エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑪
「なあるほど。見えてきたじゃねえの、お兄ちゃん」
「そうなんすか?」
「格闘技ってのは不思議なもんでなア。負けた方ってのが、実力以上に弱く見えちまうもんなのよ」
もしかして、ご自身のことを仰ってる? と思ったんだけど、口に出してイジれるほどこの人とまだ仲良くないな。
「おっと、おれのことじゃあねえぜ。ありゃ、蜘蛛のお姉ちゃんが強かったのさ」
「ははあ」
「ま、見てなよ。動くぜ」
圧力をかけ続けられたアルセーはまっすぐ下がり、壁を背にしていた。
「見ねい、お兄ちゃん。追い込まれたぜ、アルセーは」
ミル姉さんは遠間から左ハイを放ち、アルセーがスウェイしたところに胴タックルを仕掛けた。壁に押し付けられながら、アルセーは右腕でミル姉さんの左腕を外から抱え、左腕をミル姉さんの右腋下に差した。
そこから二人は、なんか、体をもたもたさせはじめた。レスリングでよく見る状況だ。
「壁レスもうめえもんだぜ、ミルガルデヴャルド。アルセーは削られちまってる」
「そういうもんなんすね」
プロトンはうなずいた。
「こっから、ミルガルデヴャルドはアルセーの脚を刈って、壁と平行にテイクダウンしてえ。アルセーは倒されたくねえ。そのあたりの攻防が見どころだな」
すごいなこの人、めちゃ打てば響くじゃん。ぜんぶ教えてくれる。
ミル姉さんは、プロトンが言った通りアルセーの脚に自分の脚を引っかけて倒そうとした。一方のアルセーはというと、いきなり下半身の骨が全部砕けたみたいに、すとんと尻もちをついた。くっついていたミル姉さんも一緒になって倒れ、四つん這いになる。
「うまいッ!」
プロトンがぴしゃっと膝を叩いた。
「えーと、どっちが?」
「テイクダウンディフェンス! アルセーは自分から座って壁に背をつけることで、寝かされるのを防いだ。ここで、右の小手巻いたのが活きてくるぜえ!」
外から相手の腕を抱えるの、小手を巻くっていうんだ。どんどん詳しくなってきたぞ。
「小手巻いてな、相手ごと無理やり立っちまうのよ。で、仕切り直す。そうはさせじと――」
ミル姉さんはアルセーの両足を自分の両足で挟んだ。
「相手の足を束ねてテイクダウンを狙うのがミルガルデヴャルドだ。で、あくまで立ちてえアルセーは――」
アルセーは自由にした右手をミル姉さんの首に巻きつける。嫌がったミル姉さんが腰を浮かせた瞬間、アルセーは挟まれた両脚を引っこ抜いた。
「まだだぞ!」
プロトンが吼えた。
ミル姉さんは、左足の膝から下をショベルカーみたいに使ってアルセーの両脚を掬い、腿とふくらはぎで挟んだ。
アルセーの両脚を左足で抱えたまま、ミル姉さんは片足でぴょんぴょん跳ねて右手側に回った。アルセーの体も逆時計回りに捻られていき、背中が壁から外れる。
体重全部を乗っけられたアルセーは、背中から地面に叩きつけられた。
「あ、壁と平行に」
「テイクダウン成功だア!」
すごい、さっきからすべてが言った通りになるじゃんプロトンの。
ミル姉さんは首をアルセーの腕から引っこ抜き、膝をアルセーのみぞおちに乗せた。ニーオンザベリーだ。またも膝を支点に時計回りし、アルセーの左サイドを取る。
アルセーはさっきのように腰を跳ね上げ、背中を丸めて逃れようとした。
一瞬にして、ミル姉さんはアルセーの背後に回り、首に腕を巻き付けた。ミル姉さんはアルセーの胴を両足で締め付けながら、背中を丸めて力を込めた。
歯を食いしばったアルセーが、ミル姉さんの肘を押し上げようとする。が、ミル姉さんの腕はびくともしない。
