エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑫
「ヨーカ様の権能ってのは、そりゃあたいしたもんよ。カタにハマれば冥王だって縛れちまう。逆に言や、ルールの裏を突こうとするごうつくばりも湧いてくるってこったな」
「やくざな連中がいたもんすね」
「そういうやつをよ、裏でよ、始末するのがおれの仕事よ」
俺とプロトンは、コロシアムの地下に続く階段を下っていた。
「神饗の選手になって、試合じゃあなく、裏で相手を始末しようとするなんてなあ良くある話よ。ゲームのルールでな、選手を攻撃できるのは選手だけ。おれはよ、そういうごろつきの、いわば始末屋よ。騒擾オケアノスの、いっちまやあ仕事だわな。金のためなら、女王蜘蛛のお姉ちゃんに負けてやるような無様も呑めるってわけだ」
踊り場を越えて曲がった先に、天井の高い空間が現れた。なんか獣人っぽい人が、枝肉みたいに吊るされていた。
「うお、まじか」
え、死んでんの? え? え?
「“爪獅子”ガルス・キューラー。惨禍ヒュペルボレオイの若頭よ。てめえんところの下っ端を補欠登録して、数に任せて闇討ちを仕掛けやがった。おれを相手にしたのが失敗だったな」
プロトンはガルスのケツを平手でぺちーん! と張った。ガルスが振り子のように揺れるのを見て、プロトンは満足げにうなずき、腰に吊ったうさぎの燻製肉を頭からバリバリかじった。
「始末屋の仕事なんてえのは、いろいろあるわけよ。冥王の、愛の存在根なんかをわざわざヨーカ様の塒に持ち込んじまったうすのろが現れたときなんかも、おれの出番だ」
存在根がなんのことはついぞ分からずじまいだったけど、やっぱり愛は生首らしい。いつも一番重要そうな部分だけが俺にとって曖昧なまま話が進んでいくのも、いいかげん慣れが出てきちゃったよね。
俺は詩怨の生首入りボストンバッグを後ろ手に抱え、プロトンを睨みながらゆっくり後退した。
「すげえなあ、お兄ちゃん。なんの力もねえで、守ろうってかよ」
「やー、まー、そんなところっすね」
振り子運動するガルスが俺の視界を横切るたび、プロトンが接近してくる。確実に死んだなこれは。あとのことはミル姉さんとアルセーになんとかしてもらおう。店……店なー、参ったな。後継者の育成とかなんも考えてなかったな。生きて帰れたら社員募集しようかな。
「気に入ったぜ。身体じゃあねえ。精神が練れてンだ、お兄ちゃん。冥王の愛ってえのも、そうやって勝ち取ったんだなア」
「そうなんすかね」
後ろに振り出した足の、かかとが壁についた。もう下がれない。
「悪いとは思わんが、気の毒には感じてやるよ」
プロトンは、吊るされたガルスをのれんみたいに掻き分けて俺に迫った。
「天災でな、住処だの家族だの失っちまったやつを見てそう感じるのと同じように」
俺の胴よりごっつい腕がにゅっと伸びた。俺の腕よりごっつい五本の指が、俺の首にかけられた。
りん――
「エアーによる福音書、第七章七節より」
涼やかに、凛として、鈴の音が響いた。
「“鞭打たれながら這い登る聖者”ッッ!」
中空に生じた無数の鞭が豪雨のように降り注ぎ、打たれたプロトンはがくっと膝をついた。
「なンだア?」
かつん。
かつん。
階段の壁に、降りて来る人間の影が長く伸びる。
薪がぱちんと爆ぜて、焔とともに影も不吉に揺れる。
「失望しましたよ、プロトン・ベルークス」
影の根と床を踏む足が合流し、そこには、アルセーが立っていた。
白に赤い裏地の、くるぶしまであるぽってりしたローブ。
邪悪な虹色に輝く、槌部に鈴の入ったモーニングスター“三千世界大統一天球”。
S級冒険者パーティ【メイズイーター】の正装だった。
「……練れてンなあ」
プロトンはたまらない笑みを浮かべた。
「練れてるわけだぜ。あんた、ただのちっこい強いお姉ちゃんじゃなくて、メイズイーターのアルセー・ナイデスだったのかい」
「そしてあなたは、敬愛すべき“ゴロ巻き”ではなく、けちなA級冒険者のプロトン・ベルークスだったんですね」
「痛い言葉だなア」
