メガ・バハムートVSグレート・ルールー①
大イスタリ宮百層。
ステップ地帯は深い夜の中にあり、月明かりの下で矮性の木々は黒い影だった。
曲がった木の幹に寝そべり、二十六夜の細い月を見上げる女が一人。
具足を身につけ太刀を佩く、けも耳の侍だ。
「くあー……あっふ」
けも耳侍はあくびし、伸びをした。
「ねー! 見つかったー?」
声をかけた樹下にはLEDライトが灯り、あらゆる種の広義人類が照射範囲に出入りしている。
彼らはリンヴァースのトポレンカ記念大学、地球のメルボルン大学の学者が集まった混成調査隊だ。
「辛抱辛抱! ルールー・ルーガルーの出番もすぐに来るともさ!」
ステンレスのマグを手にしたオーガ調査員が、樹上を見上げた。
「学者の護衛なんて、S級冒険者にゃ退屈な仕事かい?」
「それは無いけどさー。急がないと、月がさー」
オーガ調査員は、ルールーの指さす月を見上げた。
「ああ、そうだねえ。いっぺん交替して――」
「あった! 痕跡を見つけたぞ!」
「おっと、すまんね。見てくるよ」
オーガ調査員が足早に去って行く。
ルールーは樹上で立て膝になり、幹に寄りかかって鼻を鳴らした。
「いにゃー、ヒマすぎるね。ストゼロ呑みたいにゃー……ん?」
見上げる月が、翳った。
雲かと思えば、そうではない。
まるで乱暴に食いちぎられたような、影はぎざぎざの輪郭だった。
「やっば!」
ルールーはしゅたんと飛び降りた。
「みんな! 来るよ! メガ・バハムートが!」
ルールーの声かけに、調査隊は色めき立つ。
「なんだって! ばかな! 速すぎる!」
「私の計算では、発生からここまであと一週間は……」
「ちくしょう! ヴィカス博士の正当性を示す機会だってのに!」
「来たもんは来たの! 荷物たたんではやく逃げる!」
一喝された調査員は、荷物を慌ただしくまとめはじめる。
「ルールー、あんたはどうするんだい!」
魔法ジープに飛び乗ったオーガ調査員が、月明かりの下にたたずむルールーに声をかけた。
「んー?」
ふっと月の光がかき消えた。
振り向いたルールーの瞳には、タペータムの輝き。
「やーっとヒマ潰しができそうだね」
オーガ調査員はぞっとした。
ルールーは嗤っていたのだ。
いたぶり甲斐のある獲物を見つけた猫のように。
「我々は迷宮から撤退するよ。大イスタリ宮で地球の学者を死なせるわけにゃいかない」
「あたしが時間稼いどく。ちゃんと逃げてね」
「報酬はギルドに預ける。薄情だとは思うが――」
「さーっさと行った行った。死にたいの?」
「……すまん」
魔法ジープが砂埃を立ててステップを去って行く。
月は失せ、周囲は闇。
ただルールーの双眼が、かすかな光を集めて投げ返し、二つの鬼火のように点っていた。
いまや、近づいてくるそれの形は明白だった。
竜巻である。
抜け落ちた大地めがけ、渦巻いて流れ込む水を思わせて巨きい。
回転する黒雲の表面に紫の稲光が走り、内部にうごめく無数の影を浮かび上がらせた。
湿っぽい風が走り、横殴りの豪雨が吹き付けはじめる。
魔力を孕んだ暴風圏に、ルールーはただ一人、心騒がせる。
「おいでおいで! ほらはやく!」
ルールーは腰を落とし、刀の柄に手をかけた。
龍楼流皆伝の剣技が、闇に冴えようとしていた。
「這龍の型……」
ぎりり、と、柄を握り込む。
かつてリンヴァースには、メイズイーターと呼ばれる伝説的冒険者パーティがあった。
規格外に強すぎる彼女たちのため、冒険者ギルドはS級のランクを新設した。
彼女らは大イスタリ宮を暴いた。
モンスターを平らげ、トラップを蹂躙し、地球に復活した冥王ヴェルガシオンを退けた。
「――鶺鴒鳴っ!」
鞘走る刀から月の魔力の波が生じ、雨滴を灼きながら走ると、黒い竜巻を真っ二つに切り裂き雲をも割った。
豪雨のただなかに月明かりが差し、ルール―の瞳孔は糸のように引き絞られた。
ルールー・ルーガルー。
メイズイーターの近接DPSである。
龍楼流の二十四型七十二剣をリンヴァースでただ一人使いこなす彼女は、サムライというジョブの頂点に立っている。
「にゃっはっは!」
ルール―は相好を崩した。
割れた竜巻の断面に無数の雷が生じ、別れた半身が引き合っている。
一撃を受けた竜巻が、自己修復を果たさんとしているのだ。
「いいねえ、強いじゃーん!」
今や大竜巻の企図は明白だった。
接敵確殺の意志力である。
大地を抉りながら高速接近した竜巻は、胎の内にルールーを呑み込んだ。
「うにゃにゃにゃにゃっ!」
魔力含みの風に翻弄されながら、ルールーはしかとその目で確かめた。
連なり、回転する無数のバハムートが暴風のあわいに浮かび消える。
竜巻を起こしているのは、この伝説的モンスターであったのだ。
ルールーは、竜巻が巻き込んだ岩や木々を蹴り渡り、無風の中心部に飛び出した。
バハムートの生む魔力場を足裏で捉えて宙に留まり、荒れ狂う風の壁を睨む。
しゃがあああああああ!
一匹のバハムートが、風の壁を割り突っこんできた。
尖った顔、青ざめた表皮、鋭い背びれと尾びれを持った、サメ型のモンスターである。
「天龍の型……」
ルールーは下段に刀を持っていき、
「――雷乃発声っ!」
後方宙返り斬撃によってバハムートを消し飛ばした。
しゃがあああああ!
しゃがあああああ!
しゃがあああ!
ぼっ、ぼっ、ぼっ、次から次へとバハムートが飛び出す。
その軌道は魚雷のように意思持たぬ確殺と死への一直線だ。
「邀龍の型……」
ルールーは刀を大上段に構えた。
「東風解凍っ!」
それは斬撃の“壁”。
無数の太刀筋を浴びたバハムートは、細切れになって慣性のまま飛んでいく。
血と臓物を浴びながら、ルールーは唇の端を凶暴に持ち上げる。
しゃがあああああ!
しゃがあああああああ!
しゃがああああ!
「にゃっはっは! キリがないね!」
四方八方から飛んでくるバハムートを捌きながら、ルールーの懸念は月齢にあった。
「まいっか! なるようになーる! そら来い!」
ルールーは刀を構え、タペータムを輝かせた。




