メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑥
バハムートネードの巻き上げる塵埃が空を覆い、赤茶けて膨張する太陽は、いまや弱々しい光を地上に落とす不吉で無力な塊だった。
俺とヴィカス博士を乗せた魔法ジープが、右手にバハムートネードを捉えながら荒野を行く。
淀んだ大気に投げかけられたヘッドライトの光は、チンダル現象で光の柱を作り、数メートル先で暗がりに呑み込まれていた。
アサイラム崩壊から二日。
魔法ジープは、トーラス荒野の入り口に差し掛かっている。
「速すぎる……おかしい、速すぎるんだ」
運転席のヴィカス博士がブツブツ呟いている。
頼むからいきなりジエンドイズナーイおじさんにならないでくれよな。
「方向は合ってるんすよね」
「そうだ! しかし、速すぎるのだ! このままでは予定よりも速く合流地点に辿り着いてしまう!」
「参ったな」
俺はミル姉さんにLINEしようとして、Wi-Fiが通ってないことに気づいた。
魔力を帯びたちりが、電波を遮断しているのだ。
「……やはり、レッド・ヘルメットの影響か」
「ユニーク個体の?」
ヴィカス博士はハンドルを強く握りしめ、奥歯をがりっと噛みしめた。
「あの個体は、擬似的ながら知性を帯びていた。ミリもリンも、やつを中心としたバハムートネードに……ジエンド……イズ……」
「わー! わー!」
俺は絶叫してヴィカス博士を我に返らせた。
「フーッ……フーッ……すまない、大丈夫だ。もう落ち着いた」
「よかったっす。とにかく、レッド・ヘルメットのせいで計算が狂ってるってことでいいっすか」
ヴィカス博士はうなずき、人差し指でハンドルをとんとん叩いた。
「既にあのバハムートネードは、知性を獲得している可能性がある。自らの意志による進路変更もあり得るだろう……かくなる上は!」
ぎゃぎゃぎゃぎゃっと、ジープが急加速しながら進路を変えた。
博士が無茶な勢いでハンドルを切ったのだ。
「えっなにするんすか」
「我々が、押しとどめるのだ! 勇者とグレート・ルールーの到着まで、バハムートネードを遅滞する!」
「嘘じゃん、絶対に死ぬんだけど」
「他に方法はない!」
ヴィカス博士はハンドルを殴りつけた。
「……ま、そうっすよね。やるだけやるしかないっすね」
俺はハピネスチャージプリキュアのきったねえバッグを抱き寄せた。
ここには、スマイルプリキュアのきったねえ水筒が入っている。
中身は、詩怨の血を混ぜたミロだ。
半分はミル姉さんの水筒に移し、もう半分は俺が持っている。
「なにかあったときは、あなたが戦って」
とはミル姉さんの言葉だ。
猛スピードで四の五の言ってられなくなったな。
俺は、後部座席に積まれた武器を手に取った。
ヴィカス博士の研究室から持ち出した、日本刀型アーティファクトだ。
竜骨砕きの呪文がエンチャントされた包丁より、攻撃範囲が広いという。
ああなんか、とうとうアーティファクトを装備して戦うようになっちゃったな。
来るところまで来たという感じがする。
これで死んでたら許さないからな、詩怨。
暗さが増し、冷たい風が吹き抜けた。
真っ黒な空から、叩きつけるような大粒の雨が降る。
バハムートネードの暴風圏に入ったのだ。
竜巻はぐんぐん接近し、黒雲の表面に走る稲妻までもが視認できた。
濡れた風はあまりにも強く、目を開けているのもしんどい。
「じゃあ、俺がやるんで。博士は隠れててください」
「ああ、頼むよ」
俺は魔法ジープを降りて、バハムートネードを正面に据えた。
「さあて、どんだけ持つかな」
俺は水筒を揺すった。
ちゃぷちゃぷと、音は頼りない。
「ミル姉さん、なるべく早めにたのんます」
俺は水筒に口を付けた。
甘くてしょっぱくて、鉄の味がした。
血管を冷たい粘液が流れる感覚。
冥王のバフを受けたそこらのおっさんが、どこまでやれるかね。
まあ、やれるとこまではやってみよう。
鯉口を切り、刀身を引き出す。
柄尻のキャップを捻って、紐を引っぱる。
どるるんっどるるんっどるるんっ。
う゛う゛う゛う゛う゛ぃいいいいいい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛。
刀に仕込まれた無数の刃が回転する。
チェーン日本刀、儀鋸。
二百層以深で入手可能なユニーク武器らしい。
ぶるぶる暴れる柄をぎゅっと握りしめ、俺は地面を蹴った。
しゃがああああああ!
