エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー⑤
「大山が我々の為に鳴動してくれたッ! 出るのは鼠か鉄拳かッ! 大災害の孤独な強拳が襲うのは不幸な相対者ッ!」
宙に浮かんだスクリーンに、選手らしき人の映像が映される。
二足歩行を完全にものにしたゴリラって感じの広義人類が、腕立てしたりロードワークしたりインタビューに応じたりしてる。
「再起不能者数、六百八十人! 死者数、千八百二十二人! 生きて隣に立つ者無き孤独な戦士が来てくれたァあああああ! 東門よりッ! 戦慄の“鉄拳孤児”ッッッ!!!! ギィイイイイイイルグラン・ベールグラァアアアアアアアトぉおおおおおおお!」
大歓声を浴びながら、革ズボン一丁のゴリラが悠然と歩を進めた。
でかいなー。
四メートルぐらいあるぞ。
腕だけでアルセー一人分じゃん。
「“鉄拳孤児”のギルグラン・ベールグラート。リンヴァースきっての拳闘士ね」
「あれと戦うんすか? アルセーが?」
列車とチワワのマッチメイクみたいなことになってんだけど。
勝てるわけないだろ。
「ふふ、どうかしらね」
ミル姉さんはにやりと笑った。
いやいやいや、プリーストだよアルセー。
プリーストって、蘇生とか回復とかする役職を指すと思うんだけど一般的に言って。
それとも俺の解釈が間違ってる?
「西門より来たりますは、体重差、実に一トン飛んで五十六キロ! 超小型新人が今宵、神饗の舞台に飛び来るッ!」
良い声の人が、続けて選手紹介に入った。
モニタに映し出されるのは、さっきシャドーしてたアルセーの姿。
急なことでVTRが間に合わなかったのだろう。
「しかしながら彼女もまた紛れもなく超雌ッッ! 出るか鋭徹の“薙刀葉蜂”ッッ! 拳脚自在、蜂の一差しッ! アあああああああルセェええええええッッ! ナイデぇええええええス!」
ぴぽっ。
なんか、ファミコンっぽい音が鳴った。
続けて流れたのは、ごきげんなチップチューン。
音楽の盛り上がりに合わせて、カクテル光線が色とりどりに変化する。
「あれ? なんか聞いたことあるなこれ?」
「……『きみはホエホエむすめ』。アルセー、本気なのね」
ミル姉さんが、笑顔に脂汗を一筋垂らした。
あー道理で聞いたことあるわけだ、『アイドル八犬伝』のあれか。
知ってる知ってる、曲だけは聴いたことあるニコニコ動画で。
西門から飛び込んできたアルセーの姿に、俺は度肝を抜かれた。
裾という裾にフリルをあしらった漆黒のツーピースドレス。
胸には大きな紫紺のリボン、虹色に輝く楕円の貴石で留めている。
胴衣は胸の下でざっくり断たれて、おへそがあらわ。
短いスカートと長いソックスの間に、ぱつんぱつんのふともも。
アルセーは曲に合わせてボクササイズっぽく踊った。
観客は大興奮、カクテルライトはとち狂ったように光りまくり、サーチライトは暴れまくる。
曲の終わりと同時に、アルセーはオープンフィンガーグローブの拳を高く突き上げた。
声と拍手が嵐のように降り注ぐ。
「……遊びに来たのか? 小娘」
静かになるのを待って、“鉄拳孤児”のギルグランが口を開いた。
アルセーは山のような巨体を見上げた。
「遊んでくれるんですか?」
「おまえに興味はない。私は冥王の肢体を嬲りものにしたいだけだからな」
「へえ? 下衆」
くすくす、アルセーはあからさまに挑発的な笑い声を上げた。
「私はおまえのようなガキを何人も八つ裂きにしてきた。おまえもそのときになってはじめて、許しを乞うことになるだろう。だが決して許しはしない。いいか、まずはおまえの歯を――」
