メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑨
「ウッフッフ……ウッフッフッフッフ!」
けたたましい笑い声を上げたヴィカス博士が、ハンドルを切った。
急なGを受けた俺たちは、車内をころころ転がった。
「博士!」
「ウッフッフッフッフ! ジエンドイズナーイ! 終わりは近い、終わりは近いぞー!」
あーあーあーあー、ジエンドイズナーイおじさん出ちゃったよ。
いつ出るかなーと思ってたけど今ここで出ちゃったよ。
そりゃ出るだろうし、もう止めらんないよねこれ。
魔法ジープの目指す先はもちろん、バハムートネードだった。
「ジエンドイズナーイ! The End Is Niggggggggggggh!」
アクセルべた踏みの魔法ジープがバハムートネードにぐんぐん迫る。
「ヴィカス博士!」
助手席のミル姉さんが伸ばした手を、ジエンドイズナーイおじさんは肘で払った。
失血死寸前の勇者は、呆気なくシートに叩き伏せられた。
「終わりは近いぞおおおおおおお!」
「にゃんだにゃんだ! どしたー!」
「ジエンドイズナーイ!」
「にゃーっ!?」
窓を覗き込んだルールーが、ナーイおじさんの剣幕にぶったまげて引っ込んだ。
「止めてっ! 止めて下さい! このままじゃ!」
ナーイおじさんは、左手でハンドルを操りながら右手でダッシュボードをまさぐった。
ハピネスチャージプリキュアのきったねえバッグから、どさどさっと荷物が落ちる。
博士はスマイルプリキュアのきったねえ水筒を手に取ると、親指でキャップを回し、中身をがぶ飲みした。
「君たち」
ナーイおじさんが、俺たちを見る。
その目には激情と、たしかな知性が点っていた。
「私は私の人生と決着をつける。君たちは、できるだけ遠くまで逃げたまえ」
ヴィカス博士は扉を蹴破ると、泥濘の中に飛び出した。
ごろごろ転がって、泥まみれで立ち上がると、駆け出した。
「備えてきたのだ! お前のために! お前を殺すために! レッド・ヘルメット、お前を!」
運転手を失ったジープが、がたがたよたよたふらつきはじめた。
「ルー! 運転お願い!」
「にゃっ!」
びしょ濡れのルールーが運転席に滑り込み、ハンドルを握る。
「急いで! 北のポータルまで!」
「みなまで言うなだよ、みるちゃん!」
片輪超鋭角ターンを決めたジープが、限界速度でバハムートネードから離れる。
「えっ待っ……ええー? 博士が、あの、博士が」
俺は口をぱくぱくさせた。
冒険者たちの対応速度にまったくついていけない。
「……ヴィカス博士は、マスフレアを持っているのよ」
ミル姉さんが、地獄の底から聞こえてくるみたいな低い声で言った。
「なんすかそれ」
「研究室で見たでしょう? 術者の全質量を魔力に変える、一種の爆弾よ」
説明された瞬間、俺はヴィカス博士が何を考えているのか、一発で分かってしまった。
「自爆するつもりなんですね」
俺の代わりに、詩怨が言った。
ミル姉さんは黙って頷いた。
「マスフレアならば、バハムートネードを消滅させられるかもしれないわ。でも」
ミル姉さんは言葉を切ると、拳を額に当てて俯いた。
肉片一つあれば蘇生は可能だと、ミル姉さんは言った。
それじゃあ、細胞一粒残らず消え去った場合は……
「殉じたのよ、信念に。止める権利は、誰にもないわ」
運転席のルールーは、
「そだね」
と呟き、うなずいた。
◇
跳躍、着地、跳躍。
身体を避けようのない死めがけて限りなく接近させながら、ヴィカスは既に、何も考えていない。
意志力の一つの塊となって、バハムートネードに身を投じる。
暴風の中で稲妻を帯びて回転する岩くれを、民家を、バハムートを蹴りながら、猛然と突き進む。
やがてヴィカスは、無風の中心部に飛び出した。
強烈な魔力場はすでに重力子さえも蹴散らし、ヴィカスの体はふわりと漂った。
バハムートに引きちぎられた腕から、岩に磨りつぶされた足から、血が染み出して球となり、震える。
無数の血の球面に、ヴィカスの顔が像を結んだ。
ヴィカスはそこに、善き過去を見出したように思った。
無重力空間でゆったりと自転しながら、ヴィカスはそのときを待った。
やがて雲の壁を突き破って、それが現れた。
双頭のバハムート。
