挑めローカルグルメ②
並びのお客さんはだいたいテイクアウトで、俺たちはわりとすんなり店内に通された。
テーブル席に向かい合わせでつき、詩怨はメニュー表を手に取った。
「あ、ラーメンもあるんですね」
「食ったことないなあ。わりと頼んでる人いるから美味いんだろうけど」
メニューはシンプル。
餃子は十個、八個、六個を選べて、ライスをいっしょに頼むとサービスで味噌汁がついてくる。
「十個いっちゃおっかな! おなか空かせて来ましたから!」
「悪いこと言わないから六個にしときな」
「えー? 餃子なら十個ぐらい食べますよ一度に」
「なるほどね。だったら六個だ」
俺が折れない姿勢を見せると、詩怨は神妙な顔をした。
「……沼津餃子には、朕の知らない深淵が口を開けている。そういうことですね、臣下さん」
ほんで、声を潜めてなんかそれっぽいこと言ってくる。
どういうロールプレイかぜんぜん飲み込めないけど、とりあえず俺はいかめしい顔でうなずいた。
「いいでしょう。臣下さんを信じます」
「ああ、信じてくれ」
というわけで、俺たちは餃子六個とライスを注文。
待つあいだ、詩怨は店の様子をきょろきょろうかがった。
「人、増えてきましたね」
「人気店だからね。今日ついてたよ、並ばず入れたの」
「もしかして、沼津餃子って有名なんですか?」
「やーどうだろ。分かんないけど、とにかくテイクアウトでめちゃくちゃ買っていくんだよねみんな。一気に三十個とか。だから、知らんと食ってる人も多いんじゃないかな」
「三十個!」
「近所の人に配るんだよ。田舎特有のやつ」
近所のお客さんに、畑で採れた野菜をちょいちょいもらう。
なんというか、俺も家庭菜園ぐらいやんなきゃなんないのかなっていうプレッシャーを感じるほどだ。
そんな風にして田舎は回っている。
「なんかいいですね、そういうの」
「慣れちゃえばね。というか、うまく輪に入れればね」
「そっか。難しい話です」
天涯孤独だった時代の闇をまあまあの頻度でちらつかせてくるんだよな。
父性のいじり方を心得てる。
じゃああああ。
餃子の鍋に水が入る音を聞きながらぼーっとスマホいじってたら、いよいよ餃子が到着。
「で……でかい!」
白黒目と黒白目をくわっと見開いて、それが詩怨の第一声だった。
「でかすぎる……どうなってんだ……」
「そうなんだよね。でかいんだよね」
とにかく、一個がでかいのだ。
レモンみたいな紡錘形で、餃子と言われて思い浮かべるシルエットからはかなりの隔たりがある。
野生の餃子を高カロリーのエサで畜養したらこんな形になるんじゃないだろうか。
「そんでなんか、ええと、これ、なに餃子なんですか?」
「分類も謎なんだな」
巨大餃子の皮は、不透明でむっちりしてしわしわな水餃子のテクスチャ、しかし狐色の焼き目がくっきりついている。
「焼いてから茹でてんだと思う。蒸してんのかな? よく知らんけど」
「謎すぎます」
「焼きも茹でもいっぺんに食えて得だなーって思ったのかも」
「しかもでかい」
「うん、でかい。焼き餃子で有名な店もあるんだけど、そっちの餃子も異常にでかい」
「なるほど、沼津餃子はでかいんですね」
詩怨は餃子をリフトアップし、ずっしり感に怯んですぐ皿に戻し、箸で割った。
「わ! 厚い! 皮すっごい!」
「そうそう。皮もでかい」
割ったのをたれに浸して、ぱくっ。
「んむ!」
一口ではいけず、二度三度と分けて食いちぎり、もっちもっち噛む。
「肉!」
ほっぺの片一方をぱんぱんにふくらませながら、詩怨は叫んだ。
「肉だね。あーそうそう、これだこれだ」
食った瞬間、懐かしさがこみあげてきた。
もちもちな皮の綴じ目、しっかり香る焼き目、そしてなにより肉。
やたら分厚いむちむちの皮に詰まったあんは、水気をまとってふわふわながら肉のパワーに溢れている。
