メガ・バハムートVSグレート・ルールー②
スマホのカメラが映すのは、土レンガの建物が建ち並ぶ風景。
「人類どもー! はい、本日は大イスタリ宮百層からお送りする地獄川詩怨ちゃんねるですっ!」
「いよいしょー」
詩怨は、ぱちぱち拍手するミル姉さんにスマホを向けた。
今日もビキニアーマーに腰マント、勇者の正装だ。
「さあて本日の動画は、大イスタリ宮食べ歩き! ということで、勇者ミルガルデヴャルドさんとダンジョン居酒屋さんまるいちの臣下さんにもね、お越しいただいていますっ!」
今回の企画は、ミル姉さんの持ち込み。
地球には数十億人ぐらい人類がいて、その数は異世界にとって魅力だ。
中世ヨーロッパぐらいの文明程度だったら、人口がそのまま国力だったりする。
情報発信で魅力を伝え、異世界への移住を促す目論みが、リンヴァース行政にはあるそうな。
田舎の役所がYouTubeのチャンネル開いて、地元の祭りとか観光名所の動画をアップするようなもんっすかね。
そんなわけで、大イスタリ宮をがんがん紹介していけば、リンヴァース側から案件が回ってきたりするらしい。
そういう稼ぎ方もありっちゃありだな。
「ミル、ここはどういうところなんですか?」
「ダンジョン都市アサイラム。広義人類の最前線よ」
「というと?」
「私たちリンヴァース人は、大イスタリ宮の資源を汲み上げることで豊かになったわ。このアサイラムは、資源確保のため拓かれた中継基地にして集積所なの。ここに来れば、百層以深の迷宮大深層の物品を売買できる」
「なるほど! おいしいものはあるんですかっ!」
「もちろん。独自の文化が花開いていて――」
「ジエンドイズナーイ! ジエンドイズナーイ!」
だみ声が、ミル姉さんの語りを遮った。
なんか、看板を体の前後にぶら下げたサンドイッチマンおじさんが、通りのどまんなかで喚いている。
「ウフッフッフ! ウッフッフ! 終わりは近いぞ! 終わりは近いぞー! ジエンドイズナーイ!」
看板には『THE END IS NIGH』の文字。
「ウッフッフッフッフ……ジエンドイズナーイ!」
行き交う人々は、誰もジエンドイズナーイおじさんのことを気にも留めない。
独自の文化が花開いてるね、確かに。
「……さて! それでは一軒目! 行ってみましょうっ!」
詩怨が仕切り直した。
「そうね。まずは市場の――」
どおおん。
大地が揺れ、爆発音。
町並みの向こうから、煙が上がった。
「うわわわわ。なんすかあれ。文化?」
「……獣臭い魔力ね」
「文化じゃない感じっすか」
どおおおん。
再度の爆発。
さっきよりも近い。
土レンガの建物がぐしゃっと倒壊する。
悲鳴を上げた人々のかたまりが、こっちめがけて走ってきた。
「行きましょう」
「えっ?」
「なにかがアサイラムを襲っているのよ」
勇者の判断力で、ミル姉さんは人をかき分けはじめた。
「えっちょっちょっちょっ」
どおおおおおおん!
眼前の建物になにかが突っこんできて、俺たちは足を止めた。
土レンガの塊が、土埃の尾を曳きながらバタバタ落ちてくる。
「詩怨、やばいってこれ」
「臣下さんっ!」
搗かれたビリヤード玉みたく、無秩序にあっちこっち走り回る人々の中、俺と詩怨は手をつないだ。
みゃおおおおおおおおん!