魔力槽たる腫瘍頭によって疑似知性を獲得し、四十一層でのバハムートネードを率い、妻と子を奪ったモンスター。
レッド・ヘルメットは、無力な男の周囲をあざ笑うように旋回した。
「ミリ……リン……」
ヴィカスはかすれ声で呟いた。
魔力場の中では音さえ拡散を許されず、ヴィカスは、自分が声に出したのか、それとも思っただけなのか、分からなくなった。
悠然と迫ったレッド・ヘルメットが、ヴィカスの横腹に噛みつかんと、二つの大口を開けた。
「ジ……エンドイズ……ナイ……終わりは……近いぞ……」
ヴィカスは懐から、水晶球を取り出す。
術者とバハムートネードに致命的な破壊をもたらすアーティファクト、マスフレア。
「おまえと……私の……終わりは……近いぞ……」
最後の意志力を振り絞り、ヴィカスはマスフレアを起動した。
ヴィカスの目論みに思い至ったレッド・ヘルメットは、魔力に変換されつつある質量を、慌てて丸呑みにした。
だが、何もかも遅かった。
マスフレアは、愚かなレッド・ヘルメットをも純粋な魔力へと容赦なく転換し――
◇
目も眩むような光。
音速を越える魔力轟が、無音で魔法ジープを追う。
熱波を浴びた大地の沸騰が、俺たちを捉えようとする触手のように這い伸びる。
「速く速く速く速く!」
ルールーは絶叫しながらアクセルを踏んだ。
「ぎゃああああああ!」
詩怨がクッソ情けない悲鳴を上げた。
一頭のバハムートが車内に飛び込んできたのだ。
突然の爆発に仰天し、慌てて逃げ込んだのだろう。
「クガタチ!」
ミル姉さんが額に剣を突き込み、即死したバハムートがびっくんびっくん痙攣しながら血をまき散らす。
めちゃくちゃ生臭いし、膝の上で命が消えていく。
「見えた! ポータルですっ!」
助手席に飛びついた詩怨が、一点を指さす。
向こう側の光景を、ポータルが陽炎のように歪ませていた。
「にゃあああああああ!」
熱が、背中をちりちり炙る。
車の後部が、ぐにゃりと溶ける。
直後、ジープは鼻先をポータルに突っ込んだ。
暗転。
「わー!」
どんがらがっしゃーんとすさまじい音がして、最初に感じたのは、いつも嗅いでるにおいだった。
「えー……」
前輪をからから空回りさせる車体から這い出して、俺は呻いた。
どこからどう見ても、俺の家のフローリング六畳間だった。
「……なんで?」
「ごめんなさい。咄嗟にここしか思いつかなかったの」
ミル姉さんが言った。
そんな、セルゲームのときの悟空みたいなこと言われてもね。
「やー、まあ、生きてますからね。結果として。無事に」
「いにゃー参ったね、グレート化しても勝てないとは思わなかったよ」
ルールーは、ヘラヘラしながらミル姉さんを引っ張り出した。
「朕の……朕の部屋が……」
そういやそうだったね、ここ君の自室だったね。
「リフォームするよ。金は……や、なんとかする」
べそべそする詩怨の肩に、俺は手を置いた。
「私も出すわ。みんなで分担しましょう」
「そだねえ。でもさー、それより先に考えることあるでしょ」
ルールーが言った。
「あー、うん。ミル姉さんの腕を生やすとか、ぐっすり寝るとか、いろいろね」
「ちっがーう!」
ルールーはぷんすかした。
休息の他に何があるの?
いや、まさか……嘘だろこいつ。
嘘だろ。
信じられないんだけど。
心の底から信じられないんだけど。
あーでもこういうヤツだったわ、六回ぐらい死んで蘇生してから俺ん家来てストロング系チューハイがばがば呑んでたわ。
「さーあ大将! なんかつくって!」
後部座席のバハムートを引きずり出して、ルールーはにっこりした。
ほんとふざけんなよこいつ。
「そうですねっ! もう食べるしかないですよねっ!」
え、乗っかっちゃうの?
「そうねえ。せっかくだし、いただきましょう」
ミル姉さんまで?
共闘によって深い絆で結ばれ何もかも分かりあったような気がしてたけど、そんなわけなかったわ。
異世界人はいつも、俺をこの世一めんどくさくさせるんだったわ。
「臣下さんっ! 動画ですよ動画っ! めっちゃ撮れ高!」
ナイーブになること一切ないよね君たち。
俺もけっこう慣れてきちゃったよ。
「どうなっても知らんからな」
俺は捨て鉢な気分でいった。
「おいしくなるんでしょ!」
ルールーがめっちゃ笑顔で言った。
まあそうだね、そこは間違ってないと思うよ。
よし、切り替えていこう。




