 なんか一瞬、いろんなことを考えてしまったな。

 妻帯したり子ども授かったりは俺の人生になさそうだから、お子さん欲しい男性に比べりゃ安いっちゃ安いのかな。とか。

 爆笑問題の田中が取ったのって左だっけ右だっけ。とか。

 あれ太田にめっちゃイジられてたけど実は癌だったって聞いて、なんかすごい、コンビとしての絆を感じちゃったよね。とか。


 体が勝手に後ろに飛んで、俺は、金的を避けていた。


「おお」

「くぁっはっは!」


 笑いながら、ヨーカがストレートリードで突っ込んできた。

 俺は迫る右拳を叩き落しながらヨーカの左手側に回り、ぺなっぺなのパンチを顔面めがけて振ってみる。

 かわされて、左膝に衝撃が走った。

 ヨーカのサイドキックが、体重を乗せた膝にぶっ刺さっていた。


「いいぞ、冥き力の拳士!」


 蹴り離れたヨーカを追っかけて、左フックを打ってみる。

 当たりやしない。


「その剥片でさえ全象万物ぜんしょうばんぶつを暗やみに繋ぎとめる、ヴェルガシオンの昏き権能! 心地よいぞ、悲嘆のおらび!」


 右フック、左フック、全部当たらない。

 ヨーカはゲラゲラ笑いながらヒョイヒョイ避けている。


「プロトンにジークンドーを授けたのは、他ならぬこの私よ!」


 またもサイドキックが膝に刺さった。

 やばい、膝がミシミシいってる。

 ふだん曲がらない方向に曲がる手前まで来てる。

 おまけに、思いがけない師弟関係の話が面白すぎて集中力が切れちゃったよ。

 これちょっと、元気よく飛び出したのはいいけど勝ち目なさそう。


「落ち着いて、ご主人! 前手から! 前手からいきますよ!」


 ああそうだ、まずは距離設定からだった。

 さんざん見てきて勉強したのに、実践って上手くはいかないもんだね。


 左手を前に構え直し、まっすぐパンチを出す。

 なるほど、この距離じゃ届かない。


「そう! 呼吸してー呼吸してー! フェイント混ぜましょう!」


 息すんの忘れてたわ、ありがとうアルセー。


 今度は、拳を出さずに左足で踏み込む。

 反応したヨーカが、右手をさっと前に突き出した。

 なるほどー、これがフェイントの効果か。


 次は実際に左ジャブを出してみる。

 ヨーカは前手で俺の拳を叩き落した。

 それっぽいそれっぽい。


「ご主人、ワンツー!」


 左のフェイント、左、右。

 突き出した拳が、ヨーカの顔面にごつんとぶつかった。


「ナイスゥー!」


 アルセーの掛け声が異常に頼もしい。

 今まで後方セコンド面とか心の中でイジって本当にごめん、めちゃくちゃありがたい、セコンドってこんなにありがたいんだね。


「前手前手前手! 圧かけて圧かけて! サイドキック来ますよ!」


 アルセーの言葉とほぼ同時に、関節狙いのサイドキックがすっ飛んできた。

 俺は左足をばっと退いてキックを避け、すぐにスタンスを戻した。


「譲らない! ご主人下がらない! ほらストレートリード!」


 ヨーカの突き上げるような右が飛んでくる。受けた前手がすぱーん! と跳ね上がった。とんでもない威力だ。肩がもげるかと思った。


 でも、なるほど、分かってきた。

 サイドキックで近づかせず、俺が嫌がって離れたところでストレートリードを打ってくる。

 これに金的を絡めるのがヨーカの基本戦術だ。

 分かったからなんだって話ではあるんだけど。


「タックルもありますよ、タックルもありますよご主人!」


 そっか、その手があったか。

 俺はジャブを振りながら距離を詰めた。

 頭を振ってヒョイヒョイかわすので、むかついて左の飛び膝蹴りを出すと、ヨーカは大きく下がった。

 もう一発、左膝、のふりをした右フック。これにもヨーカは反応して後退する。


「いいですよご主人、スーパーマンパンチいいですよ!」


 あ、スーパーマンパンチってこれ?

 飛び膝蹴りをフェイントにしたパンチのこと?


 ヨーカの体が浮いている。

 これいけんな。


 俺は後足で強く地面を蹴り、身を低くしてヨーカに突っ込んだ。


「ナイスゥー!」


 ありがとねアルセー。


 ヨーカは、両足を後ろに投げ出しながら俺の背中に手を突き、思いっきり体重をかけて押し潰してきた。

 無理やり前進しようとしたら、首の下に左腕を差し込まれ、押しのけられた。


 突き放された俺めがけて、ストレートリードが飛んでくる。

 額に直撃して、一瞬、視界が真っ白になる。

 両手をぶんぶん振り回して反撃してみたけど、俺のパンチは全部空を切っていた。


「えー、なに今の」

「スプロール。タックルを切る、基本テクニックだ」


 独り言に、ヨーカが答えてくれた。

 もしかして面倒見のいい人?


