ワイバーンの松かさ揚げ②
え?
バーチャルユーチューバーの話すんの?
明日をも知れない身なんですぐらいのトーンで?
出だしの重々しさとVtuberっていう単語が不整合を起こしており、俺は「はいー?」ぐらいのことを言っても許されるんじゃないかなーってちょっと思った。
「知ってますか? 地獄川詩怨って」
「えっ!?」
「はは、知らないですよね……えっ!?」
「あごめん、大声出しちゃった」
「その反応……もしかして知ってるんですか!」
「見たことも聞いたこともない」
幼女は――地獄川詩怨はものすっごい深いため息をついた。
「じゃあなんで大声出したんですか」
「いや、びっくりしちゃって。なんかさ、俺は前世売りとか魂売りとか気にしないんだけどね。でも、リアルで知らない人相手に、自分このVなんですよってバラしちゃうのセーフ? って、こう……倫理的なびっくりだね」
「なるほど。ゲロ出そうなぐらいどうでもいい話ですね」
「だよね。ごめん」
詩怨は静かにビールをなめて、チャーシューを食べた。
もきゅもきゅ咀嚼しながら、あれやこれやとなにか言いかけ、口を閉じる。
「これでも昔は登録者数六万人のVチューバーだったんですよ。運営がトんじゃって、個人勢として再出発したんです」
「それはキツいね」
「見ますか?」
「ぜひぜひ」
詩怨はタブレットの画面をこっちに向けて、スワイプした。
画面は詩怨の指に応じ、コマ送りみたいにカクカクした動きで遷移していった。
がんばれ激安タブレットのクソ雑魚CPUくん。
すごいなんか……見た瞬間にキツすぎて説明するのも嫌なんだけど、努力してみよう。
まず目に飛び込んでくるのは、ざらざらした線のキャラがこっちを向いてるヘッダ。
『地獄川詩怨ちゃんねる』という赤文字の、堂々たるHG創英角ポップ。
背景は緑の塗りつぶしで、雑に切り抜かれたキャラの輪郭に白抜けが目立つ。
もうなんか俺は、この時点で画面を閉じたかった。
あまりにも素人仕事だし、それなりに一生懸命さが伝わってくるので余計むごい。
チャンネル登録者数は未曽有の1人、動画の再生数はどれもだいたい4か5。
冷や汗を背中に感じた。
これに対し、俺はどんなコメントを返せばいいんだ?
コミュ力が試されすぎている。
最新の動画は2日前にアップされたもので、タイトルは『メスガキ様の分からせ耳かきASMRになんか絶対負けない!』。
そうか、メスガキだったのか君は……色数が少ないキャラを眺め、俺は人生とか海洋汚染とかについて考えた。
勇気を出して、サムネイルをタップする。
ブフー、ブフー、みたいな鼻息がむちゃくちゃな音量で鳴り響いて俺は音量ボタンを連打しまくった。
とにかく音質が悪い、ASMRとかいう以前に音質が悪すぎる。
画面の右下隅にはヘッダにもいた、直線ツールの多用が目に余るキャラ。
Live2Dでけっこうあちこち動くんだけど、もうなんかなんだろ、なにもかも失敗したんだろうな、うつむくたびに頭頂部がにゅっと伸びるんだ。
俺は深呼吸に深呼吸を重ね、詩怨と向き合った。
期待と不安のいりまじったドキドキ顔してんじゃん。
何をどう言えば取り繕えるんだよこんなの。
「うんなんか……いいんじゃない、このモデル、ちゃんとメスガキっぽいし」
「本当ですか! いっしょうけんめい描きました!」
詩怨はめっちゃまっすぐ俺の言葉を受け止め、椅子の上でちょっと跳ねた。
努力の結晶がこれなのだと思うと、あまりにも辛い。
中年の寄る辺なき父性とやるせなさが合流して、すごくもののあわれって感じだった。
肩車したりいっしょに滑り台を滑ったりしたいし、おまえにとってこの世界は隅から隅まで祝福に満ちてるんだよぐらいは言ってあげたい。
「じゃあ、うん、地獄川詩怨ね」
俺は前掛けのポッケからスマホを取り出し、チャンネル登録した。
「あなたは二人目の臣下さんですねっ! わたっ朕、朕の威光にひれ伏すがよいです!」
そういう感じのキャラなんだ。
なるほどですねー。
しかしなんでこの子、異世界人なのにレッドオーシャンのVtuber業界に打って出たんだろう。
百歩ゆずって、地球の文化に興味があるなら普通にyoutuberやればいいのに。
「はー……ごめんなさい、すごく緊張しちゃって。せっかく出してもらったんですけど」
詩怨はこっちにビールグラスをついっと押した。
「いいよ別に。どうせ呑むから」
グラスを受け取った俺は、半分以上残ったビールをいっぺんに飲み干した。
「ん?」
で、首を傾げた。
なんか、味が違う。
なんだろうなこれ。
小学校の階段の、錆びた手すり味だ。
頭がぼんやりしはじめた。
突如として過剰に眠い。
「話には聞いていましたが、やっぱり善人なんですね。無警戒で、無頓着で」
詩怨の声が、低く変わった。
「えっなになになに、なに、急に」
「輸血鬼って知ってますか?」
質問には答えず、詩怨は言葉を続けた。
「血を分け与えることによってバフ・デバフをかける種族です。迷宮大気に晒されてないこっちのヒトには効き目が薄いんですけどね」
「へー」
「今の私っわたっ、朕に残っているのは、この権能だけ……寄せ集めの肉人形では、冥王の力に耐えられませんから」
「あーうん、ままあるよね、人生にはね」
「でも、臣下さんには十分でしたね。“昏倒”のデバフを血に込めて、ビールに混ぜました」
詩怨が舌をのろりと突き出す。
噛みきったんだろう、先端がちぎれかけていた。
細い肉の糸が傷口のあいだに何百本となく走り、すでに再生しかかっている。
わあすっごい、君ね、今すっごい君ちゃんとメスガキっぽいよ君。
ちゃんとまゆ毛がハの字だし、下まぶたが⌒のかたちに持ちあがってるよ。
あのきったねえキャラモデル今すぐ捨てなよ。
「ねえねえ臣下さん! 飛行機に乗せられるときのコングみたいですねっ!」
詩怨は嗜虐的な笑みを俺に向けた。
え、なんで急に特攻野郎Aチーム?
俺、大統領だって殴ってみせるの?
いやそもそも、飛行機でどっか連れてかれるの?
だめだ、頭がいっさい回らない。
「一回目から定番化しようとしてくるじゃん」
眠すぎるわりにはまあまあいいんじゃないかなって思えるツッコミを最後に、俺の意識は飛んだ。




