挑めローカルグルメ①
ばたむ、ばたむ。
俺と詩怨、二人分の、扉を閉める音。
助手席の詩怨がシートベルトのバックルを手に取り、じゃーって引っぱる。
運転席の俺は格安SIM挿入済みタブレットをマウントにはめて、googleマップでナビ開始。
かちゃんと音がして、シートベルト準備完了。
「っしゃ、ほんなら行こうか」
「お願いしますっ!」
じょりじょりじょり、と砂利を踏んで、水色のラパンが国道一号線に乗り出した。
「好きなんですか? 水色」
「別に、車ならなんでもよかったんだけどね。ミル姉さんに譲ってもらった」
「へえ、ミルの!」
「詩怨も乗ったでしょ、ミル姉さんのミニバン。友達とあっちこっち行くのに軽だと不便だったんだってさ。んで俺にくれた」
「そういうとこありますよね、ミル」
「あるねー。めっちゃ施してくるの、やっぱ勇者だよね」
川沿いの桜並木はすっかり葉桜。
詩怨が窓を下ろすと、気持ちいい風が吹き込んできた。
音声アシストに呼びかけて、適当なゲームのサントラを流す。
「お、懐かしい。これFF3のやつだ。やったことないけど」
「朕も好きですよ、この曲。やったことないですけど」
「ほんなら今度やってみっか。メルカリでファミコン買って」
「はいっ!」
青信号。
アクセルを踏む。
悠久の風といっしょに、ラパンがとことこ国道を行く。
四日前のこと。
「お祝いしましょうっ! 朕のことを!」
芋を蒸したりドラゴン肉を低温調理したり、仕込みの作業でクッソ忙しい俺に向かって、詩怨がこんなことを言い出した。
「えっなに?」
俺はスマホを見ながら聞き返した。
いや、じゃがいも蒸してる間ってヒマなんだよ。
動画ぐらい観るって。
「大台突破のお祝いですよっ!」
詩怨がカウンターから身を乗り出した。
「あー。登録者数の?」
そうだったそうだった、地獄川詩怨ちゃんねるの登録者、三桁の大台に乗ったんだよな。
ミル姉さんとのコラボ動画も、再生数が三千を越えたし。
「はい! 前の運営はそういうこと一つもしてくれませんでした!」
哀しくなっちゃうこと言うなよ。
「登録者数五万いったら3Dモデル作ってくれるって話もうそだったし! そもそもスタジオがなかったんですよっ!」
だから、哀しくなっちゃうんだって。
その運営がトんでるのも、トんだ原因がバーチャル冥界王ヴェルガシオンの狼藉にあるのも、なにもかも無情だよ。
「やぶさかではないね」
「わーい! 言ってみるものですね!」
「ほんで? どう祝われたいの?」
蒸しあがったじゃがいもをボウルにあけながら訊く。
「えー? なんだろ、おいしいもの!」
「俺は俺で、けっこう自分の料理に自信があったんだけどね」
「わー! わー! 違いますよ! 臣下さんのごはんはおいしいです! でもそうじゃなくて、ほら! あるじゃないですか! この土地ならではのおいしいものが!」
「ふーむ」
大量のじゃがいもをひたすら裏ごししながら、この土地ならではのなんかについて考えてみる。
「朕は沼津のことなんにも知らないんですよ。ラブライブでしか知らない。だから、臣下さんおすすめのお店に連れてってください」
「あれ? この辺住んでたんじゃないんだ」
「海老名でした」
「あ、町田だったよ俺。ビナウォークのTOHOシネマズよく行ってた。定期の圏内だったから」
「朕は田んぼでおたまじゃくしを採ったりしてましたよ」
「めっちゃ田んぼ多いよな海老名」
「なんか飼ったら独り暮らしに潤い出るかなって思いまして」
「鬼滅の刃みたいなことしてんね君」
「臭かったんですぐ逃がしましたけど」
「逃がす理由が段違いだ」
あのシーンを見る目が激変しかねない情報付け足すのやめてほしいんだけど。
「ほんなら電車で沼津まで来てたんかね」
「小田急線で小田原まで出たら、東海道線でぴゅーって来れちゃいますからね。二時間かかんないぐらいでしたよ」
とはいえ二時間、駅からここまでってまあまあ距離ある。
住みたくもなるわけだ。
アパートの管理会社とも気まずかったみたいだし。
「おすすめなー。でもあんま知らんよ。俺、大学からずっと東京だったし」
「あれ? 町田ですよね」
「町田は東京だけど」
「えっごめんなさい」
なんだってこう町田は神奈川扱いされるんだろうな。
町田もちょっともう諦めてるし。
市政五十周年スローガンが『あなどれません、町田』だったときは、自己認識の正しさにびっくりしちゃったよね。
君は『あなどれ~ぬ』を知っているか?
