メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑦
「臣下さん臣下さん臣下さん! どうして!」
「元気そうで何よりだよ」
「あんなの血の“魅了”でどうとでもなるんですよっ! なんで臣下さんが! こんなになって! 傷だらけで!」
「その場の勢いとしか言いようがないね」
「わああああああああん!」
詩怨は俺の胸に顔を突っ伏して泣いた。
俺は詩怨の頭を撫でた。
雨とか、なんかバハムートの体液とか、とにかくぬとぬとでばさばさだった。
「シャンプー切れそうだよな。ららぽ行かないとな」
「一緒にですよ! 一緒に行きますからね!」
「あー……まあ、うん、詩怨の使ってるやつ……知らないし……」
「フードコートでごはん食べて! 成城石井でフルグラ買って! 帰ってプライムビデオでくっだらない映画を観るんです! お酒呑みながらっ!」
「うん……うん……」
ぼーっとしてきた。
めちゃくちゃ血が出てるもんな。
詩怨一人分ぐらい出てんじゃないかな。
「ちょっと寝るわ。終わったら起こして」
俺は全身の力を抜き、目を閉じた。
かと思ったら横からの加速度を受け、頭がっくがくに揺らしながら目を覚ました。
「なになになになに」
「サンマルイチ号さんはえらいわねえ」
頭ぽんぽんされた。
なんだか体に力が戻ってくる。
覚えのある感じだな、祝福だこれ。
「ミル!」
「遅れてごめんね、しお」
俺と詩怨を抱えたミル姉さんは山なりの軌道を描き、魔法ジープの横に着地した。
解放された俺は、その場にへたりこんだ。
「やー助かりました。死ぬかと思いました。なんの比喩でもなく」
「遠くからでも、バハムートネードの異様な拡張速度が分かったのよ。ちょっとだけ急いだわ。代償は大きかったけど」
「えー?」
顔を上げた俺は、はんぱに笑ったまま、凍り付いた。
「あの、ミル姉さん……なんか、腕が」
「もげちゃった」
ミル姉さんはこともなげに言った。
右肩の付け根から先が、ばっつりちぎれている。
「止血も祝福もしておいたわ。生やしておくから平気よ」
「四肢欠損カジュアルすぎません?」
「そういう世界だもの。それより、ほら……聞いて」
どおん、どおん。
暴風の哭びを裂いて、遠雷のような地響きが迫る。
「来るわ。希望が」
丘の向こうから、身長三十メートルぐらいのクソデカルールーが姿を現した。
グレート・ルールー、満を持しての登場だ。
「み゛ゃお゛お゛お゛お゛お゛お゛ん」
グレート・ルールーが野太い声で吠えると、雨粒が円錐状に弾けて音の波形が現出した。
しゃがおおおおおおおお!
静止した竜巻から、機関銃のようにバハムートが吐き出される。
グレート・ルールーは巨大太刀を横薙ぎに揮った。
巨大刀身から飛び出した円弧の衝撃波はバハムートの悉くを粉砕し、闇に小爆発の火花が咲く。
「み゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
大地を砕きながら、グレート・ルールーが奔った。
一歩ごと地面が水みたいに波打ち、俺たちは魔法ジープに必死でしがみついた。
「み゛ゃっ」
上段から振り下ろされた刀は、竜巻に触れて弾かれる。
どっどっとたたらを踏んで後退したグレート・ルールーは、巨大太刀を巨大鞘に収め、腰を深く落とした。
「み゛ゃお゛う゛う゛う゛み゛ゃあ゛あ゛あ゛――」
ぎいいいん。
鞘鳴りの音が、暴風雨を割って鋭く響く。
「み゛ょみ゛ゃんみ゛ゃあ゛あ゛う゛う゛う゛」
牡丹の落ちる速度で、巨大刀身が振り下ろされる。
竜巻に、ずぶりと、刃が通る。
鍔迫り合いだった。
竜巻は切り口から血のように無数の稲妻を吐き出し、狂ったような勢いでメガ・バハムートを射出した。
直撃を受けたルールーの具足がねじ切れ、飛び散る。
ぐるぐる回転しながら飛んできた小札が、丘を真っ二つに割って周囲に土砂をぶちまける。
鍔迫り合いに押し勝ったのは、バハムートネードだった。
刀身が竜巻から吐き出され、ルールーの腕が跳ね上がる。
無防備なルールーの胴に、竜巻は体当たりを仕掛けた。
浮き上がったルールーの体が、スローモーションで背中から地面に落ちる。
その衝撃で、大地が裂けた。
俺たちは数メートル跳ね上がり、泥の中にどさっと落ちた。
あれ?
負けちゃってない?
「これ、俺らも危なくないっすか」
俺は口の中の泥を吐き捨てながら立ち上がった。
「撤退も視野に入れるべきね」
横転した魔法ジープのタイヤに手をかけ、ミル姉さんはよろよろ立ち上がった。
「逃げてどうにかなるわけじゃないけれど」
バハムートネードは倒れたルール―を見下ろすように先端部を曲げ、絶え間なくメガ・バハムートを撃ちまくっている。
ルールーは、しばらく刀をぶんぶん振り回して応戦していたが、力尽き、腕を下ろした。
落ちた腕がまたも地面を激しく揺さぶり、ミル姉さんは足を滑らせ尻もちをついた。
もう限界だ。
どいつもこいつも限界だ。
「……仕方ないですね」
詩怨がぼそっと呟き、ピイーっと指笛を吹いた。
呼びかけに応じ、淫紋バハムートがやってくる。
「よしよし、良い子ですよ」
詩怨は淫紋バハムートの鼻面を撫で、背中に飛び乗った。
「しお、どうするつもり?」
「分かってて聞いてますよね、ミル。“月”のバフで、ルールーを強化するんです」
詩怨はびしょぬれの前髪を掻きあげ、起き上がろうともがくグレート・ルールーを見据えた。
「見たところ、グレート化はまだ第二段階です。血のバフで、強制的に段階を引き上げます」
「無茶よ! 近づく前に殺されるわ! だったら私も」
「その体で何ができるんですか? 足手まといです。休んでいてください」
冷静に指摘されたミル姉さんは顔を歪め、うめいた。
「ほんなら俺も行こうかね」
よっこらしょ、と淫紋バハムートにまたがる。
意外に乗り心地いいな。
「ありがと、臣下さん」
「ま、好きでやってることだからね」
「……これを」
ミル姉さんは多くを言わず、俺に儀鋸を手渡してくれた。
「あ、回収してくれてたんすね。助かります」
「戻ってくるのよ」
「まーがんばります。ほんなら、行こうか」
「はいっ!」
詩怨はカカトで淫紋バハムートの脇腹を蹴った。
淫紋バハムートは風を切り裂き凄まじい勢いで垂直上昇、高度を確保すると、グレート・ルールーめがけ一気に突っこんでいった。
行く手には、無数のメガ・バハムートが俺たちを待ち構えていた。
いちいち相手しているヒマはない。
「臣下さん」
振り向いた詩怨が、ねだるようにくちびるをとがらせる。
俺は詩怨の顎に指をかけて持ち上げ、くちびるに、くちびるを押し当てる。
雨にぬれて冷たく、流し込まれた唾液と血のあたたかさを強く感じる。
「……顎クイはガチっぽいですよ、臣下さん」
くちびるを離した詩怨が、照れて笑った。
「状況が状況だしね」
儀鋸のキャップを咥え、紐を引っぱる。
どるるんっどるるんっどるるんっ。
う゛う゛う゛う゛う゛ぃいいいいいい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛。
「うーっし、やろうかい」




