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ダンジョン居酒屋さんまるいち  作者: 6k7g/中野在太
ワイバーンの松かさ揚げ
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ワイバーンの松かさ揚げ⑤

 どくんと、心臓が一跳ねした。

 血管を、冷たく粘ついた液体が素早く流れていくような感覚。


「“血の大力たいりき”のバフです。STRとVITが著しく上昇します」

「ステータスあったんだ、俺」


 そういうの異世界人リンヴァーシアンだけの特権だと思ってたよ。

 できる限り無縁でいたかったけど、ことここに至ってはしょうがない。


 俺は洞窟の入り口に顔を向けた。 

 折よく突っ込まれたワイバーンの前肢に、ぐっと手をかける。


 触ったところが、ぶどうでも潰すみたいにぶちゅっと潰れた。

 返り血の思わぬ熱さにびっくりして、前肢を掴んだまま、とっさに手を引く。

 うろこに覆われた腕がずぼっと抜け、血を噴きながら斜面をずるずる滑り落ちてきた。


「うわ、うわ、うわわわわわわ」


 洞窟の外で、痛々しい絶叫。

 巨体がのたうち回り、割れた小石が洞窟の天井からぱらぱら落ちてくる。

 瀬となって斜面を流れる血が靴を濡らす。


 俺は、え……こんなに? の顔で詩怨しおんを見た。


「ハヌマーンで観たことあるやつですねっ!」

「ドロボンじゃん」


 畳まれたワイバーンの前肢は、血の海に浸っていた。

 ずたずたの飛膜が、力なく液面を漂っている。

 魚屋のにおいがする。


 なんだろう。

 こんなつもりじゃなかったんだけどな。

 気合を入れたらカッ! って光がドーム状に走って、終わったら敵の姿が跡形もないみたいな……もっとこう、命を奪う感覚が薄い想定だった。

 

 ずしんと洞窟が揺れ、跳ねた血が頬にかかってなまぬるい。

 もう一発の縦揺れで、よろけた詩怨をキャッチする。


「えなにこれうわわわわ」


 揺れは断続的で、やがて周期がどんどん短くなって、壁に天井にビシビシ亀裂が走りはじめた。

 なにをされてるのかは明白だ。

 ワイバーンが、何度も何度も洞窟に体当たりをかましている。


「あの下等種族、洞窟ごと朕を潰すつもりみたいですね」

「復讐心? けっこう高等な発想だ」


 これはあれか、やるしかないのか。

 死ぬまで他人事でいたかったけど、まあしゃーなしだね。


 俺はぬるつく血に何度もつまづきつつも洞窟から這い出し、ワイバーンと相対した。

 片翼のモンスターは、殺意にギラつく琥珀色の眼。

 命のやり取りだ。


「っしゃ来い」


 俺は腰を落とし、がばっと両手を広げた。

 ワイバーンは血の尾を曳きながらまっすぐ突っ込んできた。


 ぐっと足に力を込めて、全力で振り出してみた。

 だっせえぺなっぺなの前蹴りが出力された。


 つま先が触れるより先に、俺の足から飛び出した衝撃波みたいなやつがワイバーンを襲った。

 時間感覚バグったっぽいなこれ、十メートルの巨体が頭から崩壊していくの、やたらゆっくりに見える。

 

「うっわ」

 

 うわうわうわうわ。

 うっわ。

 やっば。


 粉みじんになった肉片が、やや遅れて雨のようにバチャバチャ降ってきた。

 これは飛膜だな、さっとゆがいてポン酢で食ってもいいし、ゆーっくりあっためてワイバーン油を抽出してもいい。

 なんだろうこれ、素嚢ガツか、食いでがあっていいよな、こりっこりなんだよ。

 この脂肪っぽい塊はサンカクだね、しっかり焼いて食いたい。


 血と内臓の臭いと熱で、なんか頭がクラクラしてきた。

 すっごいなんか、ものすっごい眠い。

 体めっちゃ重い。

 バフ切れたんだな多分。

 これ数秒後に失神するんだろうね。

 失神、生まれてはじめてだけど気持ちいいじゃん。





 俺は血まみれで自室に横たわっていた。

 畳の目地に乾いた血の粉がむちゃくちゃ詰まってる。


 服をぜんぶ適当なポリ袋に突っ込んで、シャワーを浴びて、深夜二時。

 酒でも飲んでぜんぶ忘れようと店に下りる。


「臣下さん!」


 インパラみたいなねじれ角の紫銀しぎんふわふわロングヘア幼女がテーブル席につき、サバ缶でストロング系チューハイをやっつけていた。

 ロング缶だし、床に転がる空き缶を見るに三本目だ。

 ムチャな呑み方してると肝臓壊すよ。


「やっちゃいましたねえ! 臣下さんやっちゃいましたねえ!」


 声がめちゃくちゃでかい。

 べろべろだね君。


「どえらい迷宮大気適性ですよっ! 朕のバフがあそこまで刺さるなんて! モンスターなんですか?」

「心当たりがないではないんだよな」

「あれはもう……適性ですね。適性としか言えない。モンスターですよもはや。すごい適性ですから」


 まともに会話できないレベルの酩酊じゃん。

 ほっといても自動的に潰れるな。


 俺は厨房に入って冷蔵庫を開けた。

 自分で呑む用ののどごしゼロの横に、ラップでくるまれた肉片。

 細かいうろこでびっしり覆われていて、あからさまにワイバーンのものだった。


「あーね」


 なるほどですね。


「食べられそうなとこ残っててよかったですね! ちゃんとラップしときましたっ!」


 え、それがまっさきに伝えたいことで一番の善意の現れなの?

 もういいや、酒飲んで寝よう。


 冷蔵庫を閉めて振り返ると、詩怨がリングライトの光をこっちに向けていた。


「なになになになに」

「はいこんにちは人類どもー! 地獄川ヘルがわ詩怨しおんですっ!」


 なんか始まったね。


「今日はですねー、あのー、引っ張ってもしょうがないんですぐに企画入っちゃいましょう! コラボ企画です! いよいしょー!」


 フリー素材の拍手と歓声が聴こえてきそう。


「モンスターアペタイザーアンバサダーの臣下さんっ! よろしくお願いしまーす!」

「元気だねー君」

「臣下さんっ!」

「……よろしくお願いします」

「さあ、今日はどんなモンスターアペタイザーを作っていただけるんでしょうか!」


 この世一めんどくさい。

 異世界人リンヴァーシアンはいつもいつでも俺をこの世一めんどくさくさせるんだな。

 

「えー……今日は……ワイバーンで優勝していきたいと思います」

「もっと大蛇丸っぽく!」

「なんだばかやろー」

「あはははは! アニオリのやつ! 知らない人の方が絶対に多い!」


 スベる前提で言ったのに一発で分かるのすごすぎない?

 めちゃくちゃナルト詳しいね君。

 ナルヒナ派だといいんだけど。


「これさ、バズるとしたらツイッターじゃない?」

「朕は! 好きなことだけやって!」

「そのうえでチヤホヤされたいんだよな。ごめん、失言だった」


 ツイッターで流行ったネタをフった俺が悪かったよ。

 そこは素直に受け止め、改善していきたい。


「はい、いろいろあったけど結婚おめでとういただいたところでね、やっていきましょう!」

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