アルセーはかかとで地面をひっかき、ミル姉さんから逃れようとのたうった。絞められて血流の滞った顔が、どんどん赤く、むくんでいく。
なんか、これ、こういう絵を見たことある気がするよ映画で。思い出した、ノーカントリーだ。頭のいかれた殺し屋が、手錠を使って保安官を絞め殺すシーンがこれとそっくりだった。
静まり返った闘技場に、絞め殺されつつある鴨の鳴き声みたいな異音が響いた。アルセーの喉から絞り出される、苦悶の呼吸だった。
「そこまでッッ!」
銅鑼が鳴り、いい声の人が二人に飛びついた。ミル姉さんが拘束を解くと、失神したアルセーが人形みたいに転がった。
静かに立ち上がったミル姉さんが、拳を突き上げる。
どわーっ。
「おお……そうなのか」
ショックと言えばショックだ、いや、なんだこれ、どういう気持ちになればいいんだ? 知人二人が流血ファイトの末、相手をコーエン兄弟流絞殺術で失神させたの生まれてはじめての経験だぞ。心の置きどころがない。
「作戦勝ちだぜ! 打撃をさせなかったんだからなア!」
拍手しながらプロトンが言った。
「グラウンドに持ち込んだのよ、ミルガルデヴャルドは」
「あー、あー! たしかにたしかに。打ち合わなかったっすね」
「アルセーにゃ“鼈甲蜂”と“薙刀葉蜂”てえのがあんだろ? そことのぶつかり合いを避けたのよ」
「はー、相手の長所に付き合わなかったんすか」
「そういうこと」
「負けた方が、実力以上に弱く見えるってやつっすね」
「覚えてくれたかい、お兄ちゃん!」
プロトンはがははと笑った。
アルセーにはなんらか必殺技があったっぽいけど、それも出せなきゃ意味がない。なんか素人なりに分かってきちゃったな。
序盤に見せたカーフキックや関節蹴りは、必殺技の射程圏にアルセーを入れないためのものだったのか。ほんで、距離が詰まったらすかさずタックル。これまた、必殺技の射程から外れるため。
「グラウンドで削って削って、アルセーの判断力が落ちるのを待ってたのよ、ミルガルデヴャルドは。パウンドにびびったところでバック付いて、リアネイキッドチョーク一本。MMAしてるぜ!」
ぼこすか殴り合っていっぱい血が出たり失神したらうおおお! って話じゃなくて、理屈と戦術がきちんと存在するゲームなんだな、格闘技。そう考えたらスポーツとして見られる気がする。
「なんか、なんだろ、ちょっと面白く感じてきちゃった」
YouTube漁ったら試合動画あるかな。今なら楽しく観られそう。
失神から回復したアルセーが、よたよたとミル姉さんに近づいていった。
「勇者様、ありがとうございました」
「こちらこそ」
で、ふたりはがばっとハグした。
「いい作品になりましたね」
「あなたのおかげよ、アルセー。最高だったわ」
背中ぽんぽんしあう二人に、惜しみない拍手が捧げられる。アルセーとミル姉さんは観客席に向かってお辞儀し、二人仲良くおしゃべりしながら闘技場から出ていった。
「いい試合だったなア! お兄ちゃん!」
「ね、俺けっこう興奮しちゃいましたよ」
プロトンはがははと笑い――その目がすうっと細くなった。
「そんじゃあそろそろ、冥王の首を渡してもらおうかい」
あー。
なんかそんな気はしてたからビックリはしないけど、実際こう、圧をかけられるとね、ウッ……とはなるよね。
「えーと、その、なんでこんなことを?」
「悪党に悪さする理由を聞くってえかい、お兄ちゃん」
それもそうだね。
「邪魔しねえってんなら、道々話してやろうじゃねえの。ついて来るかい?」
そんな、こっちに選ぶ権利があるみたいな言い方するのはね、圧倒的に力の差がある相手がするのはずるくないすかね。
「っす」
俺は立ち上がり、プロトンといっしょに闘技場を後にした。