瓦礫の下から、猫っぽい叫び声。
二メートルぐらいある土レンガの塊が、ぽーんと垂直に跳ね上がる。
そこに、人影。
「みゃああああああおおおおおおおおお!」
具足を身につけ太刀を佩いた、二足歩行型のモンスターが吠えていた。
けも耳に短いマズル、顔も指先もふっさふさの白い毛に覆われている。
青みがかった緑の瞳に浮かぶ虹彩は、糸のように細く鋭い。
「なにあれ? どういうモンスター?」
「さあ……」
「ルールー! ルールー・ルーガルー!」
ミル姉さんが、モンスターに対峙した。
「あ、そういうモンスターみたいですよ」
「あー」
「臣下さん?」
「うーん」
「どうしたんですか?」
「やー、多分なんだけど……友達だわ、あのモンスター」
なにしてんすか君。
ルールー・ルーガルーは、居酒屋さんまるいちを始める前からの知り合いだ。
そのころ住んでたアパート『ふれんどしっぷ町田』の三○一号室には、なぜかポータルが開いていた。
ある日いきなりふらっとやって来たルールーたちは、俺が料理できると知るや否や、スライムだのグレイトドラゴンだの、わけ分からんもんを大量に持ち込み、ツマミを作らせた。
まあつまり、俺がダンジョン居酒屋なんか開業するきっかけとなったわけだ。
「詩怨も会ってるよね」
バーチャル冥界王ヴェルガシオンを封印したのは、冒険者パーティのメイズイーターだ。
ルールーはメイズイーターのDPSだとかなんとか。
冒険話を聞く限り、たいてい戦闘の序盤で即死して、プリーストに蘇生してもらってた。
「えー? あー……あ! あのルールー! ルールー・ルーガルー!」
察しが悪すぎる。
「みゃおおおおおおお!」
ルールーが吠えた。
「でも、あんなじゃなかったけどなー。けも耳以外はヒトだったんだけど」
「今日は朔ですから、それじゃないですか?」
「新月? ああ、そっか。なるほどな」
前にちょろっと話した、二等人類。
知性を月の魔力で駆動しているため、新月から三日月のあいだはいろいろ見境がなくなっちゃうのだ。
はえー、ルールーってそうだったんだ。
数年来の付き合いだけどはじめて知ったわ。
「みゃおっ!」
鉤手の先端に黒い爪を出したルールーが、ミル姉さんに斬りかかった。
眼前で腕を交差して受けるも、ミル姉さんは数メートル後退する。
「我が名はミルガルデヴャルド・ギョリンモルデル!」
ビキニアーマーの肩パットがジャキン! と展開し、剣の柄が飛び出す。
「邪の象形たる半竜半人と誓せし冥約の勇者!」
「みゃおおおおおっ!」
「クガタチ!」
右手の剣を引き抜きながら振り下ろす。
三日月型の水刃を、ルールーは爪で容易く切り払った。
「ヒギショウ!」
左手の剣を引き抜きながら薙ぐ。
炎の波を浴びたルールーは、空中宙返りで飛びずさった。
「にゃー……」
ミル姉さんを睨みながら、すすけた顔を腕でこする。
完全に動きが猫だ。
「みゃお! みゃう!」
威嚇と抗議の鳴き声をあげ、ルールーが四つんばいになった。
高く突き出したお尻をゆったり振って、前腕にたっぷり力をこめている。
爪を土に食い込ませ、いつでもスタートダッシュできる姿勢だ。
「さすがはS級冒険者パーティのDPSね。苦も無く捌かれるなんて」
ミル姉さんはデストラーデのガッツポーズっぽく構えた。
ぴりっとした睨み合い。
すでに住民はすっかり避難し、この立ち会いを見守っているのは俺と詩怨だけだ。
「ジエンドイズナーイ! 終わりは近いぞ! ウッフッフッフ!」
あ、ジエンドイズナーイおじさんもいたわ。
あなたが何者かはぜんぜん知らんけど、はやく逃げた方がいいと思うよ。
「みゃみゃみゃみゃみゃっ!」
すっ飛んで距離を詰めたルールーが、右、左、右、左と高速ひっかきを繰り出した。
ミル姉さんは下がりながら二剣で丁寧にパーリングしていく。
「膂力は凄まじいわね。でも、雑よっ!」
爪の連撃が止まった瞬間、ミル姉さんはヒギショウの刃に炎を纏わせ、振り下ろした。
「みゃおう!」
ルールーは、一撃を受け止める。
両手に握った太刀の刀身で。
「なっ……それなら!」
ミル姉さんは目を見開くも、ただちに冷静さを取り戻し、空いた右手のクガタチで突き込んだ。
ルールーはミル姉さんの腹を蹴って飛び上がり、空中で刀を振りかぶった。
「みゃおりゅうのにゃー」
獲物を捉えた瞳のタペータムが輝き、ぐにゃりと空間が歪んだ。
「にゃー!」
力任せの、乱暴な振り下ろし。
「んぎっ!」
地面がべごっとすり鉢状にへこみ、中心地にいたミル姉さんは、びたーん! とたたき伏せられてうつぶせになった。
「ミル!」
走り出そうとした詩怨が、
「ジエンドイズナーイ!」
「わっぷ!」
ナーイおじさんの看板に激突してひっくり返った。
「ジエンドイズナイ……終わりは近い……」
サンドイッチマンおじさんが、詩怨に手を差し伸べる。
「え? ありがとうございます」
「ジエンドイズナイ」
詩怨を助け起こしたおじさんは訳知り顔でうなずいた。
「大丈夫?」
「平気です。そんなことより、ミルが危ないんですよ!」
詩怨は戦場を指さして足踏みした。
「しゃーなしだ、俺も加勢するよ」
「臣下さん! んんんっ!」
がりっと舌を噛み、唾液まじりの血をてのひらで受ける。
膝をついて、詩怨のてのひらに舌を当てる。
甘くてしょっぱくて、鉄の味がした。
「“血の大力”です。あのレベルの戦いにはいささか心許ないバフですが――」
なにか言いかけた詩怨の体が、消えた。
持ち手のちぎれたハピネスチャージプリキュアのきったねえバッグが、どさっと地面に落ちた。
「え?」
「わああああああああ!」
絶叫が降ってきて、見上げた空に、サメがいた。




