エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー②
「ええと……ごめんだけど、理由聞いていい?」
訊ねてみると、アルセーは唸った。
「こちらがお訊ねしたいぐらいです。ご主人、なにを蘇生させるつもりか、理解していますか?」
背中を俺に向け、生首に警戒的な視線を注ぎながら、アルセーが言う。
「あー……」
心当たりしかない。
「肉を取り換えようと、かつて戈を交えたわたしには分かります。これ、冥王ヴェルガシオンですよ」
「そうなんだよねえ」
「知ってて!?」
振り向いたアルセーが、目をまんまるにしていた。
「知っててわたしに頼んだんですか!? 大敵の! 冥王の蘇生を!」
めちゃくちゃ詰め寄ってくるな。
「いけっかなーと思って」
「はー……」
アルセーは掌底で額を支え、深くため息をついた。
「勇者様も、どういうつもりで……」
どうもこうも、クソデカ感情百合だからなあミル姉さん。
「でもルールーにもこないだ会ったんだけど、なんかぜんぜんカジュアルな感じで呑んでたよ」
「ルールーですからね。まったく……ご主人、冥王がどれだけ多くの命を奪ったかご存じですか」
「まあ、おおむね」
目の前で、町田市まるごと崩壊したからね。
「三百一層の悲劇は、今も語り継がれているんですよ」
「あー、見に行ったよそれ。ミル姉さんと」
「見に行ってなお?」
「見に行ってなお」
アルセーは腕を組み、眉根にしわを寄せ、きりきりっと歯ぎしりした。
頭の中で説得的な言辞を組み立てているのだろう。
「たしかに、冥王ヴェルガシオンは悲劇の主人公としても人気を博しています。しかし、しかしですよご主人。同情的な過去さえあれば大量虐殺を許してもいいというのであれば、この世の秩序は終わりです」
あまりにも正論だったので俺は何も言えなくなった。
そりゃあまあ、人を殺そうなんて行為には大なり小なり理由があるだろう。
「ご主人に分かりやすいよう地球の事情で説明すると……わたしが今、ミュンヘンの博物館で働いていることはご存じですよね」
「うん、まあ、楽しそうだなーって聞いてる」
「ええ、おかげさまで楽しく仕事しています。つい最近のことですが、ひとつの裁判における判決がドイツ国民の耳目を引きました。かつてナチスの強制収容所の看守をしていた、現在九十三歳の老人に、殺人幇助の有罪判決が下されたんです」
「あ、なんか聞いたことあるなそれ。すごい話だよね」
「ひどい話と言いたいんでしょう、それでもかまいませんよ。十九歳のときに犯した罪を今になって裁くなんて、心情としては受け入れがたいものがあります。なにが言いたいかというと、ドイツは秩序を守るため、九十三歳の老人だろうと裁く姿勢を見せたということです」
「一理あるけど、会ったばっかの白龍にばくーっ! ていきなり食われるのは判決としてありなの?」
「白龍ヨーカの“万年凌遅”であれば、被害者遺族のご納得も得られるかと思います」
反論が相手側の論理を補強しちゃった。
異世界の秩序知らないのに余計なこと言うもんじゃないね。
あーなるほど、遅れて気づいたわ、だから心情的に納得しづらい裁判の話を持ち出したのか。
詰め将棋みたいな話の組み立て方するね君ね。
「いやもう、なにからなにまでアルセーの言う通りなんだけどさ」
見積もりちょっと甘かったな。
どいつもこいつも会うやつ会うやつ詩怨を甘やかしてくれるから、これいけんじゃないのって思ってた。
たしかにメチャクチャ人を殺しまくってんだよな、冥王ヴェルガシオン。
今はあらゆる意味で無害な、メスガキ系クソ雑魚底辺バーチャルユーチューバー地獄川詩怨だとしても。
「でも、なんとかなんないかな」
俺が言うと、アルセーは絶句した。
で生首を見て、俺を見て、また生首を見た。
「大事……なんだよね」
口走ってから、俺は俺にびっくりした。
アルセーも死ぬほどぶったまげていた。
「死んでほしくないんだよ。俺が。詩怨に」
俺は混乱したまま自分でもなに言ってるか分からないなりになんかを言った。
アルセーは口をぱくぱくさせた。
あー、そうか。
そうだったのか俺。
なんだろうな、言葉にするとそうなるんだな。
そうかあ。
「はー……まったく」
アルセーはため息をついた。
「これから先、こういうことが何度も起こりますよ。そのたびにご主人は、本来であれば必要なかった苦労を味わうことになるんです。分かっていますよね」
「ごめんね、巻き込んじゃって」
謝ると、アルセーは苦笑を浮かべた。
「存在の根底を破壊されることに比べれば、大したことではありませんからね」
なんか分かんないけど、存在の根底を破壊されることに比べたら本当に大したことなさそう。
「ご主人、覚悟はできてますね」
「うん。たぶん」
俺は頷いた。
もう認めちゃった以上はしょうがない。
俺は俺の身勝手さで、詩怨といっしょにいる。
もう決めた。
「じゃあアルセー、蘇生を――」
「それでは、今から虚界に行きましょう」
「え?」
「虚界です」
「なに?」
「ですから、虚界に向かって、最悪の場合は白龍ヨーカの存在根を破壊するんですよ」
虚界に向かって、最悪の場合は白龍ヨーカの存在根を破壊する覚悟は、まだちょっとできてないな。
「解呪しなくちゃ蘇生もできませんから。ああそうだ、これも持っていかないと」
アルセーはよいしょっと生首を拾い、腰のベルトに吊した。
「えっなにしてんの? 冒涜?」
「肉を標に、呪いの源を目指すんです。呪詛術の基本ですね」
アルセーは生首の角を掴んで、ランタンのように掲げた。
「こうやって、被呪者の肉に魔力を込めると……」
詩怨の薄く開いた目から、ふわわ…とパーティクル状の光が漏れ出した。
「ダークソウルで見たことある画だ」
「虚界の闇は、標の光がなければとうてい歩き通せるものではありませんから」
「巨人墓場じゃん」
「急ぎますよ、ご主人。白龍ヨーカの“万年凌遅”は呪詛術の中でもとくべつに残酷です。ヴェルガシオンの……詩怨さんの精神が壊れる前に、救い出しましょう」
もうなんでもやるよ、存在根の破壊だか万年凌遅だか、とにかくできることはなんでもやるよ。
待ってろ、詩怨。
いま助ける。