数匹のメガ・バハムートが、空中の俺めがけて射出される。
儀鋸を振りかぶり、縦回転斬撃。
刃付きハンドスピナーと化した俺はバハムートの上を高速で転がった。
しゃっががががががががががが!
ぶちゅちゅちゅちゅちゅっと肉片を散らし、背中を一直線にえぐられたメガ・バハムートはあっさり絶命する。
回転の終わり際に死骸を蹴りつけ、俺は高度を稼いだ。
横から来たのを切り払い、上から来たのを突き殺し、死骸を蹴り渡りながら竜巻へとにじり寄る。
嵐と稲妻をかきわけて、次から次へとバハムートが飛んできた。
過熱した刀身が雨滴を焼いて、息詰まるような湯気をもうもうと上げる。
切り裂き、切り裂き、切り裂き、あっという間に全身余すところなく血みどろだ。
「詩怨、返事しろ、詩怨」
俺のつぶやきは暴風雨にかき消され、肉片化志願のバハムートが引きも切らない。
飛び散った血が目に飛び込み、まばたきした次の瞬間、足首に凄まじい痛みを感じた。
一体のバハムートが、がっちり噛みついていた。
「やっば」
あろうことかバハムートは、空中で身を捻り、回転しようとした。
それはワニの領分だろ。
サメがデスロールすんなよ。
俺は咄嗟に身を捻った。
バハムートに合わせて自分も回り、ずたずたに引き裂かれるのを回避すると、チェーン日本刀で刺し殺す。
死骸の口から足を引き抜き、一息ついたところで、今度は横っ腹に牙が食い込んだ。
やばい。
死ぬほど痛い。
ぎりぎりぎりっと、ぎざぎざの牙が食い込んでくる。
えっ、終わったじゃん。
死ぬんだけど俺。
俺に食らいついたクソバハムートが尾を振る度、牙がめりめりと肉をかき分けていった。
吐き気がして、頭が真っ白になる。
サメに食われて死ぬの?
想像もしてなかったな。
しゃがおおおおおおおおおっ!
一頭のバハムートが、雨の空を泳いで近づいてきた。
完全に終わった。
四肢をバラバラの方向に引っ張られて引き裂かれるやつじゃんこれ。
しゃがおおおおおおお!
だが新たにやってきたバハムートは、どういうわけか、俺に食らいつくクソバカ鮫へと突進したのだ。
しゃがあああああ!?
不意打ちを食らったゲロクソデスロールアホ鮫は俺を解放し、攻撃してきたバハムートを見た。
俺はクソバカゲロクソデスロールアホブルシット鮫クズの目玉に、柄まで通れと儀鋸をぶっ刺した。
水っぽい眼球が、肉が、脳が、チェーン日本刀に攪拌され、泡だらけの肉色ミンチになって噴き出す。
目刺しにされたバハムートは、狂ったように泳ぎ回った。
「おえっ、えっ」
儀鋸の柄に必死で捕まりながら、俺は思いきり吐いた。
吐瀉物は光る帯となって空中を流れ、風雨の中に消えていった。
腕の力が、もう残ってない。
数秒後には落ちて死ぬだろう。
しゃがおおおおお……
俺を救ってくれたバハムートが、身を寄せてきた。
「あー、なんか助かったわ。ありがとね」
お礼を言うと、バハムートは俺におなかを見せた。
撫でろ的なニュアンスだったので、撫でてみる。
すっげえザラザラしてんね、肌。
しかしこいつ、どういうつもりなんだろう。
フリークアウトした個体なのかな。
「ん?」
こいつ、下腹部がピンクに光ってんぞ。
目を凝らすと、なんか、模様が見える。
見たことある模様だな。
けっこう高い頻度で遭遇するな。
「……淫紋じゃん」
見間違いようもなく、それは淫紋だった。
俺は爆笑した。
「くすくすくすくす♡」
バハムートがハート付きで笑った。
正確に言えば、バハムートの喉の奧から、声がしたのだ。
「えー? おとななのに負けちゃうんですかぁ? ざっこ♡」
ハの字まゆ毛と⌒のかたちに持ち上がった下まぶたを、俺は幻視した。
「ざっこ♡ざぁこざこざこ♡ざこ臣下♡」
血のバフが切れる。
指先に残った力が失せる。
俺は儀鋸から手を放し、まっすぐ落下しながら、それでもまだ爆笑していた。
「メスガキノルマ達成じゃん」
バハムートの口が大きく開く。
詩怨が、飛び出してくる。
「臣下さん!」
バハムートの顎を蹴っ飛ばして加速した詩怨が、俺の胸に飛び込んできた。