町田市が市政五十周年記念に売り出したお菓子で、当の町田市民にすら存在を認識されなかった。
「まあとにかく、自由な金使える時代の大半を町田で過ごしたからさ。よく知らんわけよ」
「東京にいたんですもんね」
気遣いからの念押しならしなくていいよ。
なんか言い張るのがばかばかしくなってきちゃった。
なにがあなどれ~ぬだ、ふざけてんのか。
「詳しくはないけど、親に連れてってもらったとことかなら案内できるよ」
裏ごし器にくっついたじゃがいもをへらでそぎ落としながら、俺は言った。
「わあ! いいですいいです、そういうのですよ! そういうのください!」
あー、なんか思い返してたら食いたくなってきちゃったな。
もろもろのお店、まだ残ってるといいんだけど。
「次の休みにでも行こうかね」
「わーい! ありがとうございます、臣下さんっ!」
◇
そんなわけで、ラパンはとことこ走っている。
ちなみに行き先は秘密だ。
行った先でびっくりしたいと詩怨に言われたから。
期待値上げられるのも困っちゃうんだけどね。
「あ、牛角! 焼き肉もいいですよねっ! わー! ねえねえ臣下さん、ミルがね、あのとんかつ屋さんおいしいって言ってました!」
「うまいよ。いつ行っても油がきれいなんだよね。そのうち食い行くか」
「うん! わー! わー!」
めっちゃテンション上がってるな。
日本全国どこにでもあるロードサイドの光景だけど、詩怨には楽しいみたいだ。
「マックだ! ドライブスルーってやったことない!」
また君はそうやって、すぐに寄る辺ない父性を刺激してくるんだから。
ハッピーセットでもなんでも買ってあげたくなっちゃうだろうが。
「ここ曲がって学園通り入るから」
「むむ!」
「えっなに?」
詩怨がなんか、分かっちゃいましたよの顔をした。
「分かっちゃいましたよ臣下さん。どこに連れていかれるのか!」
「ああそう?」
「朕は昨日、沼津のランチの動画を山ほど観たんです」
「えー、めっちゃ楽しみにしてくれてんじゃん。ありがとう」
「学園通りといえば! ほらあ!」
指さした先には、すらっとした佇まいの、緑の看板。
あまりにもまばゆい『炭焼き さわやか』の文字。
ネットで妙にバズって以来、誰もが静岡県と言えば『キテレツ大百科の再放送』とともに思い浮かべるハンバーグレストランだ。
「さわやか! 静岡といえばこれですよねっ!」
「あーね」
俺はアクセルを踏み込み、さわやかの前をすーっと通り過ぎた。
「なんでえ!?」
「えっなに、さわやかが良かったの?」
「いや、違いますけど! あくまでプランはお任せしますけどっ! でもっ! ああー……」
遠ざかっていくさわやかの看板を、詩怨はいつまでも名残惜しげに眺めていた。
「さわやか……」
食べたかったんじゃん。
なんなら昨日の夜に動画を観た時点で口がさわやかになってんじゃん。
「さわやかにしとく?」
「いやっ、いいやっ! せっかく臣下さんが考えてくれたんですよ! 朕が信じないでどうする!」
他ならぬ君のお祝いなんだけど。
まあいいや、そこまで言うなら俺のプランを貫こう。
「そろそろ着くよ。もう列できてんね、ほら、あそこ」
信号の先、ちいさな白いお店を俺は指さす。
詩怨は看板の文字を読み取ろうと目をすがめた。
「北口亭……沼津……餃子……沼津餃子? 餃子? 沼津の?」
「はじめて聞いたでしょ」
「え、餃子って浜松じゃないんですか?」
「実はあるんだよね、沼津餃子が」
詩怨はごくりと息を呑んだ。
「沼津餃子……果たして、一体……」
お、ちょっと楽しみになってきた?
そんじゃあ、謎の沼津餃子に挑もうじゃないか。