しょうがと塩気を利かせてるから、酢の強いたれと合いすぎる。
「うんうん、これだわ。わー、これだなー」
次は二つ割りにして、卓上の一味唐辛子をぼっさぼさにぶっかけ、たれでびっしゃびしゃにして食う。
これとめしの相性が最高すぎる。
なぜかごはんに乗って出てくる紅ショウガもうれしい。
「あ、なるほど分かっちゃいましたよ。辛くするとまたいいですねこれ」
「そうそう。からし油もね、ちょろっとタレに垂らしてあげるといいよ」
詩怨は金色のからし油を小皿にてーっと垂らし、びったびたにしてほおばった。
「おっほほ! 辛いのいい! わー、なんかぱちっとはまった感じします!」
「酢ごしょうでも美味いよ。あんの味強いから」
「やってみます!」
割った餃子の、あんがひっくり返らないよう断面を上にしてそーっと持ち上げ、酢ごしょうにひたして、小さな口で、ついばむようにちまちま食べる。
「うまい?」
「めっちゃうまいです」
先に食い終わった俺は、なんか詩怨が食べてるとこをずっと見てしまったな。
なんか……食ってんなーって思って。
「いいよ別に急がなくて。残したら俺食うから」
視線に気づいてスピードアップした詩怨は、俺の一言にうなずき、自分のペースでゆっくり食べた。
午後はじめの太陽が光をするりと店内に差し入れて、詩怨の髪はやわらかくきらきらしていた。
◇
悠久の風といっしょに、ラパンがとことこ国道を行く。
「うー……六個で正解でした」
助手席の詩怨は、ぱんぱんのおなかをさすった。
「沼津餃子の深淵に触れたね」
「直視してしまいました」
開いた窓に向かって、詩怨は大あくびを投げかける。
「よく食べてたんですか?」
「親が買ったりもらったりで、店に行ったことはあんま無いな。だいたい二時間ぐらいで餃子なくなって、店閉めちゃうんだよ」
「はー」
窓っかわの肘置きに頬杖をついて、ゆったり流れていく窓外の風景を見ながら、詩怨はぼやーっとした相づちを打った。
「暮らしてたんですね。ここで」
「ここで暮らしてたよ」
実にどうってことない地方都市の風景から、詩怨は目を離さなかった。
いくつかの信号、国道一号線。
「こういうお店、他にもありますか?」
「沼津餃子?」
「じゃなくて、臣下さんが昔から知ってるお店」
「潰れてなけりゃね」
「また、連れてってもらってもいいですか?」
「さわやかじゃなくていいの?」
「さわやかは行きますよ近々必ず! でもそれは、ミルと行ってもいいですから」
えー、俺もいっしょに行きたいんだけど。
げんこつハンバーグ、最近食ってないし。
うんまいよね、あれ。
一度目より二度目がうまい。
二度目より三度目がうまい。
たまにはカレーもいい。
気づけば体がさわやかを求めている。
「ほんなら、まだやってるか調べとく」
「ありがとうございます。楽しみですっ!」
知りたいと思ってもらえて、それを素直に気持ちに出してもらえるのは、ありがたいことだね。
同時にすっげえ照れるけど。
どこに連れて行こうか。
寿司の名店でもいいし、やたらうまいハラミステーキでもいいな。
なるほどなーって、俺は思う。
いっしょに行くヤツがいると、けっこう思い浮かぶもんだね。
じょりじょりじょり、と砂を踏み、ラパンが我が家に戻ってきた。
助手席の詩怨がシートベルトをぱちんと外す。
運転席の俺はマウントからタブレットを引っこ抜き、鞄に戻す。
ばたむ、ばたむ。
俺と詩怨、二人分の、扉を閉める音。
裏口の扉を開けて、家の中から風が吹きつけて、詩怨はちょっと鼻を鳴らし、嗅ぐ。
たぶんもう馴染んだ、家のにおい。
「ごちそうさまでしただいま」
俺を見上げて詩怨が言った。
「なにそれ、融合させたじゃん」
「へっへへ!」
詩怨が笑って、つられて俺も笑って、あとはだらだらするだけの一日を、俺たちは過ごす。
挑めローカルグルメ おしまい!




