エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑦
凄まじいブーイングと叫声怒声、そこに混じって大歓声と嬌声。
闘技場に次々とモノが投げ入れられる。
ミズナラはゆるりと両手を広げ、ショーシャンクの空にみたいな格好でその全てを浴びた。
「悪いくせが、最悪の方に出ましたね」
アルセーが口惜しげに呟いた。
「プロトンは、相手のあらゆる攻撃を受け切ってから反撃するんです」
「ゴロ巻きらしい話だね」
「ミズナラは、プロトンの調子が整う前に焼き切る選択をしました。さすが妖艶オリュンポスの支配者ですね。策の勝利です」
たんかで担ぎ出されるプロトンの体を、アルセーの哀しげな瞳が追った。
「切り替えましょう、アルセー。プロトンを食ったミズナラを食えばいいのよ」
「……はい」
ミル姉さんに肩ポンされて、アルセーはしょんぼりしながらうなずいた。
うん、まあ、いいよ別に、詩怨がなんとかなるなら。
みんながどれだけ好きにやろうと俺だけは忘れないからな。
俺は詩怨の生首が入ったバッグをぎゅっと抱きしめた。
「さて、次は私の試合よ。行ってくるわ」
「噛まれないでくださいね、勇者様。わたしと闘るまで」
「あなたのための供物になった覚えはないわ。アルセーこそ、見上げてばかりいると小石につまづくわよ」
だからばちばちしないでほしいんだけど俺を挟んで。
◇
「東門よりッッ! おいでませ勇者様! まさかまさかのご参戦ッッ! 救世主が見据えるはやはり怨敵ヴェルガシオンの存在根かッ! さあ再び世界を救ってくれッッ! “勇者”ッッ! ミィいいいいいルガルデヴャルドッッ! ギョリンモルデルぅううううううう!」
チェストガード、ショートパンツ、オープンフィンガーグローブ。
めっちゃまっとうに総合格闘技っぽい格好のミル姉さんが、背筋をしゃんと伸ばして入場。
観客席に向かって一礼し、静かに対戦相手を待つ。
「さあ西門からは! 胸を借ります勇者様! 俊英、虚界で武者修行! 為るかッ、大物喰い! 透るかッ、珊瑚衝! 気合い充分、挑むぞ超雌大決戦! “さみだれ”ッッ! ファザぁああああナぁあああああッッ・ノワゼット!」
現れたのは、なんかスキュラっぽい女子。
甘茶色の髪をサイドテールに結って、瞳は気が強そうに吊り上がっている。
その右腕が、盾のような殻に覆われていた。
石灰のようにざらついたテクスチャで、薄い板の積層構造。
下半身は白っぽくてぬちぬちしており、かなり触手だ。
俺は江ノ島で釣ったキロオーバーのアオリイカを思い出した。
「“さみだれ”ファザナは、オカタコブネとプレーンズ・エルフのミックスです。十七歳にして七戦全勝。リンヴァース格闘技界における、注目の新人です」
腕組みして後方解説者面のアルセーが解説してくれた。
「勇者様がどう闘うのか……楽しみですね、ご主人」
「そうだねえ。わくわくしてきちゃうよ」
俺は生首入りのバッグをぎゅっと抱いた。
俺だけは絶対に忘れないからな。
「試合……開始ィいいいいいいいいいッッッッ!!!!!」
どじゃーん。
両者は歩み寄り、軽く拳をぶつけ合った。
「よろしくどうぞ、おばあちゃん」
ファザナが挑発の笑みを浮かべる。
「あとで黒糖飴あげるわね、かわいいたこちゃん」
ミル姉さんは鼻で笑って受け流した。
「後悔するですよ。ファザナと闘ったこと」
「是非させてちょうだい」
短いやり取りの後、ふたりは離れた。
互いに互いを回り合う、伴星のようなサークリング。
ミル姉さんがぴくっと右肩を動かし、ファザナがのけぞる。
ファザナの上体の戻りに合わせ、ミル姉さんが左のジャブを放る。
右腕の殻でジャブをなんなく防ぎ、ファザナが左のダブルを放った。
二発ともにパーリングで潰し、再び間合いを取る。
「おー……試合っぽい立ち上がりじゃん」
ジャブで互いの制空圏を測り合うやり取りだ。
殺意むきだしの目つぶしとかオーガ大回転みたいな試合を見てきた後だと、いっそ安心する。
「勇者様! 付き合わないで! 速攻かけて速攻!」
アルセーが手をメガホンに怒鳴った。
後方セコンド面だ。
ファザナが下半身の触腕をぐっとたわめ、びゃっと飛び退いた。
互いの距離、三メートルほど。
「まずいですね。来ますよ、“さみだれ”が」
言葉の直後、破裂音が響いた。
ミル姉さんの体が、のけぞった。
続けて破裂音。
ミル姉さんは一歩後退する。
「触腕です」
「え……ああ、あー、あーあー、ほんとだ」
ファザナの触腕は下半身を一周するように八本あって、そのうち一本が極端に長い。
そいつを鞭のようにしならせ、ひっぱたいたのだ。
「見えないのも無理はありません。砂地に対して保護色になっているんですよ」
「そこでタコ要素出てくるんだ」
環境利用闘法じゃん。
「スナッピーなジャブです。数を集められるとキツいですよ」
ミル姉さんは、射程外から触手で顔面をひっぱたかれまくっている。
これは、きっついなあ。
と、ミル姉さんの腕が持ち上がり、ジャブを受けた。
触腕は勢いでミル姉さんの腕に巻き付いてから、粘液の痕を残し戻っていった。
「疾いけれど、軽い。あなたの“さみだれ”ってこの程度だったのねえ」
うわくちびるまで垂れてきた鼻血を舐めて、ミル姉さんはにいっと笑う。
背を丸め、両腕で顔を覆い、“さみだれ”の吹き荒れる中、前進開始。
ファザナは、くちびるを裂けんばかりに吊り上げ、嗤った。
「ようこそいらっしゃいです、勇者様ッッ!」
ぱぁあああん。
ひときわ高い破裂音が、ミル姉さんのガードを破壊した。
「なっ……ぐっ……?」
ミル姉さんはバックステップで“さみだれ”の射程距離から離れた。
「威力が……?」
ガードした腕の皮が裂け、血が滲んでいる。
「この程度です。勇者様のお身体に、傷をつける程度。どうですかあ?」
煽られたミル姉さんは肩をすくめた。
「“ロック”と“フォロースルー”。それが“さみだれ”の秘密です」
二人がサークリングを始めたところで、アルセーの解説がはじまった。
「繰り出した触腕の根元から任意の場所まで、筋肉を引き締めてロックします。すると、脱力の行き届いた先端部分のみが加速するんです。ご主人に分かりやすいよう説明すると、ヌンチャクみたいなものですね」
「ヌンチャクを振ったことは無いなあ」
「ロックの打撃には威を乗せられません。ですが、それこそが狙いなんです。弱打を意に介さず前進してきた相手に、“フォロースルー”を刺していく。つまり、筋肉をロックせずに、力いっぱい振り抜きます。インパクトと同時に、触腕を強く押し込む。これがフォロースルーです。全力の威を乗せる強打……いえ、轟打ですね」
「保護色で見えないところから、リードブロウとフィニッシュブロウ、二種類の打撃が飛んでくるってことね。そりゃしんどいわ」
「けれど、これはまだ第一関門。勇者様がどう闘うのか、実に興味深いですね」
「ありがとうございました」




