ウィスプダゴンなんきん⑧
「わー!」
ウィスプダゴンなんきんをほおばった詩怨が叫んだ。
「ウィルオウィスプすっごいこれ! ねっとりほくほくあまあまですっ!」
お、ちょっと慣れてきたきたね君も。
「あ゛あ゛ー……霧島……霧島はいつも仲間……」
ほんとにな。
黒も赤も虎斑も、いつだって霧島が俺たちの側にいる。
「ばかほどおいしいわね」
「ばかほどおいしいです!」
流行るかなー?
やっぱ無理じゃないかなー。
「こんなんもやってみたけど、食ってみる?」
お出ししたのは、ウィルオウィスプの根茎を使った一皿。
皮ごと茹でてから、片栗粉とガーリックシーズニングまぶして揚げたもの。
触った感じ皮が薄かったから、いけっかなーと思って試しに作ってみた。
「わー食べます食べます! ぶわははははは!」
爆笑じゃん。
「こっこれっ! 意外な、これは……わー!」
大興奮だ。
やったね。
「ららぽの総菜屋で、きぬかつぎを皮ごと揚げたの売っててさ。あれ美味かったなーと思ってウィルオウィスプでやってみた」
「やっばい! ばかほどおいしい! 皮がくしゅくしゅですごい! 味がすごいです! 中がむっにゅむにゅ! 新しいですよこれは!」
ららぽの総菜屋さんの企画室も報われるだろうね。
「このこれ、ガーリックのこの、ジャンクなこれ! わー! ビールビール!」
「ばっちぇ冷えてますよー」
「クリアアサヒ!」
かしゅっ。
ぐいーっ。
「んかあ!」
「朝昇じゃん」
「一本いただきましたっ!」
缶だーんっ。
「できあがってるのねえ」
ミル姉さんが感心してくれた。
「まー三本目っすからね、動画。はいこれ、順番めちゃくちゃでごめんだけど、マリネやってみた」
そぎ切りにした茹でダゴン、くし切りのフルーツトマト、かっこよく切ったモッツァレラチーズを合わせて、SANWAで売ってたバジルソースだーってぶっかけて、がちゃがちゃーって和えて、すだちをきゅっと一絞り。
「ほっひひ!」
一口食って、詩怨は声を上げた。
酒入ると感想が奇声になる傾向あるよね君。
「あーこの、いーいタイミングで入ってきましたねえ! この……酸っぱくておいしい! あ、ばかほどおいしい!」
秒でダゴンのマリネを食い尽くし、ウィスプダゴンなんきんをほおばり、虎斑霧島をぐいぐいやって、揚げウィルオウィスプをぽくぽく噛みしめ、詩怨の勢いが止まらない。
「やっば! やば! やっば! 全部やっば!」
「チェイサー置いとくね」
柿田川の水を、ペットボトルごと出してやる。
今日はちょっと、酒の飲み方がむちゃくちゃだ。
「ね! やばいですよねっ! ねえってば勇者ねえ!」
詩怨はミル姉さんの腕を掴んで揺さぶった。
「そうねえ。ふたりでお酒を呑むのって、はじめてよね。長い付き合いなのに」
水を呑みながらミル姉さんは苦笑した。
「ねー! はじめて、はじめてで……うー! ううー! 楽しいっ……楽しいですねっ!」
ミル姉さんの腕にぎゅむっと抱きつき、詩怨は縦揺れした。
おー、あふれてるあふれてる。
楽しいがあふれちゃってる。
「う、打ち明け話をしたいですっ! 深いやつ! 動画にできないような!」
「大歓迎よ、詩怨ちゃん。さあ、どこから話しましょうか?」
光の勇者と闇の冥王は、酒を片手に、おしゃべりを止めない。
きっと長い夜になるだろうなって俺は思って、次のつまみを仕込みはじめる。
ダンジョン居酒屋さんまるいち、今日は貸し切り営業だ。
金? 取るよ普通に。
◇
「臣下さん! 臣下さああああん!」
すぱーんとふすまを開けて、激安クソ雑魚タブレットを抱えた詩怨が転がり込んでくる。
「どした?」
「ウワーーーーー!」
詩怨は号泣しながらディスプレイをこっちに向けた。
「お? おー……」
“調査の結果、お使いのYouTubeアカウントが利用規約に違反していないことを確認できました”
「動画が! 朕の動画が観られるようになったんですよおおおおお!」
「やったじゃん」
こればっかりは祈るしか無かったからなあ。
「それにほら! これ! 新しい動画で! 登録者数が大台に!」
チャンネル登録者数は、未踏の百七人。
「おー……」
基準が兎田ぺこらとか月ノ美兎だからついつい感覚バグっちゃうけど、これはこれで大きな達成だ。
ここまで至れず消えていく人だって、山ほどいるだろう。
「いいね」
「最高ですっ!」
クソ雑魚タブレットを抱きしめ、詩怨は片足ぴょんぴょんした。
「勝っていきますよ! 朕は、朕の好きなことだけして!」
「チヤホヤされてこうぜ」
「はいっ!」
てろんっと音がして、スマホにLINEが来る。
ミル姉さんからだ。
『おめでとう』
『なんすかこのスタンプ』
しゅぽっ。
てろん。
『ときめきトゥナイト』
『ジェネレーションギャップ』
しゅぽっ。
てろん。
『しおと通話できる?』
『いっすよ』
しゅぽっ。
即座に着信が来たので、iPhoneを詩怨に差し出す。
「もしもし! うん、うん! はい、解除されました! ミルのおかげですっ! えー? 朕のMacBookだと編集に時間が……え!? だめですよ! だめですって! した? 約束? ほんとに? 酔ってて覚えてません! そんな図々しい……うー……」
どんな話をしてんだか、詩怨は爪先で畳の目地をぐりぐりしながら、角の根元をかりかり掻いた。
「分かりました。じゃあお借りするってことで……妥協しましょうよお互い! 高額すぎますから! MacBookProはありがとうじゃ済ませられませんって!」
ミル姉さんのMacBookProを譲り受ける話か、そういやしてた気がするな、あの夜。
うーん、ありがとうで済ましちゃえば?
登録者数が万単位になったら、こういうこと増えると思うし。
はやくツイッターアカウント開設してさ、ほしいものリストのURLをbioに貼ったり固定ツイートにしたりしようよ。
「……分かりました。これも試練だと思って、ありがとうで済ませます。でも絶対にお返ししますからね! 収益化したら絶対! 現金というかたちで絶対にっ! モノは大切にします一生!」
慣れてけ慣れてけ、感謝の気持ちをモノや金で表現されることに慣れてけ。
あげた方ももらった方も、それで幸せになるんだから。
「はい、それじゃららぽの、はい、広場のところで、はい、失礼します、はい、はーい……ふひゃー……」
俺にiPhoneを返しながら、詩怨はため息をついた。
「ちょっとミルのとこ行ってきます。うー、気が重い」
「車出そうか?」
「平気です。ららぽまで迎えに来てくれるから、いっしょにごはん食べてきます」
「晩飯は?」
「たぶん要らないかなあ? 分かんない、決まったら連絡します」
「ん」
パジャマのボタンをぷちぷち外しながら、詩怨は和室を出て行った。
ややもして、ふすまをからっと開けて、ぴょこっと顔を出して、
「いってきます!」
「気をつけてな」
「うん!」
たかたかっと足音軽く、詩怨は階段を駆け下りていった。
ウィスプダゴンなんきん おしまい!




