ワイバーンの松かさ揚げ③
むりやりこじ開けた目に飛び込んできた光景は、岩がちな丘陵に広がる疎林だった。
口の中に血と土の味を感じる。
ごろんと転がって、仰向けになる。
空はのどかに青い。
ばたたたたっと羽音を立てて、無数の鳥が上空を横切った。
直後、ずしんと轟音、地面が揺れる。
「現れましたねっ! 好都合です!」
詩怨の、いきいきした声。
首だけ持ち上げる。
幼女とワイバーンが向き合っていた。
どこからどう見てもワイバーンだった。
全長は尻尾を含めて十メートルほど、おそらく十歳ぐらいの若齢個体だ。
身を低くした四足歩行の肢体は、細かいうろこに覆われている。
長い首の先端に、鋭い牙がビッシリ並んだばかでかい口を持つ凶悪な面相。
伸ばした前肢と畳んだ後肢の間に半透明の飛膜。
太いしっぽが地面を掃いていた。
俺は瞬時に状況を飲み込んだ。
輸血鬼とやらのメスガキ系底辺バーチャルユーチューバー地獄川詩怨は、俺を異世界の迷宮に……大イスタリ宮に連れ込んだのだ。
とんでもないことしてくれたなおい。
ワイバーンは前肢で地面をひっかき、詩怨を小さな金色の目でにらんだ。
詩怨は、白い黒目と黒い白目でにらみ返した。
ゴアオオオオオオン!
吠え声で疎林の木々が揺れ、若葉や小枝がぼとぼと降ってくる。
詩怨は髪をばたばたなびかせながら、臆さず、傲然と胸を反らした。
「智の寵愛に置き去られた下等種族が、我に吼え猛るか!」
詩怨がかっこいいことを言った。
「堅果の矮小たるおまえの脳でさえ、かすかな襞の奥深くにこの名を刻んでいよう!」
詩怨が漆黒のオーラをまとった。
「我が名はヴェルガシオン! 冥王ヴェルガシオン! おまえたちを統べるもの! おまえたちを見つけ、捕えるもの! 全象万物を暗やみに繋ぎとめるもの!」
聞き覚えのある名前だった。
地球上に、ヴェルガシオンの名前を知らないやつはあんまりいないはずだ。
やばいじゃん、と俺は思った。
数年前、バーチャル冥界王ヴェルガシオンというふざけたVtuberが世界に宣戦布告した。
実際、バーチャル冥界王ヴェルガシオンは、かつて異世界リンヴァースを滅ぼしかけた冥王ヴェルガシオンだったのだ。
で、バーチャル冥界王ヴェルガシオンは無数のポータルを開け、ありとあらゆる破滅的混乱をこっちの世界に引き込んだ。
あバーチャル冥界王ヴェルガシオンのこと思い出してきたわ、たしかに登録者数六万人ぐらいだったわバーチャル冥界王ヴェルガシオン。
冥王ヴェルガシオンは、とある冒険者パーティと勇者に討たれた。
しかしどうやら、死に損なったバーチャル冥界王ヴェルガシオンはバーチャルユーチューバー地獄川詩怨に転生したのだ。
まあ、バーチャル〇〇って名前はトレンドじゃないもんな。
しかしあれだね、前世売りできそうだね君。
いや無理か、運営がトんだの、演者が世界征服しようとしたせいだろ完全に。
詰め腹切らされてかわいそう。
ゴアオオオオオオオン!
再びワイバーンが吼え、詩怨めがけて突進した。
詩怨は黒いオーラを、突き出した右手に凝集させた。
「冥き王の権能を識るがいい!」
ワイバーンと黒いオーラが衝突する。
吐き出されたエネルギーが二頭の化け物を中心とした円形に拡散して木々をなぎ倒し岩を砕く。
直後、ぽーんと跳ねた。
ゴムボールかなんかみたいに跳ねた。
冥王ヴェルガシオンの体が。
「あああああああ!」
情けない悲鳴を上げながらすっ飛んできた詩怨が、俺の前にぽさっと落ちた。
「なんでえ……なんでええ……」
うつぶせで泣いてる。
気持ちは分かるよ。
バギャギャギャギャ!
声をかけようとして、木々のヘシ折れる音で全身が凍った。
強烈なぶちかましで前途のあらゆるものをなぎ倒したワイバーンが、ターンしてこっちに向き直った。
詩怨が変に焚き付けたせいで、むちゃくちゃ怒っている。
「なんでえ……冥王なのに……」
「ままあるよね、人生にはね」
俺は冥王を小脇に抱え、全力で走りだした。
当然、ワイバーンはめちゃくちゃ追いかけてきた。
足音が響いて地面が揺れる。
砕けた石のつぶてやら飛び散った枝やらがヒュンヒュン飛んでくる。
「まだ世界を滅ぼそうとしてたんだ」
あまりにべそべそしてるので気の毒になってきて、俺は逃げながら声をかけた。
「わたっ朕は、朕はただ! 動画を撮りたかっただけなんですっ! あのときっ、バーチャル冥界王のときにチヤホヤされたことが忘れられなくてえ!」
想像をはるかに越えてみっともないこと言い出したな。
「モンスターを倒して調理して実食! の動画で勝っていきたくて!」
「それカメ五郎の勝ち方じゃない?」
「いまやVといえば箱推しストリーマーしか勝たん状況じゃないですか! いえ楽しいですよ! ころねちゃんとかるるちゃんのゲーム実況大好きだしスパチャもしてます!」
「ガチじゃん」
スパチャ読み上げ配信に一喜一憂してんじゃん。
あれ楽しいよね、頭おかしいいつメン見てるだけでも楽しい。
「でもわたっ朕、朕は別のやり方で攻めたいんです!」
「それで狩猟と料理動画を? ベタすぎるしVでもなくない?」
「わたちっ、わた、わた朕っ」
「さっきからずっと一人称の建て付けが悪すぎる」
「朕はっ、企画と動画で勝っていきたいんです! だから、モンスターアペタイザーアンバサダーの臣下さんに協力を乞おうとっ!」
ふと、足音も吼え声も止んだことに俺は気づいた。
走りながら、後ろを向いてみる。
ワイバーンは、頭を下に大樹の幹にしがみつき、首をもたげていた。
前肢の爪に力がこもって、樹皮がベギベギベギ、と音を立てて砕けた。
「朕はっ、朕はですねえ!」
「フっといてごめんだけど、もっと生存にとって大事な話しない?」
「朕はですねえ! 好きなことだけやって、そのうえでチヤホヤされたいんですよおおおおおお!」
詩怨の絶叫に応じるようなタイミングで、大樹を蹴ったワイバーンが羽を広げた。
なるほど、ワイバーンって滑空するタイプのモンスターだったんだな。
「チヤホヤされたい……それだけなんですよ……」
すごいね君、命の瀬戸際まで追い詰められて、哀しい過去とか辛い事情とかの同情したくなるエピソードトークが一個も出てこないんだ。
徹底的に自己利益の話しかしてないんだからまあ一貫はしてるな。




