エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑬
「どうでえ、アルセー」
「まったく……」
「試合なら、素手で戦うのがルールだ。おれに分があるんじゃねえかなア」
アルセーはローブを脱ぎ、チェストガードとショートパンツのファイタースタイルになった。
「だれか、バンテージとオープンフィンガーグローブを」
アルセーに応えて出てきたのは、ミル姉さんだった。
「ハメられたわね、アルセー」
ミル姉さんは、アルセーから装備を受け取って小脇にはさんだ。
「すみません、勇者様」
バンテージを巻かれながら、アルセーは頭を下げた。
「強すぎるのも考えものねえ。真っ向勝負しかできなくなるんだもの」
メイズイーターの冒険話はいろいろ聞いてきたけど、言われてみれば全部ゴリ押しで解決してたな。大量発生したスライムを全部殺すとか、大量発生したゾンビを全部殺すとか。ハメ手には弱いわけか。
「荷物を抱えたまま戦うつもりですか?」
アルセーが首だけこっちに向けて言った。
「いいハンデになると思うんだがなア」
嘲笑いながら、プロトンは俺をぺいっと放り投げた。背中から落ちて痛い。
「ごめん、足めっちゃ引っ張っちゃった」
俺は気まずい気分でアルセーとミル姉さんのところまで歩いていく。
「いえ、わたしは感謝すべきなんでしょうね、ご主人に。“ゴロ巻き”と闘れるんですから」
「助かるよ」
慰めのつもりで言ったのかと思ったんだけど、アルセーの口角は、角みたいに吊り上がっていた。
ガチ装備で一方的に惨殺するより、拳一つで挑みたいんだな。
プリーストって何?
オープンフィンガーグローブをはめた手指を何度か開閉し、ひとつ頷くと、アルセーは闘技場のまんなかに歩いて行った。
「私たちは下がりましょう。今は、アルセーが無事に帰ってくることを願うだけだわ」
俺たちは通路の入り口あたりまで後退した。
数メートルの砂地を挟んで、アルセーとプロトンが向き合う。
「一つ、聞かせてください。どうしてご主人を襲ったんですか?」
「あの根性あるお兄ちゃんは関係ねえよ。おれの仕事は、冥王の生首を虚界の海にでも捨てちまうことだ」
「それが、白龍ヨーカを利するわけですね」
「さあてなア。雇用主の事情には踏み込まねえんだ、おれはな」
なんだか戦いに次ぐ戦いのせいで、今どうなってんのかよく分からんことになってきたな。ちょっと整理すっか。
①白龍ヨーカは司法権(とみなされる権力)を持っている異世界の大人物。“万年凌遅”という呪いで冥王ヴェルガシオンを裁くため、詩怨の肉体を虚界に持ち去った。
②しかし、もともと白龍ヨーカにきなくさいものを感じていたミル姉さんによれば、憎悪の存在根――つまり、詩怨の首から下――だけを虚界に運んだ理由について、なんらかの企みがありそう。
③で、白龍ヨーカからすると、愛の存在根――ボストンバッグの中に入っている詩怨の生首――が虚界に存在するのは、都合の悪いことらしい。
④となると、②におけるミル姉さんの疑いっていうのは、芯を食ってそうな感じがあるよね。
こんなところか。
「けっきょく万年凌遅ってなんなんすかね」
ここがなんも分からん。詩怨がただただひどい目に合うんだろうなーというのは字面から想像つくけど。
「サンマルイチ号さんの考えている通り、拷問よ。拷問というゲームの、ルールと勝利条件を考えてみて」
「ルールは……なんだろ。できるかぎり苦しめることっすかね。勝利条件、えー? 勝利条件? 自白とか?」
「ほとんど正解よ。もうすこし正確に言えば、権力への屈服ね」
「なんか分かる気がします。魔女じゃないのに、拷問がしんどすぎてついつい自分は魔女ですって嘘の自白しちゃうやつっすね。心が折れるっていうか、精神的に負けるというか」
ミル姉さんは俺の頭をぽんぽんした。やれうれしや。