「なるほど、そんなんもあるのか」


 基本の割にはアルセーやってなかったよねミル姉さん相手に。

 あーそか、だからミル姉さんはグラウンドでの勝負にいったのか。

 こいつ基本のディフェンスもできてねえじゃんって。

 面白いな格闘技。

 ジム通っちゃおうかな生きて帰れたら。


 しかし、そうか、あんなんされるんだったらタックルいくのも考え物だな。

 いやいや待てよ、やりようはあるぞ。


 えーと、こんな感じだったっけ。


 俺は後足で地面を蹴り、肩を思いっきり開きながら左拳を突き出した。

 ストレートリード。

 ヨーカの鼻に拳がぶつかる、浮かせていた左足で地面を踏みしめて前のめりになり、体重全部をパンチに乗せる。

 左拳が、ずるっと横滑りした。

 たぶん、鼻の軟骨を潰した。


 下がるヨーカを追って右ストレート、左ジャブ。

 更に追いながら右ストレートのフェイントをかけると、ヨーカが被せるような左フック。

 俺はフックを避けながら、右サイドキックをヨーカの肋骨に叩き込んだ。


「お゛っう」


 バランスが崩れたところに、再び胴タックルを仕掛ける。

 ヨーカの背中が、壁にぶつかった。


 たぶん壁レスってこういうことだと思うんだよな。

 スプロールでタックルを切られないよう、壁に押し付けてからテイクダウンする。

 分かってきちゃったんじゃないの?


「足かけて! ご主人!」


 やってはいるんだけどね。

 鉄の杭を蹴ってるみたいで微動だにしないんだ。


「恐るべきは冥き力よ。二等人類を“血の五眼ごげん”でこうも引き上げるとは」


 ちょっとちょっと、リンヴァースの区分だと地球人類って二等の括りなの? 聞き捨てならないぞ。


「我が力、昏い権能に伍するや否や……思わぬ力試しだなあ!」


 ヨーカは俺の右腕を左腕で抱えた。小手を巻くってやつだ。

 で、空いた右腕を俺の顎に押し付け、強引にスペースを作った。


「おあ、おが」

「シッ!」


 顎に、がつんと肘打ち。世界まるごとちかっと光った。


 みぞおちに、ヨーカの右拳が当てられた。

 直後、とんでもない衝撃が腹に走った。


「うっぶぇ」


 なんか今、え? 何されたの俺。


 力が抜けた瞬間、ヨーカは巻いた小手で俺の体を振り回した。

 体勢が入れ替わり、今度は俺が壁に押し付けられる。


「寸勁をあの態勢から!?」


 アルセーが叫んだ。

 寸勁って、あの久我重明がやった寸勁?


 ヨーカの両腕が、クワガタみたいに俺の首をがちっと挟んだ。後頭部に、ヨーカの重ねた両掌が押し付けられた。


「おお?」


 なんだこれ?


「首相撲です! ご主人、胸張って! おなかくっつけて!」

「うわわわわ」


 やろうとはしてるんだよ、本当に。でもめっちゃ振り回してくるんだ。


「シャッ!」

「うぶぇ」


 腹に膝蹴りが刺さる。腹の中がどろっとした重たい液体になって内臓を破きながら落ちていくような感覚でしんどすぎる。


「シャッ! シャッ! シャッ!」

「ぶぇっぶぇっぶぇっ」


 ヨーカの膝が引いた瞬間、俺は腰を突き出して腹に腹をくっつけた。


「いいですよ、呼吸忘れずに!」


 回し蹴りみたいな膝が脇腹にどすどす叩き込まれてめちゃくちゃしんどい、絶対に内臓割れてる。


「呼吸して! 相手の顎を押して!」


 両手で、相手の顎をぐいーっと押す。蹴りの後でボディバランスが崩れていたのか、あんがい簡単に、ヨーカはのけぞった。


「スペースできた! 腕突っ込んで抱えて!」


 ヨーカの両腕の間に自分の両腕を突っ込み、今度は俺が相手の頭を抑える番だった。


「膝っ! 膝っ!」


 アルセーが叫ぶ。

 右膝を、次いで左膝を、ヨーカの腹に刺す。ヨーカがうめき声を漏らす。


「膝! ずっと続けて! ずっとそれです!」


 しゃいっしゃいっしゃいっしゃいっ。


 俺の膝に合わせて、観客が手拍子と歓声。これ、いくらなんでも気持ちよすぎる。脳が溶けそう。やばい、今ならすべてが理解できるし完全に体を動かせちゃうぞ俺。


 ヨーカが俺の顎を両手で押そうとしてきた。ロックをほどいて素直に離れながら右フックを顎にぶち込む。ごつんと、ばかでかい魚がかかったときの釣り竿みたいな、腕全体に反響する手ごたえがあった。


