メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑪
「ちょっと待ってな」
バハムートの切れっぱしをバットに並べ、塩を当てること十分ぐらい。
こいつに熱湯をじゃーっとかけたら、冷水に沈めて熱を取る。
良い感じの霜降りになった。
そしたら流水を当て、固まった血だの血管だのを指でこすり落とす。
皮むいて半月に切った大根を、鍋に並べる。
その上にバハムートの切れっ端を置き、酒、水をくわえてひたひたに。
火にかけて沸騰したらアクを取り、落としぶたしてことこと煮る。
湯気がしゅんしゅん吹き出す。
酒が蒸発するときの、胸をつくようなアルコールの臭い。
次第に、魚の煮える血っぽい匂い。
「やばいなんか! 本能にクる匂いが! ううー!」
魚のにおいに反応したルールーが、
「ううううう……にゃおーん!」
遠吠えした。
相変わらずノリで生きてるねー君は。
さて煮ること二十分、大根もバハムートも柔らかくなってきて、味を入れる頃合い。
シルフ蜜をてろーっと鍋に落とす。
もう箸入れたら崩れるぐらいほろっほろなので、鍋ごと揺すって混ぜてやる。
んで、糖がしっかり入ったら、醤油だばー。
料理のさしすせそだ。
くつくつことこと、落としぶたの下で煮汁が鳴く。
あたたまった醤油の、しょっぱくて懐かしい匂い。
落としぶたを外して汁気を飛ばしたら、皿に盛り、針生姜をちょこんと乗っけてできあがり。
「はいよ、バハ大根」
「にゃーーーー!」
興奮しきりのルールーが箸をがばーっと鉢に突っ込み、ちまちまっと小皿に取り分け、ヴィカス博士の席に置いた。
「にゃーーー!」
で、仕切り直して自分の分を小皿に分け、がーっとかっこんだ。
「どっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
もう爆笑だもんな。
作りがいありすぎだよ君。
「ヒャーッ!」
ヒキ笑い出ちゃったよ。
「そして銀嶺立山!」
ぐいーっ。
ヒャーッ!
「はーもうほろっほろ、ほろっほろで……」
詩怨はバハムートをしみじみ噛みしめた。
「なんですかこの生き物、食われるためだけに存在してるんですか?」
まあ、集まって竜巻になるよりは、まずくなる方が適応としては労力低い気はするな。
「左から失礼」
詩怨の隣に、ミル姉さんがついた。
お願いしていた作業が終わったのだ。
「あざっした、ミル姉さん」
刺し盛りとバハ大根、銀嶺立山をお出しする。
「ううん、楽しかったもの」
お酒で口を湿らせて、ミル姉さんはにっこりした。
「あとは煮るだけにしておいたわ」
「わー助かります、もうどんどん食ってください。いい酒出しますんで」
「うふふ、楽しみね」
というわけで厨房に戻る。
水を張ったバットに浮かんでいるのは、皮を除かれぴかぴか光る、バハヒレ。
それと、からっからに干し上がったバハ節。
こいつを今日のメインにしていこうという算段だ。
まずはバハムート節を鰹箱でがっしゅがっしゅ削る。
引き出しを開けると、ふんわりいい香りの削り節がこんもり溜まっている。
ひとっぺらかじってみたら、舌の付け根がぎゅーってなった。
「おー……すっごいなこれ」
サバ節に近い酸味がきゅんきゅん来て、枯節っぽい旨味がどかーんと舌をぶちのめして、余韻にはソーダ節っぽい苦味がしんしんと響く。
こいつをお茶パックに詰めて、お鍋にぽん。
くらくらっと沸かし、五分で除ける。
金色の、やや濁ったダシが取れた。
ここに、冷凍しといたこんぶだしのキューブもぽこん。
味を見ながら塩をする。
「おっ……んんんっ」
俺は腰を抜かしかけ、アイランドテーブルに掴まった。
やー、こんぶと塩が入っちゃったんだからそりゃ一層やばいよね。
凶悪すぎる。
人類がたどり着けるダシの最終局面じゃんこんなの。
こいつを再び火にかけ、再沸騰したらバハヒレを沈める。
バハヒレがふっくらしたら火を止め、水溶き片栗粉をぽーん。
とろみがついたらできあがり。
「はいよ、和風バハヒレスープ」
「わーい!」
「あ、待って待って」
食べようとした詩怨を静止して、俺は酒の保管庫に走った。
「もう今日はこれ出しちゃおう」
緑のガラスに白いラベルが眩しい日本酒の一升瓶。
「県産日本酒の最終兵器、磯自慢の大吟醸」
店では出してない、俺が個人で楽しむための一本だ。
こいつの冷やに、バハヒレスープと併走してもらおう。
とっとっと、と四つのグラスに注いで、配る。
「さあどうぞ、食ってくれ」
「いただきますっ!」
詩怨はバハヒレをレンゲで割り、リフトアップ。
きらっきらのダシに絡んで、半透明のバハヒレがぷるっぷる。
横髪をかきあげ、はぷっとほおばる。
「ほぇ」
死んだ時みたいな声が出た。
急に極楽往生した時の声。
むちゅむちゅ噛んで、呑み込むかと思ったらまたも噛んで、どこまでも噛む。
「んむー……」
眉根をひそめ、覚悟して、嚥下。
「んぁ」
また極楽往生した。
「あっ、あっ」
グラスを手に取り、お酒を一口。
「あああー!」
生き返った。
「死んだかな? と一瞬勘違いしたんですけど、お酒でこう、シャキっ! ってなりましたっ!」
磯自慢があってよかったね。
ぶわぶわ香ってきっぱり甘いんだけど、キレが異常にいいんだよな、磯自慢。
後味ぱっきりしてて、目が覚める感じ。
「これは……ふふっ」
バハヒレをほおばったミル姉さんが、思わず笑って口を覆った。
「ヒャーッ!」
んでルールーはヒキ笑い。
大成功だ。
グランドメニューに加えてもよさそうだな、これ。




