メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑧
突っこんできたメガ・バハムートを儀鋸でずたずたに引き裂く。
死骸を一顧だにせず、淫紋バハムートはグレート・ルールーへの最短距離を往く。
斬り殺し、刺し殺し、裂き殺し、血と肉片の土砂降りを潜り抜けたその先に、グレート・ルールーが待っていた。
倒れたままでバハムートの執拗な攻撃を受け続けたグレート・ルールーは、口を開き、ぜえぜえと息をしている。
「ぎりぎりまで近づいてください! 血を口に落とします!」
しゃがっ!
命じられた淫紋バハムートは、更にスピードを上げて矢のように降下していく。
やがて視界が、グレート・ルールーの顔に埋め尽くされる。
「ほんの一滴……多すぎれば、ルールーは知性を取り戻してしまいます。ほんの一滴でいいんです」
「そりゃまた繊細な話だね」
「“月”のバフは本来、月の魔力の過剰供給によって相手を破裂させるものですから」
詩怨は中指の先を糸切り歯で噛み、血の玉を浮かび上がらせた。
雨に濡れないよう手でひさしを作って覆い、ルールーを見下ろす。
「チャンスは一瞬。ルールーの吸気に合わせて、血を落とします」
時間の感覚がバグって、なにもかもがゆっくりだった。
淫紋バハムートが鋭角で突入し、口の直上に達する。
吐息のなまぬるい気流に、淫紋バハムートの体が激しく揺れる。
ごおっと音を立て、ルールーが息を吸う。
身を乗り出した詩怨が、腕を伸ばす。
指先で血の玉が震え、自らの重みに耐えかね――
赤黒い軌跡が閃く。
突然、視界が開けている。
淫紋バハムートの頭と、詩怨の手首が、失せている。
双頭のバハムート、レッド・ヘルメットが、頭上を泳いでいた。
腫瘍みたいな赤黒い顔の膨らんだ口に、淫紋バハムートの顔と詩怨の腕を咥えている。
背面ターンから垂直降下したレッド・ヘルメットが、血の滴る手首と頭をルールーの口めがけて吐き出す。
吸気の勢いで、肉片と血を、ルールーは吸う。
「み゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
絶叫したルールーが、喉をかきむしながら足をばたつかせた。
その姿が、見る見る内に縮んでいく。
向かい風に慣性を殺された淫紋バハムートの死体ごと、俺たちは落下する。
見上げた空を、レッド・ヘルメットが横切り、竜巻に吸い込まれていった。
擬似的な知性?
詩怨より察しが良いんだけど。
背中が地面に触れ、時間の感覚が元に戻った。
俺と詩怨はグレート・ルールーの作ったクレーターを泥水と一緒に滑り落ちていった。
「ぶえっ、うえっ、泥まっず。しゃりしゃりする」
うぺぺっと泥水を吐き捨て、俺は詩怨を抱いたまま立ち上がった。
見上げれば、食い気に逸ったバハムートが空にひしめいている。
「よーし、一匹ずつバラすわ」
強がって、俺は儀鋸を片手に構えた。
強靱な尻尾で雨を叩き、バハムートが突っこんでくる。
黒い空そのものが落ちてくるような、凄まじい圧力。
何匹ぐらい道連れにできるだろうか。
十匹はがんばりたいところだね。
「邀龍の型……」
声がした。
「東風解凍ッ!」
それは斬撃の“壁”。
無数の太刀筋を浴びたバハムートたちが、サイコロステーキ状の塊となってどばどば降ってきた。
「にゃっはっは! やってやった! いえーい!」
後ろから飛びつかれ、俺は儀鋸を杖に踏みとどまった。
「大将ぉー! ひっさしぶりじゃーん! 元気元気? そっちの子はどしたの?」
変わんないねー君も。
「こっちの子は地獄川詩怨ってVチューバー。で、色々あって世界を救おうとしてるとこだね。失敗したけど」
