エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑥
というわけで、選手控え室。
オープンフィンガーグローブを外したアルセーは、パイプ椅子に腰掛け、タブレットをいじっていた。
「退屈な相手だったかしら、アルセー」
ミル姉さんが声をかけると、アルセーは苦笑した。
「結果は結果ですから」
ほらね?
「“薙刀葉蜂”と“鼈甲蜂”を見たかったわ。対策を練りたかったのに」
「取っておいてあげますよ、勇者様のために」
こわー。
そういうのリング上でやってくれないかな。
「ところで、勇者様はどうしてこちらに? まさかヴェルガシオンの存在根を辱めるためではありませんよね」
逆だね。
「そちらに関しては心配していないわ。あなたがいるもの」
「となると、やはり」
「ええ」
ふたりは意味深に頷きあった。
ヨーカのことで調べたいとか言ってたし、それ絡みかな。
まあそれはなんでもいいよ、優勝だろうとヨーカの存在根の破壊だろうと、最終的に詩怨がなんとかなるなら。
「そちらは私に任せてちょうだい。といっても、試合で手加減するつもりはないけど」
「終わった後、動ける程度には手心を加えますよ」
「すばらしい心遣いね。ありがとう」
こわー。
ばっちばちになること無いじゃん観客いないんだから。
「さあ、次はゴロ巻きプロトンの試合よ。相手は――」
「“女王蜘蛛”。不足無し、と言ったところですね。楽しみです!」
「サンマルイチ号さん、見に行きましょう」
で、ふたりはやいのやいの言いながら控え室を出て行った。
「東門よりッッ! 必壊の輪転掌、次弾装填完了! 狙い澄ました拳の砲弾は絶対王者を撃ち抜くか! 崇めよ彩なる“女王蜘蛛”ッッ! ヰぃいいいいいいケラああああああ! ミズナラァああああああッッ!」
碧く見えるほどの長い黒髪をなびかせて、入場したのはアラクネの女性。
蜘蛛の胴に足にびっしり生えた強い毛もまた蒼黒。
音もなく静かに歩み出たアラクネが足を止めると、長髪が褐色の肌にふわりと落ちかかった。
蜘蛛の少女は両手を広げ、ショーシャンクの空にみたいな格好で歓声の豪雨を浴びる。
「ヰケラ・ミズナラ。妖艶オリュンポスのオヤブン、キアブル・アギの妻ですね。組織を仕切っているのは事実上、彼女だそうです」
「姐さんだ」
「イスタリワイバーンイーターとヒトのミックスね。あの蜘蛛は真社会性の生き物だから、彼女にもそれが受け継がれているのよ」
群れる蜘蛛がいることも、そいつが名前の通りならワイバーンを捕食することも、そいつとヒトが繁殖行為に励んだことも、ぜんぶ追いつかない解説だな。
「さあッッ! さあさあさあッッ!」
拍手が止んで、良い声の人が良い声で叫んだ。
「大ッッ変お待たせいたしましたッッ! 一打必倒、一組必折、立って佳し寝て佳しの最強グラップラーが来てくれたあああああッッ! リンヴァースの誇る超雄、押して参るッッ! “ゴロ巻き”ッッ! プロトン・ペルークスが来てくれたぁああああああ!」
西門からのっそり現れたのは、オーガのおっさん。
大声援を浴びながら、気負った様子もなく、呑気に手を振り返したりしている。
「くぅううっ……!」
アルセーがぶるっと身を震わせた。
「うわ、どしたどした」
自分の体を抱いて体を丸め、息を荒げている。
「…………闘りたい」
「ふむ?」
「なんて……ああなんて壮麗な、筋肉の塞……! はやく、はやく闘りたい…………ッッ!」
「おっとっとぉ?」
アルセーは頭を持ち上げ、闘志に濡れた瞳でオーガのおっさんを射抜くように眼差した。
ぎりぎりっと、歯ぎしりの音がこっちまで聞こえてくる。
うんまあ、なんでもいいよ、最終的に詩怨がどうにかなればそれで。
がんばってね。
「試合ィぃいいいい…………ッッッ開始ッ!」
どじゃーん。
銅鑼が鳴ると同時、最初に動いたのは、ミズナラだった。
一瞬で距離を詰め、第一歩脚をアッパー気味に跳ね上げる。
顎をかちあげられたプロトンは、ぽーんと二メートルぐらい飛び、背中から砂地に落ちた。
「きれいに入ったなあ」
「ミズナラが上手だったわね」
痙攣しはじめたアルセーの代わりに、ミル姉さんが解説してくれた。
「縮地よ」
「えっあの、びゅって一瞬で距離を詰める縮地?」
「正確に言えば、そう見せかける技術ね」
立ち上がったプロトンは、顎をさすり、にィっと笑った。
「練れてンなぁ、蜘蛛の姉ちゃん」
腕を体の横に垂らした、構えもなにもない自然体で、プロトンの声はのんびりしたものだ。
だがミズナラは眉をひそめ、プロトンから五メートルぐらいの距離をゆっくりとサークリングしはじめた。
「二足歩行の広義人類って、どうしても動的歩行になっちゃうのよね。だから相手の動きも、上半身で見極めようとする」
「ふんふん」
歩くときって上半身も前後したり上下したりするもんな。
「一方でアラクネは八足歩行。完全なる静的歩行を可能としているわ。それゆえ、動き出しで上半身が一切ブレない。相手からすれば、動きの起こりが見えないのよ」
「なるほど、それで対応が一手遅れちゃうんすね」
ミル姉さんはうなずいた。
「加えて、広大な制空圏ね。蜘蛛の第一歩脚は、前を向いているから」
「あー、あれが全部リーチになる、と」
なるほど、アラクネの肉体ってかなり格闘技向きなんだな。
さて、試合と言えば、両者睨み合いの状況、と言ったところ。
ミズナラは踏み込むことなくサークリングを続け、プロトンはにやにやしながら突っ立っている。
「女王蜘蛛の覚悟が試される展開ね」
「そうなんすか? なんか余裕で勝てそうっすけど」
「あなたがミズナラの立場で、あそこに立っているのが、球形のチェーンソーだと考えてみて。三百六十度、どこに触れても引き裂かれる。それが“ゴロ巻き”プロトンなのよ」
たとえは分かりやすいけど、今のところ強さを見せてもらってないからなあ。
「……動くわ。見逃さないで」
長く息を吐いたミズナラが、長髪を後ろでくくってポニーテールになった。
だらりと上半身から力を抜き――プロトンとの距離が、一瞬でゼロになる。
直後に何が起きたのか、俺はスローVTRで確認した。
ミズナラは、大質量の蜘蛛胴を力強く左に向かってスイング、肉体にたっぷりの角運動量を与える。
それと同時、右歩脚を後ろに高速で送り出し、左歩脚を前に高速で突き出す。
これにより、超信地旋回めいてミズナラの身体が回転運動。
放たれるのは、下半身の回転が生み出す力を完璧に乗せた超強烈な左フックだった。
顎に直撃を受けたプロトンの体が、回った。
へそのあたりを軸に、プロペラみたいにぐるんぐるん回った。
六回転ぐらいしたところで爪先が砂地に引っかかり、今度はタイヤみたいに転がっていった。
で、壁に激突すると粉々に砕き、瓦礫の中に埋もれた。
「輪転掌。“女王蜘蛛”の最高戦力よ」
瓦礫から足を突き出した格好で、プロトンはぴくりともしない。
一分……二分……観客は、息を殺して待った。
だが、プロトンが立ち上がることは無かった。
「しょ……勝者ッッ! ヰケラ・ミズナラ!」




