メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑩
『サメ 解体』で出てきた動画を観ながら、バハムートに挑む。
まずは背びれやら胸びれやら尻尾やらを、キッチンばさみでじょぎじょぎ切り取る。
で、頭を落とす。
包丁をぬぬぬぬっと沈めていくと、背骨の抵抗。
ぐっと押し込む。
ぎょりぎょりぎょりっと音を立て、わりあいあっさり断ち切れた。
「あー、へー? 軟骨魚類なんだな」
サメっぽい見た目のモンスター、骨までサメなのか。
骨というか、これはあれだ、脊索ってやつだ。
「身質はマグロっぽいな」
断面は、サシの入るまっかっかな赤身だった。
皮の近くは背側も腹側も、しっとりサシの入った桃色。
脊索に対して垂直方向と水平方向に包丁を入れ、背側の身を取る。
腹側の身も、同じように。
腹身を持ち上げると、ばかでかくて黄ばんだ内臓が現れた。
「これなんだろ、肝臓?」
首をひねっていると、ミル姉さんが厨房を覗きに来た。
「あれ? 腕……」
生えてるね、腕。
「生やしたわ」
「生やしたんすね」
「祝福したのよ。しおのバフも合わせて」
まあ、ミル姉さんがやったっつってんだからやれたんだろうね。
事実生えてるし。
「それ、立派な魔臓ね。もらっていいかしら?」
「魔臓っすか」
既知の臓器ではないな。
「魔力の発生器官のことよ。バハムートは酸素を代謝して魔力を作り出せる、例外的なモンスターなの」
「例外以外を知らんなあ」
そういや、ウィルオウィスプが土中の魔力を根茎に蓄えるとか聞いたわ。
窒素みたいな感じで分布してんのかもね、魔力。
「干したものは魔法使いギルドに高く売れるのよ」
「そういうことなら、いくらでも持ってっちゃってください」
「助かるわ。ありがとう」
ミル姉さんは、剥がした魔臓をステン槽にべちゃっと置いた。
飽和食塩水をつくって、上からだばーっと注ぐ。
「よかったわね、サンマルイチ号さん。次の仕入れ代、これで賄えたわよ」
「えー? いや、あー……ありがとうございます」
たぶんリンヴァースの尺度でめちゃくちゃ高値がつくんだろう。
ご厚意に甘えとこう。
バハムートをひっくり返し、反対側からも身を取る。
で、皮をびーっとはがしたら解体完了。
「さてさて、どうしたもんかね」
腹身の端っこをそいで、食ってみる。
「お……おおー?」
ブリだ。
しゃきしゃきした歯ごたえ、口の中でとろける脂と、赤身っぽいわずかな酸味、ふわーっと広がる甘み。
ブリだこれ。
「えー分からん、分かんなくなってきた」
背側の端っこをそいで、食ってみる。
「あれ? サメだね?」
脂ののりは上々で、噛めば噛むほど旨味が出るんだけど、全体的には淡泊。
くせのない白身の印象ながら、舌にじりっとわずかな酸味を感じる。
なるほどなるほど。
腹と背で使い分けなきゃならんわけだね君は。
「奪う砂漠! ヴァスティタス!」
いきなりミル姉さんが叫んで俺はびくーってなった。
「えっなになになに、なんすか」
「魔法を使ったのよ」
「いや理由もセットで……あー、なるほど」
ミル姉さんは、ひからびた棒みたいなものを手にしていた。
バハムートの魔臓だろう。
「魔法使えたんすね」
「ほとんどの中級魔法は使えるわよ。これでも勇者だもの」
勇者って、敬称じゃなくてジョブの一種なんだ。
「なるほどなるほど」
あ、ちょっと見えてきた感じするな。
「すんませんけど、お手伝いお願いしていいっすか」
お願いすると、ミル姉さんはうれしそうにした。
甘えられるの好きなんだよな、ミル姉さん。
ついつい遠慮しちゃうけど。
「こっちのね、この背側の身と、ヒレっすね。これをからっからに乾燥させてもらいたいんすけど」
「あら、面白いことを思いつくのね。おいしそうだわ」
何をしたいのか、だいたい伝わったようだ。
察しのいい人と話すと手間がなくていいね。
「お手数ですが」
「はい、よろしく頼まれました」
というわけで、俺は腹身と向き合うことに。
あーでも、まずはシンプルにやろうか。
脊索を切り出し、すいすいっと刻んでさっと茹でる。
梅干しを裏ごし。
で、脊索、梅肉、おかか、めんつゆをボウルでがちゃーっと和える。
大葉を敷いた小鉢に盛って、白ごまぱらり。
「バハムートの梅水晶ね。これつまんでて」
ルールーと詩怨に提供。
「大将うえーい!」
「臣下さんうえーい!」
やけにご機嫌だと思ったら、こいつら既に白州でハイボール作って呑んでんじゃん。
え、撮影は?
と思ったらテーブル席にスマホがぽつんと立ってた。
定点カメラじゃん。
それ数ページに渡って獣のように盛りあうときのカメラワークであって、酒とツマミで勝っていくときのカメラワークではないんじゃない?
「しおちゃんうえーい!」
「るがちゃんうえーい!」
もういいよ、好きにしなよ。
君らのおかげで仕入れ代浮いたし。
「ねー大将、小鉢もひとつお願いできる?」
「おかわり? いいけど」
ボウルに残ったのを小鉢で出すと、ルールーは、隣の席に置いた。
そこには、お酒を満たしたグラスが一つ。
「ヴィカス博士だったっけ? 誰だかよく知らないけどさー、がんばったね」
こちん。
机上のグラスに、ルールーは自分のグラスを当てた。
「お疲れ。かんぱい」
で、ハイボールをついっと呑んだ。
これが冒険者流の悼み方か。
なんだよ、粋じゃん。
ちょっと気合い入っちゃうな。
バハムートから柵を取って、すっすっと刺身包丁を入れる。
赤身っぽいところ、中トロっぽいところ、大トロっぽいところ。
鉢につまを盛って、大葉を敷いて、きれいに並べて、お出しする。
「お待たせ。バハムートの刺し盛り、三人前」
「おっ大将、分かってるねえ」
うれしそうにしたルールーが、大トロっぽいところをひょいぱくっ。
「にゃっ」
一瞬にしてとろけた。
「にゃー……」
それはもう一瞬にして、とろけた。
「お酒……」
とろけながらも要求は忘れんね。
「はいどうぞ、銀嶺立山の純米吟醸」
日本一のブリどころ富山より、すっきりおいしい純米吟醸だ。
「おほー……にゃー……」
一口いって、ルールーはてろてろになった。
「甘口でさっぱりしてるからね。刺身にめっちゃ合うよね」
「お゛ほー……」
こっちのクッソ汚い声は詩怨だ。
トロケ顔で天を仰いでいる。
「白いとこもいいんですけど、これ、この、赤いとこ! 血の味やっばいです! ばかほどおいしい!」
で、銀嶺立山ぐいーっ。
「お゛っ」
絶好調だね。
「あー合いすぎる! 合いすぎちゃいます! 無限か!?」
「行けるとこまで行こーう!」
「この世の果てまで!」
「投げ捨てに行こーう!」
ルールーと詩怨はがっと肩を組んで歌いはじめた。
二人して大興奮だ。
作りがいあるねえ。




