エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑩
白龍ヨーカpresents神饗ワンデイトーナメントは一回戦を終え、ここにベスト4が決定した。
“蜂の一刺し”アルセー・ナイデス。
“女王蜘蛛”ヰケラ・ミズナラ。
“勇者”ミルガルデヴャルド・ギョリンモルデル。
“爪獅子”ガルス。
最後の人は試合見てなかったのでよく分かんないけど、まあとにかく、この四人が冥王ヴェルガシオンへの“万年凌遅”執行権をかけて争うわけだ。本当になんでこんなことになっちゃったんだろうな。毎回毎回思ってるけど今回特にだわ。
「お兄ちゃん、隣いいかい」
ラム串をビールでやりながら途方もない気持ちになっていたら、声をかけられた。ソイツは返事を待たず俺の隣にどかっと座り、その勢いで俺はちょっと浮いた。
「あ、ども。えーと、ゴロ巻きさんでしたっけ?」
「おう、覚えてくれていたかいお兄ちゃん!」
“女王蜘蛛”にぶっとばされたオーガ、“ゴロ巻き”プロトン・ベルークスはガハハと笑った。
「お兄ちゃんのツレ、ちっこいお姉ちゃん、強かったなあ! 見とれたぜ!」
「っすね」
「勇者様も、さすがは勇者様ってところだぜ。なあ、こりゃあ楽しみじゃねえかい?」
「どっちが強いかってのは、やっぱ気になっちゃいますよね」
で、俺たちは闘技場に目を落とした。
アルセーとミル姉さんが向き合い、試合開始を待っている。
二回戦第一試合は、まさかのマッチアップだった。決勝で会おう! の雰囲気で別れた十分後にこれだ。
「いい勝負にしましょう、アルセー」
ミル姉さんが、揃えた両手を差し出した。アルセーはミル姉さんの顔をちらっと一瞥すると、鼻を鳴らして背を向け、すたすた離れていった。グローブタッチ拒否だ。
「イキっちゃって。かわいいニンフちゃん」
うれしそうにしたミル姉さんは、向き直ったアルセーに、ビッ! と中指を立てた。
「こわー」
あんなキレイに鋭くファックサイン出す人はじめて見たよ。ばっちばちここに極まれりじゃん。
「試合……開始ィイイイイイイイイ!」
どじゃーん。
銅鑼が鳴って、試合が始まった。
立ち上がりは静かだった。拳も蹴りも届かない距離でのサークリング。お互いに踏み込みのフェイントをいくつか入れる。
「探ってんなあ」
プロトンが顎をなでた。なるほど、今回の後方解説者面枠を買って出てくれたわけね。感謝しかない。
三十秒ほど、そうしていただろうか。仕掛けたのはミル姉さんだった。前にした左手で高いジャブを突きながら突進し、後ろにしていた右足を低く走らせる。ファザナとの試合で見せた、カーフキックだ。
互いの脚が激突し、ばちんと音が鳴る。アルセーは肘を支点に振り下ろすような左拳を放ったが、当たる前にミル姉さんは後退していた。
「あれめっちゃ痛いらしいっすね、カーフキック」
俺は覚えたての知識をさっそく披露した。
「こりゃあ、蹴った側がな」
「へえ?」
たしかに、攻めた側のミル姉さんがひきつった笑顔を浮かべている。対するアルセーは死んだような冷めた無表情。
「ちっこいお姉ちゃんは、脚を開いて腰を落として、カーフを膝で受けたんだわな」
プロトンがガニ股になった。
「なんとなりゃあ、足首に膝蹴り食らったようなもんよ」
俺はその痛みをちょっと想像してみて、全身にビッシリ鳥肌が立ったのですぐやめた。嫌すぎる。絶対にそんなことされたくない。だって折れちゃうじゃん足首が。それは。
「こうなりゃ怖くて、もうカーフは蹴れねえぞ。攻め手を一つ潰されたなァ」
ミル姉さんは、蹴った右足が痛むのか、引きずるようにしながらアルセーの周囲を回った。
アルセーはどっしり構え、後ろ足を軸にミル姉さんに相対し続ける。これ知ってる、コンパスだ。さっき見たやつすぐやってくれるじゃん。
「カーフはもういいんですか?」
挑発するように、アルセーが笑った。ミル姉さんは付き合わず、前手を高く上げて小刻みなジャブを振った。
「もう引き出しは空っぽなのかな? 残念ですよ、勇者様」
すり足で前進したアルセーが、ミル姉さんのジャブの打ち終わりめがけて左手を伸ばす。“鉄拳孤児”相手に見せた、パンチ掴みからの目つぶしをやる気なのだ。うそでしょ、友達同士かと思ってたよ二人のこと。
ミル姉さんの手首を掴んだ、その瞬間、べきょ。とか、ぼこ。みたいな音がして、アルセーの体ががくんと前傾した。
右サイドキックが、アルセーの左膝に突き刺さっていた。
更にミル姉さんは右ローキックでアルセーの膝裏を蹴り込む。後退するアルセーの眼前を、ミル姉さんの右ハイキックが通過する。
「関節蹴りかァ!」
プロトンが膝を打つ。え、膝の関節を蹴ったら駄目でしょ。ふだん曲がらない方向に曲がっちゃうじゃん膝の関節を蹴ったら。友達ではないにせよまずまず好意的な知り合い同士かと思ってたよ二人のこと。
ミル姉さんは歩きながら右、左とパンチを出した。アルセーは左、右、とミル姉さんの拳を捌きながら下がる。
「勇者! 両足揃った!」
突如として後方セコンド面し始めたプロトンが、手をメガホンに叫んだ。
その声が届いたのかどうなのか。ミル姉さんは左拳を放つ――と見せかけ、身を低くしてアルセーに抱き着いた。
アルセーの両足を抱きかかえて束ね、膝の裏を押す。バランスを崩したアルセーが、背中から倒れる。
「はっええ! ニーオンザベリーに!」
ミル姉さんはアルセーのみぞおちに置いた右膝を軸に、時計回りに回転してアルセーの左サイドを取った。下になったアルセーは、すかさず目を狙った左手の突きを繰り出す。
「明快すぎるわおちびちゃん!」
首をひょいと傾けて目突きを避けたミル姉さんは、右打ち下ろしをアルセーの顔面にまっすぐ叩き込んだ。
「がッ」
アルセーは左手で顔を守りながら、右手で、みぞおちに置かれたミル姉さんの膝を押す。ミル姉さんはアルセーの右手を取って動きを封殺しようとした。アルセーはすかさず、思い切り背中を反らしてミル姉さんの体を浮かせると、ザリガニのように丸まってびゃっと移動し、ミル姉さんの下から抜け出した。
「まだまだあ!」
ミル姉さんがヘビのように低く飛び掛かり、アルセーの両足を抱く。
「甘いんですよ勇者様!」
アルセーは上体を起こすと、左肘をミル姉さんの頭のてっぺんにがつんと叩き込んだ。ゆるんだ拘束から両足を引っこ抜き、アルセーは立ち上がった。ミル姉さんも、左手を前に突き出しながら起き上がる。
どわーっ。
観客が歓声を上げ、拍手した。
「すっげえ攻防だなあ! お兄ちゃんよお!」
プロトンも大興奮だ。なんか鼻が高いよ俺も。
「UFCじゃない。ここは神饗ですよ」
アルセーは上唇に垂れた鼻血を親指で拭いながら言った。
「そうね。打ち下ろしの肘は反則じゃない。忘れてたわ」
ミル姉さんは……なんか、おでこに血が垂れてるんだけど、頭血? 肘で割られちゃったの?




