エンター・ザ・ドラゴン・イマジナリー①
どっ。
ごろごろごろ。
ボウリングの球っぽいサイズの塊が、生暖かい液体を垂れ流しながら目の前に転がってきた。
その球には、インパラみたいなねじれ角と、紫銀のふわふわロングヘアが生えていた。
つまりどういうことかというと、俺の足もとに詩怨の生首が転がっている。
じゃあ首から下はどこに行ったかというと、上空だ。
手足をだらーんと垂らした詩怨の肢体が、白龍の両顎の間に挟まっている。
えーと。
なんでこんなことになったんだっけ。
「冥王の罪、これで濯がれたと思うな」
白龍がそれっぽいことを言った。
ああそうだ、バハムートネードの動画が五千再生いったんで、調子に乗って大イスタリ宮名所探訪第二弾を企画したんだ。
地元の方の住処にお邪魔してメシ食わせてもらう、テレ東っぽい企画。
んで訪ねたのがこの白龍。
なんでも大イスタリ宮の名士で、迷宮保安委員会に名を連ねてるらしいよ。
取材許可取って、お邪魔しまーすっつって、直後に詩怨が噛みちぎられて生首。
「忌み子よ。おまえは虚界にて、万年の凌遅に苛まれるがいい」
白龍は詩怨の首から下をごくんと飲み下し、鼻先を俺に向けた。
「愚かなる人間よ。おまえはその首もて、触れ回るべし。冥王は討たれ、白龍ヨーカに呪われたと」
えー、TwitterのDMではめちゃくちゃ腰低かったじゃんあなた。
末尾が『お会いできる日を楽しみにしています。』だったじゃんあなた。
だが、申し開きの余地はまるでなさそうだった。
「さらばだ」
白龍はどこからともなく呼び寄せた黒雲と共に飛んでいき、稜線の向こう側へと消えた。
俺の足もとには、もはや血すら流れない詩怨の生首。
「……めっちゃ死んでんだけど」
喉の奧から変な笑い声が漏れた。
完全に恐慌を来している。
うそじゃん、こんなことになる?
今までいろいろあったけど、目の前で人が食いちぎられるとこ見たのはじめてだよ。
そんでなんかもう、俺ちょっと狂っちゃったんだろうな、とりあえずやったのはiPhoneで生首の写真撮って、ミル姉さんにLINEすることだった。
しゅぽっ。
てろんっ。
『死んだの?』
てろんっ。
なぜかぼのぼののスタンプが送られてきた。
あの、ひゅひひひひひーぅって汗が出てるときのやつ。
『なんか白龍ヨーカに』
しゅぽっ。
てろんっ。
またぼのぼののスタンプ。
ちょっとそのひゅひひひひひーぅ一旦止めてくんないっすかね。
てろんっ。
『アルセーにLINEして』
『あー』
しゅぽっ。
『そうします』
しゅぽっ。
『ありがとうございます』
しゅぽっ。
てろんっ。
だからそのひゅひひひひひーぅ止めてくんないっすかね。
世代じゃないし俺。
俺はLINEの、かなり下の方にある連絡先をタップした。
応えてくれるといいんだけど。
『久しぶり』
しゅぽっ。
てろんっ。
『お久しぶりです!』
『今ちょっと七十二層にいるんだけど』
『行きます』
てろんっ。
じばばばばばばばばば。
これはLINEの着信音とかではない。
空間に裂け目ができているのだ。
「ふんっぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
歯を食いしばってるときの声。
裂け目のふちに誰かが指をかけ、空間をこじ開けようとしている。
「ハイー!」
ばつーん! と裂け目が広がって、紫色にちらちらするポータルが現れた。
「ぜー……はー……しんど」
肩で息をしながら這い出てきたのは、パンツスーツに桃髪ボブのちいさめ女子。
「フゥー……」
幼女ニンフのプリースト、アルセー・ナイデスは、額の汗をぬぐった。
「急にごめん、アルセー」
アルセーは首を横に振った。
「いえ、とんでもない。勇者様からも連絡をいただきましたから、一大事だと思いまして」
「かなりね」
「ご主人が大イスタリ宮にいらっしゃること自体、そもそも一大事でしたね。それで、なにがあったんですか?」
俺は黙って生首を指さした。
「わー! 死んでます! わー!」
当然、アルセーはたまげて叫んだ。
「まあなんかその……友達なんだけど、ちょっと死んじゃって。蘇生お願いできないかなーって」
「それは災難でしたね。首から下はどちらに?」
「食べられちゃった」
「そうでしたか。すみません、無神経なことを」
あ、それ無神経なんだ?
倫理基準がなにも分からん。
「そういうことでしたら、念のため用意しておいてよかったです」
アルセーはモーニングスターを取り出した。
軽く振ると、先端の鉄球が邪悪な虹色に輝く。
なんだっけこれ、聞いたことあるな。
三千世界統一大天球とかいうアーティファクトだ。
「ちょっとご遺体を拝見しますね」
アルセーは片膝をつき、生首を持ち上げた。
薄目を開けたまま死んでるのがめちゃくちゃ死んでるなーって感じして怖い。
アルセーは、こないだいっしょに世界を救ったルールーと、かつてパーティを組んでいた。
その名もメイズイーター、リンヴァース最強の冒険者パーティだ。
死者蘇生は熟練の術者にとってさえ難しい奇跡で、失敗すると遺体が灰になったりするらしい。
しかしアルセーは史上最高のプリースト、これまで奇跡をしくじったことがないという。
だからミル姉さんは、アルセーに連絡を取るようアドバイスしてくれたのだ。
しかしアルセーは、生首を地面に置き、深くため息をついた。
「すみません。わたしには、蘇生させられません」
あれ?
話の運びがおかしくなってきたぞ。




