ウィスプダゴンなんきん⑤
「アワッ……アワワワワ」
集まってきたモンスターに対して、詩怨がクソ雑魚リアクションした。
多分、シルフよりずっとヤバいモンスターが混ざってるんだろうな。
三百一層って、めちゃくちゃ深い階層なんだろうしな。
「魔力を鎮めてって言った理由、分かった?」
「アワワワワイルドハント……」
なんか知らないけど小ボケの余裕あるなら説明しようよ。
「この魔物たちはね、いずれも正の魔力走性を持っているのよ。だからこうして、鬼火に集まるの」
「ええ? 光に集まる蛾みたいな? で、こういうのをワイルドハントって呼んでるすんか?」
「呑み込みがいいわね。えらいえらい」
頭ぽんぽんされた。
嬉しさだけがあるよね。
「死者の鬼火が黒い軍勢を此岸に引き込み、人々を狩り食らう。ワイルドハントの伝承ね。でも実際は、荒れ果てたニッチに適応した生物が、ウィルオウィスプの代謝する魔力に集まっているだけ。生物多様性の現れなのよ」
「なるほど、ここで変にオーラ出しちゃうと、その魔力でモンスターがこっち来ちゃうんすね」
「そういうこと」
そんな風に説明された後で、世界の終わりみたいな光景を、きちんと眺めてみる。
黒くて平べったくて気持ち悪い生き物たちは、ウィルオウィスプの放つ魔力光を浴び、まどろんでいるようだった。
「サバンナの水場みたいなもんすね」
「いい例えよ、サンマルイチ号さん」
俺たちは黙って生き物のざわめきに耳を傾けた。
ぬちぬちしたりぎしぎししたりごぽごぽしたりして、それはそれで、あんがい慣れれば嫌いじゃなかった。
「本当はね、見てたのよ」
「え? なんすか?」
「チャンネル登録もしていたの」
ミル姉さんはビキニアーマーのどっかからスマホを取り出した。
ディスプレイには、地獄川詩怨ちゃんねるの二度と見たくないぐらいしょぼすぎるヘッダ。
「えっ、えー? そうだったんすか」
「だから私が、最初の臣下さんね」
チャンネル登録者数一人って、そういう?
詩怨の複アカだと思ってたよ。
「し、臣下さん……だったんですか?」
詩怨がおっかなびっくり問いかけて、ミル姉さんはうなずいた。
「正直言って、どの動画も見てられない出来だったけど」
言っちゃったよ。
「なっ! たしかにトレンドではありませんけど、朕は朕の楽しいことを!」
「クオリティの話よ」
あーあ言っちゃったよ。
「不思議な気持ちだったわ」
ぎゃーぎゃー喚こうとする詩怨のくちびるを人差し指でふさぎ、ミル姉さんはにっこりした。
「壊すために生きたヴェルガシオンが、なにかを作ろうとしているなんてね」
それで詩怨はぽかんとして、黒白目と白黒目をミル姉さんに向けた。
「あなたを分かると言ったら、きっとおこがましいわね。でも、なにかを残せる気がしたんでしょう?」
「んむっ」
なにか言おうとしたが、くちびるはふさがれていて、詩怨は長いこと逡巡してから……頷いた。
二人とも恐らく、過去にあったありとあらゆる出来事を同時に思い返していた。
俺には分からんよ。
想像もつかん。
でも多分、大陸を二分して殺しあった光と闇の間柄にしか、かからない感情の橋があるんだろう。
ミル姉さんは詩怨の唇から指を放した。
「あなたは動画を撮った。世界中に無視されようとも。ワイバーンもシルフも、おいしそうに食べていたわね。私まで幸せな気持ちになったわ」
「へ……へへ」
詩怨はインパラみたいなねじれ角をつかみ、照れて笑った。
「だからね、あなたにもできるって伝えたかったの」
大きく両手を広げて、ミル姉さんは、ここに集まるモンスターたちをみんなまとめて抱きしめるようだった。
「ねえ詩怨ちゃん、ほら、見て」
カーラボスやらダゴンやらなんやら、全体的に平べったくて黒くて足が多い、でかめの石をひっくり返したら出てきそうな生き物たち。
ウィルオウィスプの魔力を浴びて、おだやかにまどろむモンスターたち。
ぬちぬちしたりぎしぎししたりごぽごぽしたりして、それはそれで、あんがい慣れれば嫌いじゃない光景。
「あなたの産んだ命よ、詩怨ちゃん」
「あ……」
詩怨は身を乗り出そうとして、手を滑らせて、ミル姉さんが後ろから抱きしめた。
あぐらの間に小さな体をすっぽり収めて、紫銀の髪に頬を当てた。
お母さんと子どもみたいだったし、それがよく似合っていた。
たぶんミル姉さんは、俺にも伝えたかったんだろうなって、なんかそういうことを自然に思ったな。
この子のことをよろしくお願いねって。
ま、ミル姉さんの頼みならがんばるよ。
大家と店子は親子も同じだしね。
「他のだれよりも、きっとあなたのことを考えていたわ」
ミル姉さんはふたたび口を開いた。
「壊されて、壊されて、壊されて、追いかけて、壊されて。あなたの破壊衝動の源泉がどこにあるのか、知りたかったのよ。最初に剣を交えたとき、哀しみが伝わってきたから。三百一層まで降りて、荒れ果てた大地のほとりにあなたがつくった二つのお墓を見たとき、ヴェルガシオンを理解できた気がしたの。だから、殺してあげようって思った。それ以外、冥王を優しい子どもに戻す方法が思いつかなかった」
んんー?
話の風向きが、こう、なんだろ。
なんか……ねっとりしてきたね?
「きっと思いは一方通行だったのよ。あなたを殺してあげなくちゃって、私だけがあなたの救い方を知っているんだって、それだけが私の傷ついた五体を前に進めていた。もちろんあなたは、私のことなんて最後の戦いまで歯牙にもかけなかったわね、ヴェルガシオン。他の数多の勇者と同じく、破壊の道行きの先々に間抜け面を晒す、愚かな案山子の一体でしかなかった。だけど私は、あなたを支えに、ただあなただけを思って、だから孤独な旅に耐えられたのよ」
クソデカ感情すぎない?
「でもあなたも私も間違っていたのね。他の道があったのに、あのころは見えていなかった。わたしもあなたも、ひとりぼっちだったから。千年かかっちゃったわね。殺さずに理解しあう方法を見つけるのに。ねえ、ヴェルガシオン」
「アワッ……アワワワワ……」
察しの悪い詩怨も、自分が勇者冥王因縁執着巨大感情百合の主体になりつつあると悟ったらしい。
黒白目と白黒目に助けてくれの一念を込め、俺めがけて投射してきた。
いやさっきの見てたでしょ、俺じゃどうにもなんないよ。
かつて封印された相手に特濃圧縮感情原液ぶっかけられて混乱するのは分かるけど、まずは落ち着いて気持ちを受け止めなよ。
「う……ウワーーーーーーッ!」
駄目だったかー。
無理もないよね。
「ワーーーーーー!」
詩怨が、号泣絶叫しながら漆黒のオーラを解き放った。
ぼじょるぼぼぼるぼじゃぼぼぼぼぼ!
たちまち、ダゴンを筆頭にカーラボスやらなんやらのモンスターが反応した。




