ウィスプダゴンなんきん④
いやいやいやいや、だってミル姉さんだよ。
あー、俺に対して優しいからって冥王にも分け隔てないとは限らないよな。
冥王だしな。
ほんで勇者だしな。
やばい。
考えの浅さでとんでもないことをしてしまった。
いや後悔はいい、気付けたなら対策だ。
ダッシュで逃げたらいけるか?
詩怨の血が入ったミロを呑んで……手ぶらだわ。
スマイルプリキュアの水筒持ってきてないわ。
じゃあ急にキスして、ミル姉さんがぶったまげてる隙に血を分けてもらう?
無理だ、このVチューバー信じられないぐらい察しが悪いもん、「うわっキスされた」ってびっくりして怖くて泣いちゃうよ。
「やっと見つけた」
ミル姉さんが立ち止まった。
その……一体なにを?
親しい人の墓碑だとか、いやもうなんでもいいんだけど、なんかこう、冥王のトドメを刺すにふさわしいモニュメンタルな物を?
「ウィルオウィスプ、ですか」
詩怨が口を開いた。
くちびるかっさかさになってるな、ごめんな、俺のせいだよな。
どうしようどうしよう、気が狂ったふりをしてガブー! って噛みつこうか?
だから察しが悪いんだって、「うわっ気が狂った」って思われるだけだって。
「ふたりとも、座って」
俺たちは素直に従う他なかった。
せめてふたりの間に入ろうとしたんだけど、ミル姉さんがうまいことスっと距離を詰め、詩怨の隣に腰を下ろしてしまった。
クッソ無能じゃん。
「ウィルオウィスプって、パイオニア植物なのよ。知っているかしら?」
「なんですかそれ」
「魔力が強すぎて他の植物が存在できない裸地に、生息域を求めたのね。土中の魔力を吸って、根茎に蓄えるの」
「知りませんでした。それがどうしたんですか」
「ほら、あれが花」
ミル姉さんが指さす先に、俺も顔を向ける。
ひまわりみたいなぶっとい茎の先端に、青く発光する、握り拳大の球体がくっついている。
「魔力を代謝してるのね。だから光っているの。カーバンクルの額の宝石みたいなものよ」
「ゲロ出そうなぐらいどうでもいい話ですね」
ミル姉さんは微笑んだ。
青い光に照らされて不気味すぎる。
「だからウィルオウィスプは、大規模な魔法戦が行われた戦場跡でよく見られるわ。鬼火が死者の魂とされるのは、そこで実際に多くの人が死んでいるから――」
詩怨は振り上げた拳を地面に叩きつけ、ミル姉さんの言葉を遮った。
「朕は……なんですか? 反省すればいいんですか? たしかにここで、たくさん殺しましたよ。朕の心も体もずたぼろにした連中を骨すら残らないほど焼き尽くしてしまって、どうもすみませんでした」
で、ズアッ! と漆黒のオーラをまとった。
「いいですよ! どうせ寄せ集めの肉袋です、好きなだけ切り刻めばいい! でも、ただでは殺されもごごごごご!」
ミル姉さんが詩怨を押し倒して口をふさいだ。
「しーっ。黙って、ヴェルガシオン」
やばい、目の前で幼女が粉みじんになる。
俺はミル姉さんの背中に飛びつき、詩怨からひっぺがそうとした。
「ふんっぐぐぐぐぐ無理そうんぐぐぐぐぐぐ」
全然、もう全っ然まったくこれっぽっちも微動だにしないし、ビキニアーマーの肩パットが鎖骨に当たって痛すぎる。
ぼじょるぼぼぼるぼじゃぼぼぼぼぼ!
なんかが変な音を立てた。
「えっなに?」
俺は音のした方を見た。
「えっ? 本当になに?」
なんだか分からないものが、ウィルオウィスプの根元にいた。
あまりにも分からなすぎて、頭がぼんやりしてくる。
「直視しすぎない方がいいわよ、サンマルイチ号さん。発狂のデバフは解除が大変なの」
見ただけで発狂すんの?
怖すぎるんだけど。
「ダゴンよ。分かるでしょう?」
「んむーむーむー!」
「うひゃっ手のひらを舐めてくる」
「むむむーむー!」
「ああ、そうだったわね。昔からあなたは察しが悪かったものね。ごめんなさい」
仇敵にまで指摘される察しの悪さ、筋金入りじゃん。
「まず、あなたに危害を加えるつもりはないわ。次に、だから魔力を鎮めてちょうだい。最後に、ふたりで少しお話しましょう」
理路整然と説かれた詩怨は、漆黒のオーラを収めた。
ミル姉さんは俺をくっつけたまま立ち上がり、なめられた手のひらを腰マントでぬぐった。
「サンマルイチ号さん、もしかして止めようとしたの?」
すごい、ミル姉さんの完全無欠の呆れ声、はじめて聞いた気がする。
「いけっかなーと思って」
俺は適当なことを言ってミル姉さんから離れた。
「うふふ、サンマルイチ号さんはえらいわね」
頭ぽんぽんされた。
中年になっても、頭ぽんぽんされるのはうれしいね。
「もう直視しても平気よ。祝福したから」
「あ、ぽんぽんで?」
「ぽんぽんで」
というわけで俺はなんだか分からないものにピントを合わせた。
触手をうねうねさせる、どす黒い軟体生物だ。
「ダゴンは陸生の頭足類ね」
「へええー……」
絡まった触手をぬちぬちさせて、粘つく表皮がピンク色に泡立っている。
「なんていうか、えげつない生き物っすね」
「ムチンとサポニンを分泌しているのね。乾燥地帯のわずかな水分を、表皮に余さず蓄えるための適応よ」
理があってこんなにぬちぬちした生き物になってんのか。
進化の不思議だね。
「見て、サンマルイチ号さん。来たわ」
ミル姉さんが顎をしゃくって示した先、ハサミ付きのグソクムシみたいのがのそのそ這っていた。
「カーラボスね」
「カーラボスかあ」
FF5以外にも出てくることあるんだねカーラボス。
「あれ? なんか……すっげえ集まってません?」
ふと気づけば、周囲一帯、カーラボスやらダゴンやらなんやら、全体的に平べったくて黒くて足が多い、でかめの石をひっくり返したら出てきそうな生き物に取り囲まれていた。