「だいじょーぶ! 失敗が人を強くする! がんばっていこーう!」
ルールーは腕を振り上げた。
けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルーとの、ずいぶん久しぶりに感じる(理性的な)対面だった。
「までも、とりあえず逃げよっか」
ルールーは俺を小脇に抱え、ぽーんと一跳ねでクレーターを飛び越えた。
穴の淵に、頭を失った淫紋バハムートが横たわっていた。
「……ごめんなさい」
詩怨が小さく、謝罪の言葉を呟く。
「詩怨、痛む?」
「これぐらいなら、すぐに生えますから」
「生えるんだ」
回復力がナメック星人のそれじゃん。
「輪血鬼の権能ですよ。血を分け与えるために、再生能力が高いんです」
傷口には、既に薄い皮膚の膜が生じていた。
まあたしかに、そうでもなきゃ気軽に舌を噛みちぎれないよな。
「がくってなるよー」
ルールーが着地し、俺たちを下ろした。
ヴィカス博士の運転する魔法ジープが、ばじゃじゃじゃじゃ、と濁流を切りつけながら滑り込んでくる。
「撤退よ。百層から脱出して、完全封鎖と反転魔法弾を行政に要請する。バハムートネードごと、百層そのものを消し飛ばすの。他に道はないわ」
助手席のミル姉さんが、青ざめた顔で告げる。
「にゃっ! みるちゃーん! 殺そうとしてごめんねえ、でも戦えて楽しかった!」
駆け寄ったルールーに頬ずりされたミル姉さんは、苦笑を浮かべた。
「私も楽しかったわよ、ルー。さあ、二人も乗って。急ぐわ」
「うっす」
俺は詩怨を抱っこして、魔法ジープの後部席に乗り込んだ。
「博士、お願いします」
「う、う、ふ、ふ、ふ……ジエンド……イズ……」
やばいやばいやばいやばい。
ジエンドイズナーイおじさんが出かかってるよヴィカス博士。
保ってくれ頼むから。
「しお、最寄りのポータルは分かるかしら?」
詩怨は目を閉じ、こめかみに指を当てた。
インパラみたいなねじれ角でぐるりと周囲を探る。
「北に二十キロ。たった今生じました」
「博士! さあ、急いで!」
「フーッ……フーッ……!」
びゃばばばばば、と泥水をかき分け、魔法ジープが走り出す。
ますます数を増やして空を覆い尽くすバハムートが、雨のように降ってくる。
「生きて帰すつもりゼロみたいっすね」
「任せて! 尻ぬぐいしてくる!」
ドアを蹴り開けたルールーが、ルーフに這い上がった。
「邀龍の型っ! 黄鶯睍睆ッ!」
斬撃のベクトルに従って空を逆流した雨粒が、沸騰しながらバハムートの群れと交差した。
全身穴だらけにされたバハムートが、泥水の中にぼとぼと落下する。
「もっぱつ邀龍の型っ! 魚上氷ッ!」
寄り集まって煮えたぎる水塊となった雨がレンズ状に広がり、飛び込んでくるバハムートを茹で殺した。
「にゃっはっは! 雨だと技のキレが増すねえ」
からから笑うルールー。
「ジ……エンド……ウッフッフ……」
やばい笑みを浮かべるヴィカス博士。
ミル姉さんも詩怨も、シートにぐったりもたれかかっている。
ことここに至って俺にできるのは、ただただ祈ることだけだ。
「ああああっ!」
詩怨が悲鳴を上げ、跳ね起きた。
「なになになに。どうしたの」
「ぽっ、ポータルが!」
「え? 消えた?」
「ちがう! 生じたんです! すぐ近くに! ああ!」
俺はおそるおそる、バハムートネードの方を見た。
紫色の巨大な平面が、竜巻の目前で、ちろちろと揺れていた。
平面と竜巻の間にはまばゆく光る無数の稲妻が生じ、互いにゆっくりと引き合っている。
そういや言ってたね、博士が言ってたね、自分でポータルをつくって階層間を移動するって言ってたね。
終わりじゃん。
完全無欠に文句つけようなく世界の終わりじゃん。
ジエンドイズナーイ。