はじめて、プロトンが構えた。両手を上げ、前の右足で地面を踏みしめ、後ろ足のかかとを上げる構えだった。
「闘るってのかい、今ここで」
アルセーは冷たい目でプロトンを見下ろした。
「ガチ装備のわたし相手に、何ができるんですか? 顔にひっかき傷でも付けられたら褒めてあげますよ」
そう言えば、冒険者の強さってけっこう装備に依存してるんだっけ。こないだご一緒したルールー・ルーガルーも、迷宮の深層でハクスラに励む狂人と言われてるらしい。
「挑む価値はあるなア」
プロトンはガハハと笑い、体を温めるようにその場でシャドーした。ジャブを突き、肘、膝を振り、体ごとぶん回すハイキック。
「そらア!」
サイドキックが、ぶら下がっていた“爪獅子”ガルスを射抜いた。吊るしていた鎖が引きちぎれ、ガルスは手足をぐにゃぐにゃさせながらアルセーめがけすっ飛んでいった。
「わー! 死んでます! わー!」
思わずガルスを抱き留めたアルセーはいつも通り動転。その隙に、プロトンは俺の体をひょいと小脇に抱えた。
「あー! しまった!」
「迷宮には卑怯者がいなかったのかア、メイズイーター!」
プロトンは前蹴りで壁をぶち抜いた。甘ったるい匂いの、重たく湿った空気が吹き込んでくる。プロトンはガレキをまたぎ、隣の部屋に移った。
「きゃああああ!」
「うわあああなんだ君は! メサイアコンプレックスめいた若い男性向けのそうしたオプションは頼んでいないぞ!」
でっかいベッドの上でお楽しみ中だった女性とおじさんが悲鳴を上げる。あ、この島そういう、なんだろう、性的サービスもやってるんだ。
「どぶ浚いやってきたんだぜ、地上で! おれはよ!」
ガルスを放り捨てて駆け出したアルセーめがけ、後足で、床に落ちた壁の破片を蹴り飛ばす。アルセーがモーニングスターでガレキを叩き落している間に、プロトンは更に壁を抜いて隣の部屋へと。
「きゃあああ!」
「おおー!? そういうオプションかね!?」
でっかいベッドの上でお楽しみ中だった女性とおじさんが悲鳴を上げる。
行為中にチンピラが壁をぶち抜いて襲ってくるオプションってけっこうメジャーなの? そういうサービス利用したことないからうかつなことは言えないけど、それで性的興奮が高まるとはとても考えられないな。
「悪イな、邪魔して!」
プロトンはベッドの上のおじさんを摘まみあげ、追いすがるアルセーに投げつけた。
「わー! すみません! わー!」
「君もオプションなのかね、ニンフの女性! サプライズサービスだとすれば無料なんだろうね!? そうでなければ謝罪するからとにかくまずは説明をしてくれたまえ!」
「わー!」
ぶん投げられたおじさんがすかさず因縁をつけはじめ、アルセーは対処不可能に陥った。
「説明してやんな、アルセー・ナイデス!」
プロトンは小ばかにするように手を振ると、扉を蹴り破って通路に飛び出した。
けっこうとんでもない速度で、プロトンが駆けていく。あっちこっちの曲がり角を抜け、階段を駆け上がり、光射す出口に飛び込む。
どわーっ。
歓声が、体をビリビリ痺れさせた。
闘技場だった。
「“爪獅子”ガルス選手の棄権により、試合の興奮を奪われたとお嘆きの皆様ッ!」
良い声の人が叫んだ。
「どうぞご安心を、どうぞご興奮をッ! 神饗は決して、決して、皆様を失望させませんッ!」
なんかが始まってるね?
「ただいまよりッ! 一回戦で惜しくも敗れた選手による、リザーブマッチを行いますッ! この試合の勝者が、ガルス選手に代わって第二回戦に進出いたします!」
どわーっ。
「入場いたしましたのは、ご存じッ! ステゴロ最強! “ゴロ巻き”! プロトぉおおおおン! ペルークスぅううううううううッ!」
どわーっどわーっどわーっ。
「さあ、対戦相手は……来るか、来るか、来るかァ、来たァああああああ!」
闘技場に現れたアルセーは、ため息をついた。
「“勇者”ミルガルデヴャルド・ギョリンモルデルとの激戦も記憶に新しい、小さき超雌ッッ! “蜂の一刺し”ッ! アルセー・ナイデスだァああああ!」
プロトンはがははと笑った。




