ウィスプダゴンなんきん⑥
「あの、これやばくないっすか」
ぐねぐねしたりぴかぴかしたりしはじめたモンスターを、俺は指さした。
「やばいわね。詩怨ちゃん、ほら、立って。汚れちゃうわよ」
「ウワーーー!」
ざわざわぎしぎしぬちぬち、モンスターどもがこっちに目を向ける。
うまそうな肉の塊に見えているのだろうか、それとも生息域を犯す敵に見えているのだろうか。
いずれにせよ、俺たちを早急にぶっ殺したがっているのは間違いなかった。
ミル姉さんは詩怨を脇に避けて立ち上がり、顔の前で腕をクロスした。
「我こそは大いなる森の魔女フリーケの盟約に応えし者! 勇者の血を飲んだ者! 東方の末裔!」
ビキニアーマーの肩パットがジャキン! と展開し、剣の柄が飛び出す。
「クガタチ!」
右手の剣を引き抜きながら揮う。
三日月形の水の波が地面を走って、行く先々の魔物を一瞬で煮殺した。
なんで煮殺したのか分かったかっていうと、丸まって死んだカーラボスの殻がすっげえ鮮やかな朱色をしていたからだ。
やっぱ甲殻類なんすね。
「ヒギショウ!」
左手の剣を引き抜きながら揮う。
炎の波が宙を薙いで、襲い来る魔物の群れを消し炭に変えた。
「我が名はミルガルデヴャルド・ギョリンモルデル! 屍の声を預かりたる死者の代弁者!」
ミル姉さんは腕を前後に突き出して、デストラーデのガッツポーズっぽくキメた。
これは問答無用で勇者だ。
それかデストラーデ。
あらかたくたばったかと思ったけど、どっこい生きてるモンスターがいくらかいた。
触手をぬちぬちさせるダゴンは、真っ黒な表皮に青く光る斑紋を浮かび上がらせている。
こんなタコいなかったっけ、めっちゃ毒持ってるやつ。
「さすがは大深層のモンスターね。なまった体で戦うのは無謀だったかしら」
「えっ勝てないんすか?」
「一体二体ならともかく」
見た感じ、ダゴンは数十匹ぐらいいた。
あっちこっちでぬちぬちぴかぴかしている。
「ごっごめんなさい、朕、やっちゃいました」
「やー、詩怨のせいじゃないよ。強いて言えばみんなの力だね」
俺が二人を引き合わせ、ミル姉さんがクソデカ感情を小分けせずにぶつけ、詩怨がバグってモンスターに勘づかれた。
三人の完璧な連携によって、俺たちは死地にいる。
ぼじょるぼぼぼるぼじゃぼぼぼぼぼ!
一頭のダゴンが、魔力の青い塊をぶん投げてきた。
クガタチとヒギショウの二刀で切り裂くと、縦に別れた二つの塊は俺たちの遙か背後で大爆発し、山を一つ消した。
破壊の規模が一気に引き上げられたな。
「詩怨ちゃん、共闘しない?」
「きょっきょっ、きょっ?」
ミル姉さんは二刀を地面に突き立て、詩怨をひょいと抱き上げた。
「あなたのことだから、輪血鬼の権能は残しているんでしょう?」
「うっうっ」
詩怨が頷くと、ミル姉さんは、
「やっぱり」
と微笑んだ。
笑顔が粘っこくて怖い。
「ヴェルガシオン、あなたの血の熱さを知りたい」
怖い怖い怖い怖い。
ヴェルガシオンと詩怨ちゃんの使い分けが怖い。
ミル姉さんは苦笑を浮かべて、目線を俺に向けた。
詩怨もつられて、俺を見た。
「私もあなたも、もう一人じゃないでしょう?」
俺と目が合って、泳ぎっぱなしだった詩怨の瞳に力が戻った。
「楽しいことを……やっと見つけたんです。壊したくないものを」
「うん。知っているわ」
詩怨は、がりっと強く舌を噛んだ。
「“澱み”。あなたの底に溜まった力を、むりやり引き出します」
口血を垂らしながら詩怨が言った。
「強すぎて、臣下さんにはかけられないばむっ」
「ばむっ」は別に、バフの言い間違いとかではない。
ミル姉さんが、第一部のディオしかしないような勢いでキスして、詩怨の唇をふさいだのだ。
「んんんっ! ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ーーっ! んっぶ! ぶぶぶぶぶぶ!」
詩怨の手足が脊髄カエルみたいにびっくんびっくん跳ね回った。
ちゅっちゅくちゅっちゅくえげつない音がしてる。
わー、口の中をめっちゃめちゃにされてんなー。
蹂躙って単語はもしかしたら今このときのため生まれたのかもしれんね。
「……はぷっ♡」
えっうそ、受け入れ早いし、えー、自分からいっちゃうの?
ハート目じゃん完全に。
うっわ、うわー、双方そんなにあんぐりしたらジャック・ハンマーとピクルだよもう。
わー。
やばー。
「はぶぶぶぶ……」
解放された詩怨は、骨を全部引っこ抜かれたみたいにぐんにゃりした。
今にもフー♡フー♡って擬音が見えそうなぐらい息を荒げ、ビクビク震えている。
口に髪が一本挟まってるし、目がうつろだし、もうケチの付けようがないほどめちゃめちゃ完全に分からされてんじゃん。
さすがに今回はメスガキノルマ未達で終わるかと思ってたよ。
「ごちそうさま、ヴェルガシオン」
下まぶたを⌒のかたちに持ち上げた顔でミル姉さんが言って、詩怨を下ろすと、地面に刺した二刀を引き抜いた。
デストラーデ構えで、ダゴンに向き合う。
「我が名はミルガルデヴャルド! 邪の象形たる半竜半人と誓せし冥約の勇者!」
ぱっとミル姉さんが消え、次の瞬間、ずたずたの黒い肉片が紙吹雪みたいに宙を舞っていた。
高速飛翔ミキサー体と化したミル姉さんが、あっちでもこっちでも肉の暴風雨をまき散らしはじめたのだ。
クガタチの水刃が、ダゴンを千々に切り刻む。
ヒギショウの炎刃が、肉片を焼灼し尽くす。
青と赤の光が、闇の中で瞬くように強く点る。
「あれと戦ってたの?」
俺は地面に腰を下ろした。
「朕も……あ゛っ♡……あの頃はっ……んお゛っ♡」
「余韻残ってるとこに話しかけちゃってごめんね」
「いえ、もう大丈夫です。勇者なんかに屈しないっ!」
詩怨はがばーっと立ち上がった。
もう心も体も言い逃れ不可能なレベルで屈服し終えてない?
「懐かしい動きですね。ミルガルデヴャルドの太刀筋は、誰よりも鋭かったんですよ」
「けっこう覚えてるよねミル姉さんのこと。こないだも、図々しいとか言ってたし」
うなずいて、詩怨は照れ笑った。
「あの人だけだったんですよ」
「うん?」
「お金も名声も、虐殺に怯える人類のことも、口に出さなかったんです。ただあの人だけが、朕を分かろうとしてくれた」
「そっか」
「きっと朕のことを、殺せたのに」
なんだよ。
片思いじゃないじゃん。
「よかったね、仲良くなれて」
「……うん!」
俺は中年の寄る辺ない父性に屈して、詩怨の頭を撫でた。
詩怨は無防備に撫でられながら、ミル姉さんの戦いを見守った。