「腋差せます!」


 俺は両腕をヨーカの腋下に突っ込んで抱きかかえると、背筋を反って力の抜けた体を持ち上げ、地面めがけて叩きつけた。


「ナイスゥー!」


 俺は倒れたヨーカのみぞおちに左膝を乗せ、顔面めがけて拳を落っことした。一発、二発、三発。右、左、右。無抵抗な肉体を、がむしゃらに殴り続ける。


「クロールパウンド……神の子……!」


 アルセーが両手で口を覆い、目をうるうるさせた。


 クロールみたいに左腕を引いて、顔めがけて落っことそうとして、俺はバランスを崩し横転した。

 腕を突いて立ち上がろうとして違和感に気づいた。


 なんか、左腕の肩から先が、ない。


 サボってるのに気づかれて慌てて仕事を始めたみたいに、ずたずたの傷口から血がびゅーびゅー噴き出しはじめた。


「えー」


 ドロボンじゃん。ハヌマーンで観たことあるやつじゃん。ウルトラセブンとハヌマーンに腕を引っこ抜かれたやつじゃん。


 痛い、とかじゃない。もうそんなの通り越してる。わけが分からないまま、体中からどんどん力が抜けていく。


「冥き力、堪能した」


 俺の腕を口に咥えた白龍が、空にふよふよ浮いていた。

 ニーオンザベリーで制圧していたはずの体は、服を残して消えている。


 あ、そういう?

 第一形態と第二形態がある感じの?


 やばいやばいやばい、なんか、命が抜けていく。

 すっげえ怖いしすっげえ眠いしすっげえ寒い。


「ご主人!」


 闘技場に飛び込んだアルセーが、俺を抱き起した。


「エアーによる福音書、三章第五節より! ささげものの羊!」


 奇跡を詠唱すると、蛇口をゆっくりひねるみたいに、血の流出が緩やかになっていき、止まった。



 どじゃあああああああん。



 銅鑼が鳴る。



「ただいまの試合、セコンドの乱入によりッ! 勝者、ヨーカッ!」


 白龍は勝ち名乗りを上げ、俺の腕をぺっと侮蔑的に吐き出した。

 セコンドの乱入はなしで形態変化はありなの?

 ルール作ってるやつってずるいな。


 アルセーは血まみれの転がった左腕を拾い上げると、傷口にぐいっと押し付けた。


「ありがとね、アルセー。でもくっつくもんなの?」

「冥王のバフと、わたしの奇跡があれば、なんとか……としよりドラゴンとまいごのエルフ、第一章より、粘土をこねたら雲になる?」


 傷口がぱああ……と光り、おー、指動いた。くっつくもんだね。


 白龍は十字架にかけられた首無しの死体にしゅるしゅるっと近づいていき、顔を寄せた。


「おお……冥王ヴェルガシオン……冥王の存在根が、とうとう、我が手に」


 感極まった声を上げたヨーカは、鼻先を詩怨の腹に押し当てると、舌でちろっとなめた。


「あいつ殺すわまじ」

「動かないで、ご主人! 死にますよ!」


 アルセーに力いっぱい抱き留められると、俺はもう身動きすらできなかった。


「冥き力は我らを統べ、我らを見つけ、我らを捕え、全象万物ぜんしょうばんぶつを暗やみに繋ぎとめる。ドラゴン・イマジナリーは、我が悲願は……ッ! 今こそ……ッ!」


 詩怨をくくった十字架のすぐ後ろにどす黒く渦巻く虚無が沸き、そこから、槍みたいに尖った指先を持つ骨だけの両腕が這い出した。


「いざや万年凌遅ばんねんりょうち!」


 骨の両腕は詩怨の体を後ろから抱くと、爪を立てた。こないだららぽで買ったスプリングコートが裂け、キャミソールが裂け、素肌が裂けた。


 どわーっどわーっどわーっ。


 観客が狂ったような歓声を上げる。


 どわーっどわーっどわーっ。


 まじで殺すこいつら全員。


「折れよ、折れよッ! 骨よ、肉よ、精神よ! 冥き力を、我が手に授けよッ! くぁっはっはっは!」


 白龍は哄笑しながら躍り上がり、俺たちを睥睨した。


「冥王の力を得て、今こそ虚界イマジナリーを我が権能で書き換えよう! 大イスタリ宮の全土は白龍ヨーカのルールによって、永久の秩序を得る! 我こそが虚界! 我こそがドラゴン・イマジナリー!」

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