メガ・バハムートVSグレート・ルールー⑤
ヴィカス博士の断片的な語りをつなぎ合わせていくと、何が起こったのか、だいたい想像できた。
四十一層で発生したバハムートネードによって、博士は妻と子を失った。
レッド・ヘルメットが混ざると、ただでさえ凶悪なバハムートネードがクッソ激烈なやば味になってしまうらしい。
そいつはたぶん、俺と詩怨の間に割って入ったあの巨大双頭バハムートだろう。
妻子を失ったヴィカス博士は、バハムート調査に生涯を捧げた。
だが、彼が命を賭けて執筆した論文はあっさりリジェクトされた。
百層でバハムートネードが生じるなど誰も信じなかった。
というより、信じたくなかったんだろうな。
ここには、ダンジョン資源の集積地アサイラムがある。
それが一発のサメ台風で粉々に吹っ飛ぶというのは、人類にとって都合が悪すぎる。
そしてたいていの人間は、都合の悪い真実に目を向けようとしない。
そのへんは異世界も地球も変わらんね。
嘲笑を浴びた博士は学会を去り、孤独な研究に打ち込むうち……自作の看板をぶら下げてバハムートネードによる終末を警告する、ジエンドイズナーイおじさんになってしまったのだ。
「ウッフッフッフ……ジエンドイズナーイ……終わりは近いぞ……」
きつすぎる。
そんな人生あっていいのか。
「ルールーはきっと、調査隊に雇われていたのね」
「で、バハムートネードに巻き込まれたわけっすか」
「ええ。逃げる機会を逸して朔を迎え、グレート化してしまったんでしょう」
「グレート化してしまったんすねえ」
そんな呼び名がついてたんだあの凶暴化形態。
しかし間が悪いね、ルールーも。
まあ即死してないだけいつもよりはマシか。
「とにかく、何が起きてんのかはだいたい分かりました。んで問題は、どうすりゃ詩怨を助けられるのかってことなんすけど」
「無駄だ。私の計算によれば、バハムートネードは百層に散らばるメガ・バハムートの群れを更に取り込み、拡大し続ける。閾値を超えた時、魔力によって知性を駆動させるはずだ。多くの魔力型知性体と同じように」
「えーと、そうなるとどうなるんすかね」
ヴィカス博士は机をだーん! と両手で叩いた。
「いいか、ここが重要なのだ! 生物は生存のために生存している! 繁殖ではない! エサが豊富な土地のボノボは少子化する! そして知性は適応のための究極の補助輪だ! 意図された更なる巨大化、意図された更なる膨張! 群体生物となったバハムートネードは自らポータルを発生せしめ、階層間を渡り歩くだろう! 群であり個でもある自身の生存をより豊かに、より押し広げるためだ!」
「……世界の、終わり」
ミル姉さんが、ごくりと息を呑んだ。
「そうとも、終わりは近いのだ! メガ・バハムートの群れは大イスタリ宮から溢れ、リンヴァースを呑み込むだろう! その先には、そう! 地球がある! 広大な惑星を食べ尽くし、それでも止まらんぞ! 飛び出す先は宇宙だ! 闇と真空と放射線に適応し、銀河すべてを食らってもなお飽くことなく拡大する!」
スケールがでかすぎるんだけど。
地球どころか銀河系の存亡がかかってんの?
グルメレポートしにきただけなのに?
「ここで食い止める他ないということね」
ミル姉さんが、こともなげに言った。
いやまあ、そうなんだろうけど。
「どうすりゃいいんすかね」
「すくなくとも、私ひとりの力では無理ね。ダゴン程度のモンスターに苦戦するぐらいだもの」
「あっ、へえー? えー、へー……やばくないっすかそれ」
「やばいわよ。でも、一つだけ策がある」
ミル姉さんはすうっと息を吸った。
「グレート・ルールーを使うわ」
「ルールーを?」
「ええ。グレート化には段階があるのよ。朔の日が……つまり今日が、第一段階。月齢が増すにつれ、強化をより深めていくの。月の魔力を、知性ではなく身体力に振り分けちゃうのね」
「ああー、なるほどなるほど。めっちゃ強くなったグレート・ルールーをバハムートネードにべーん! てぶつけるんすね」
俺は右てのひらに左拳をべーん! と叩きつけた。
「そういうこと。グレート・ルールーの力がピークに達するのは三日後ね。うまくタイミングを合わせれば、メガ・バハムートを全滅させられるかもしれない。そうでなくとも、勢いを弱らせることはできるはずよ」
「でもそれ、きれいに相討ちしてくんない限り、どっちかは残りますよね」
ミル姉さんは静かに頷き、熾火のように闘志を滾らせた。
「勝った方が、私たちの敵になるのよ」
なるほどですね。
「詩怨はどうなっちゃうんすか?」
「率直に言って、分からないわ。でも死んでいたとして、肉片一つあれば蘇生はできる」
「あー……はい」
命が軽すぎる。
死者蘇生が可能な世界の倫理観だ。
「ヴィカス博士、バハムートネードの進路は予測できますか?」
「もちろんだとも! 備えてきたのだ! 統計学、占星術、竜秘学! ありとあらゆる学問を、そのために学んだ! ミリとリンを殺したバハムートネードを、終わらせるために……!」
博士は床に這いつくばり、資料の山をかき分けた。
百層の地図を取り出し、指でアサイラムのある場所をつつく。
「超大型のバハムートネードはメガ・バハムートのマーチングの性質上光源に向かうが、実際の進路はコリオリの力を受けて東にずれる」
ずいーっとなぞっていって、指先はとある一点で静止した。
「三日後には、ここを通過するはずだ」
「トーラス荒野ね。開けていて、邀撃には都合のいい場所だわ」
ミル姉さんが地図を覗いて言った。
「私はグレート・ルールーをトーラス荒野に誘導する。サンマルイチ号さんとヴィカス博士は、バハムートネードを観測してくれる? 進路の修正は、LINEしてくれれば対応するわ」
「うっす」
「分かった」
「さあ、動きましょう! リンヴァースを、そして地球を守るのよ!」
ぱんと手を打ち鳴らし、ミル姉さんが声を張り上げる。
こうして、人類の存亡をかけたメガ・バハムートvsグレート・ルールー作戦が開始されたのだった。




