エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー④
白砂を敷き詰めた闘技場に、参加選手が集まっていた。
その中にはゴロ巻きプルトンのおっさんもいるし、アルセーもいるし、よくよく見たらなぜかミル姉さんもいる。
俺はすり鉢状の観客席の、それもけっこう上の方にいるので、なんでミル姉さんがいるのかについて問いかけることもできずすっげえモヤモヤしている。
どじゃああああああん。
ドラが鳴らされ、スモークが炊かれ、漂い込んだ煙にカクテルライトの光線が乱反射する。
無数のサーチライトが踊るように交差する。
重低音のサウンドがどこからかずんずん鳴り響き、床の小石をかたかた震わせた。
黒スーツ姿の男が闘技場の入り口から選手たちの前まで歩いてきて、
「一つッ! 用いて佳いのは己が肉体のみッ!」
声を張り上げた。
「二つッ! 故意に殺してはならないッ!」
重低音を貫いて、よく通る声だった。
「それだけが神饗を縛る掟ッ! それ以外の全ては赦されるッ! 己が打拳を、己が打脚を、己が毒を、己が牙を爪を用いッッ! 我ら相い撲りて大いに神を饗すべしッ!」
観客がどわーっと湧いた。
「集いましたる神隷の面々をご覧になればお分かりの通り! 本日お集まりになりました皆々様に! 今宵は史上最豪華! 史上最特別! 史上最異端の闘いをお約束いたしますッ!」
どわーっ。
よく通る声の人はざわめきが止むのを待って、大きく息を吸い込んだ。
「なにしろ本日の優勝者が得られる権利はッ! こちらッッ!」
腕を向けた先、かっと点ったライトが照らすのは、十字架にかけられた首無しの死体。
詩怨のものだ。
「リンヴァース全土を滅亡の恐怖に沈めた史上最邪悪ッ! 冥王ヴェルガシオンの肉体でございますッ! 偉大なるヨーカ様が御自ら討ち取られたこの冥王のッ! “万年凌遅”の執行権こそが優勝賞品!」
どわーっ。
「ふざけんなよ」
俺は心の底から言った。
どわーっじゃねえよ。
ふざけてんのかこいつら全員。
いやいやいやいや。
無力な中年がひとりイキったところで状況は好転しない。
俺は深呼吸して、アルセーの説明を思い出した。
◇
「白龍ヨーカの権能は遊戯です」
コロシアムでの選手登録を済ませ、控え室に案内されても未だぽかんとする俺に、アルセーはようやく説明してくれた。
「ご主人、ゲームを規定するものって、なにか分かりますか?」
「えー? ルールじゃないの?」
「半分正解ですね」
アルセーは壁一面に貼られた鏡の前に立ち、構えてステップを踏んだ。
「答えは観客。観客なしのゲームでは、ルールの遵守に強制力が働きません」
「あー……なんか分かる気がするな」
俺はパイプ椅子に腰かけ、アルセーのシャドーボクシングを見た。
「昔ポケモンのカードゲームやってたけど、なにもかも適当だったわ。最初に引くたねポケモン、デッキから選んでいいことになってた」
「公式トーナメントでは、そういうわけにはいきませんよね」
「一瞬で放り出されるだろうね、舞台から」
アルセーは鏡像に向かって、ぴっと拳を繰り出した。
「ゆえに白龍ヨーカはその権能を行使する際、ゲームのルールを定め、観客を集めなければなりません」
「野球とかだったらやばかったね」
集団競技だったら、ふたりでのこのこやって来た俺たちにはそもそも参加資格が与えられなかっただろう。
「予想はできていましたよ。白龍ヨーカは“神饗”を好みますから」
「カンナエ?」
アルセーはゆるりと持ち上げた足を頭上高くで留め、深呼吸した。
「神事としての格闘技です」
「相撲みたいな?」
「自らを神としているところが、実に悪趣味ではありますが。今の私は神隷として、神をもてなす立場なわけです」
「で、優勝したら詩怨の肉体が払い下げられるわけね」
「すばらしい皮肉です、ご主人」
足を下ろしたアルセーは、額ににじんだ汗を指でぬぐった。
「しかし、殴り込んでヨーカの存在根を破壊するよりは、よほど穏当ですよ。私が優勝するだけでいいんですから」
「本当にごめんね、こんなことになっちゃうなんて」
いつもの感じで蘇生してもらって、メシと酒でもおごって終わりになるかと思ってた。
こうまで大がかりなことに巻き込んでしまうなんて、ただただ申し訳ない。
「いいえ。“鉄拳孤児”や“ゴロ巻き”とは、いずれ戦ってみたいところでしたから」
アルセーは獣の威嚇のように笑った。
「私を満足させてくれればいいんですけど」
こわー。
◇
試合の抽選が終わり、闘技場の砂地は掃き清められた。
いよいよ、アルセーの出場する第一試合の始まりだ。
観客はうわずった声で、ひいきの選手や勝敗予想や冥王の話をしている。
「ビール買ってきたわよ」
「あ、すんません」
俺はビールを受け取ってぐいーっと呑んだ。
あーいいね、この、なまぬるい空気の中、ぺっこぺこのプラカップで呑むビール。
味より先に情緒が来るよね。
「それからこれ、羊串」
「あーすんません、いただきます」
あっつあつの串にかぶりつく。
うわー、硬くて雑にしょっぱくて辛くて酸っぱくて最高。
なんだろうな、ざくろジュースに漬けて、塩とスパイスめちゃくちゃに振って、強火でがーがー焼いたんだろな。
最高最高、ビールとどんぴしゃ。
「で、ミル姉さんはなにしてんすか?」
「招待されたのよ、白龍ヨーカに。勇者枠ね」
「勇者枠っすか」
俺の隣に座ったミル姉さんは、羊串をかじって、ビールをやって、くふっと喉の奧で小さなげっぷをした。
「ヨーカについては、調べたいこともあったのよ。ちょうどいい機会だわ」
どじゃあああああん。
ドラが鳴って、観客がどわーっ。
さっきの良い声の人が闘技場にやって来た。
「大変お待たせいたしましたッ! 只今より、第一回戦第一試合を執り行いますッッ!」
どわーっ。