アルセーは、開手に拳をぱちんと打ち込み、音でギルグランを黙らせた。
「あなたの拳も、それぐらい饒舌であることを望みます」
そして、小ばかにするような包拳礼。
リングパフォーマンスに観客もどわーって大興奮。
「両者、離れてッ!」
良い声の人が指示し、ふたりは数歩下がると再び向き合った。
ギルグランは両の拳骨を顔の前に置き、前傾した一打必倒の構え。
対するアルセーは、腰を深く落とし、背骨を一本の棒みたいにまっすぐ伸ばした。
「サンマルイチ号さん。あれが本気のアルセーよ」
「あのプリキュアみたいな格好が?」
「よく見て。あの極端な半身を」
アルセーは、体をほとんどギルギランに対して横にしている。
爪先と顔がギルグランに向かい、ゆるく握って手首を内に曲げた左拳が前に突出、折りたたんだ右手は体にぴたりと添え、拳は胸のあたり。
「なんか、あんま見たことない感じっすね」
格闘技のことはさして詳しくないけど、あんな格好で戦うのは窮屈そうだ。
「試合……………」
良い声の人が両手を振り上げ、
「開始ィいいいいいいいいいッッ!」
力強く振り下ろした。
どじゃああああああん。
ドラの音と同時に、ギルグランが飛び出した。
丸太トラップみたいな勢いで、右拳が射出される。
俺は、ひしゃげて死ぬアルセーの姿を未来視できたような気がした。
アルセーはどうしたかというと、なんだろう破滅願望でもあるのかな、すり足で拳めがけて前進したのだ。
畳まれていたアルセーの右拳が、蛇のように飛び出した。
突っ込んでくるギルグランの右腕、その手首をキャッチ。
内側から押して、拳の軌道を反らす。
相手の体を十分引き込むと、飛び跳ねながら、左のバラ手で眼球を突いた。
「あがァああッ!」
両目を潰されたギルグランが、体を丸める。
未だ中空にあるアルセーは手首から手を離し、ギルグランの頸椎に両手を回すと、
「ハイー!」
甲高い叫声と共に、人中めがけて鋭い膝蹴りを繰り出した。
めぎゅしっ。
歯根が歯茎を引き裂く、鈍く不気味な音がここまで響く。
アルセーはギルグランの胸板を蹴ってとんぼ返りし、すたっと着地。
ギルグランは無抵抗にぶっ倒れ、仰向けになった。
会場は、静まり返っていた。
プリキュアみたいな格好の幼女が、体重差一トン飛んで五十六キロの相手をカウンターの蹴りでぶちのめしたのだ。
「ずいぶん物静かな拳ですね」
アルセーの挑発に、ギルグランは応じない。
意識を失っているからだ。
「しょ……勝者ッッ! アルセー・ナイデス!」
呆気にとられていた良い声の人が、慌てて叫ぶ。
唖然としていた観客たちも、我に返り、凄まじい声と拍手と足踏みで勝者を祝福した。
アルセーは両腕を振って、観客に応えた。
「“鉄拳孤児”程度じゃ、アルセーの美点は引き出せなかったわね」
ミル姉さんの笑みには、怯えが混じっている。
「……あれと戦うんすか? ミル姉さんが?」
急所しか狙ってないんだけど。
殺すつもりはそんなにないけどよしんば死んでも結果は結果だよね、ぐらいの気持ちでいないと人体に向かってあんなことできないよ。
「勝てると断言できないのは、全員同じだわ」
深呼吸一つで震えを断ち切り、ミル姉さんは言った。
「ヴェルガシオンの血も肉も、わたしのものよ」
そうだった、この人クソデカ感情百合だった。
招待されなくても来たんだろうな。
「さあ、勝者の顔を見に行きましょう」
ビールを飲み干してプラカップを握りつぶすと、ミル姉さんは立ち上がった。