「ある種の儀式では、穢れを払うための手段として拷問が用いられていたわ。“清められた”者だけが証言する権利を与えられるのよ」
両手の人差し指と中指をくいくいさせながら、ミル姉さんは言った。
「やべー発想っすね。あー、でも、なんか、分かってきたな。とにかくめっちゃ傷つけて、ヴェルガシオンを屈服させるのか」
なるほどね、分からせリョナね。生きてようが死んでようが自分の意志だろうが他人の意志だろうがノルマを達成していく姿、メスガキとしての風格が出てきたな。
「だからこそ、白龍ヨーカの万年凌遅は呪詛術の極北とされているの。死よりも、遥かにおぞましい末路だわ」
このワンデイトーナメントの優勝者は、ヴェルガシオンを分からせられる。それはたぶん、ものすごくやばいことなんだろう。
「今はとにかく、ヨーカのゲームに付き合うしかないわ。私かアルセー、どちらかが優勝する。それがクリアすべき最低限のハードルよ」
ミル姉さんは闘技場に目を向けた。
「試合ッッッ開始ィイイイイイイ!」
良い声の人が叫び、どじゃーん! と銅鑼が鳴らされた。
アルセーは例の、半身にして左拳を突き出した構え。プロトンはさっきも見せた、前の右足でどっしり地面を踏み、後ろの左足を少し浮かせた構え。
「プロトンはパンチで戦うつもりなのね。この身長差では組めないもの」
「そうなんすか?」
「スタンスを見れば分かるわ。ほら、足を大きく開いて前足に重心をかけているでしょう。おまけにサウスポーね」
「あ、右手が前になってるのが?」
「ええ」
はーなるほど、どんどん勉強になる。
アルセーがすり足でプロトンににじり寄った。
プロトンが下がりながら前手で丸太みたいなジャブを突く。アルセーも左手を返すが、哀しいぐらいに空振りだ。
「お互いに距離設定の時間ね」
ジャブで、自分の攻撃が当たる距離を探っているわけだ。そうは言っても、リーチ差は身長以上。
「またあれやるのかな」
「あれを狙っているでしょうね」
相手のパンチを手で払いながら引き込んで、目を狙うカウンター。体格で劣るアルセーが勝つには、卑劣な残虐ファイトしかない。
プロトンが踏み込むようなフェイントを入れた。反応して下がったアルセーを追い、左ストレートを放つ。
畳まれていたアルセーの右拳が、蛇のように飛び出した。
突っ込んでくるプロトンの左腕、その手首をキャッチ。
内側から押して、拳の軌道を反らす。
相手の体を十分引き込むと、飛び跳ねながら、左のバラ手で眼球を突いた。
「っとオ!」
プロトンは、眼球突きをスウェーであっさり避けた。
で、アルセーはどうしたかというと、伸ばした指先をプロトンの鎖骨に引っ掛けたのだ。
「はア!?」
左腕を引く力で、砲弾みたいに、アルセーは頭からプロトンの顔に突っ込んだ。
アルセーの額とプロトンの鼻が、激突する。めぎゅ。とか、どぅちゅ。みたいな音がする。
のけぞったプロトンの鼻とアルセーの額の間に、真っ赤な血の橋がかかった。激痛にきつく閉じられたプロトンの瞼から涙がこぼれた。
胸板を蹴って跳び離れたアルセーを追い、プロトンの腕が伸びた。アルセーは空中で身を捻ると、プロトンの手首に両腕を巻き付けた。
「がァああ!」
ぶら下がるアルセーを地面に叩きつけようと、プロトンが腕を振り上げる。アルセーはプロトンの肩に乗ると、抱えた腕をばんざいするように掲げた。
「極まってる!」
ミル姉さんが叫んだ。プロトンの肘は天に向けて高く突き出され、手首が変な方向にねじ曲がっていた。
「ハイー!」
アルセーは肩を蹴り、プロトンの背中側に向かって飛んだ。プロトンは手首を極められたまま地面に叩きつけられ、仰向けにぶっ倒れた。
「四方投げ! アルセー、天才だわ!」
アルセーは飛び跳ね、畳んだ膝を真下に向けた。倒れたプロトンの喉仏に刺さる、寸前で、横から張り手が飛んできてアルセーの体は数メートル吹っ飛んだ。




